第34話 行軍の先

 運動場の隅にある射撃演習場、そこで多くの生徒たちが制服に身を包み射撃訓練をしていたのである。最新式の後装式ライフルは与えられることはないものの、王国最新型のライフルがそれぞれ一挺と銃弾の入った弾薬盒を与えられ訓練に臨むのであった。戦列を組んだ男子学生たちは教官の指示に従い五十メートル先の目標に向かって射撃をするのである。


「狙え、撃て!!」


 号令が聞こえれば指に掛けた引き金を強く引き、戦列は一斉をするのである。爆音と共に激しく銃口から白煙が一帯を包み込むがしばらくすれば目標物が現れ、全て小さな円の中に弾痕が見える。全ての銃弾は悉くの敵兵を討ち果たすことができたのであろう。号令を出した四〇代ほどの若い士官は直れと言うと言葉を続ける。


「このように通常戦列に於いての射撃の精度は上昇しているというわけだ。旧来のラウンドボールでは三〇先の敵すら当たらないことはままあった。しかしこの精度を実現したのはこの新型のミニエー弾によってもたらされた結果であろう。」


「ミニエー弾によって実現されたこの精度は諸君ら魔術士官候補生たちにも影響を多分に含んでいよう。マックス、それは何故か答えられるか?」


「はっ、それはこの破壊力を持った銃弾が確実に飛翔し、当たるためであります。」


 急な質問にも敬礼を忘れずに応対する。その様子はいつものおちゃらけた様子とは全く違う真面目な一面であった。だが上官に怯えることなく毅然と応対するのは流石ともいえる。


「そうだ、この精度の良さは自軍のみ非ず。これを使う敵軍にも言える点だ。諸君らはこの銃弾の中少数で突き進むこととなる。または指揮を執ることになるだろう。」


「だが、諸君らは通常歩兵の動きを慣熟せねばならない。一般的な歩兵戦術の慣熟こそが特殊戦を行う君たち候補生に必要なことだ。その上歩兵戦術の座学のみでは使える指揮官にはなれない、体験あって初めて指揮官になれるだ。よって本日は歩兵戦術の訓練とする。」


 いつもならば個別性の高い訓練となるものの、今日は普遍的な訓練であった。ライフルを触る授業は好きである。それは至って単純で、触っていれば強くなれるからだ。強くあらねば奪われるという実体験を持っているからこそ感じるのだろう。


「諸君、二列横隊、並べ!」 


 号令と共にドラムの音が響き、指示が下される。全員小走りで列を形成し、小さな戦列は次第に十数人の中規模の二列横隊の形へとなる。


「右向け右、前へ!」


 二列横隊は右を向くことによって、素早く二列縦隊の形となる。先頭の人間からドラムの音と共に足踏みし、進んでいく。命令を聞き、的確に行動する。射撃の指令号令が飛べば的に向けて射撃をする。そうした訓練を数十分間何度も、何度も繰り返しするのである。この暑い太陽光の下で、激しく汗をかきながらする訓練の中では一番厳しい訓練の一つであった。もし一つでも動作が違えば怒号と木の棒が背中に飛んでくるのだ、男女共に緩めることは無く風を切る音と共に肉を叩く木の棒の鈍い音が運動場に響くのである。訓練が終われば皆文句を零す地獄の訓練であった。


「全員、駆け足前へ!」 


 芋虫の様な形の隊は駆け足となり、前を走る教官について行くのである。隊列の訓練をやり始めた時は良かったものの、数十分やっていればついに隊の横に付き監視していた少佐の怒号が聞こえた。前へ走って行く教官を目で追えば、列から大幅にずれる形でこけている人間が一人いた。それは彼女――。


「またお前かミズキ!」


「すっすみません!コケてしまいました。」


 ミズキはすぐさま立ち上がり直立不動の形をとるものの、そう聞くや教官が右腕に持った木の棒でミズキに背中に一撃を打つのである。鈍くも骨にぶつかった木の棒からなるその音は何とも痛々しかった。打たれた後も苦悶の表情を浮かべながらも必死に直立不動の体勢を崩さまいとその二つの足は揺れることはなかった。


「貴様、誰がコケていいと言った。女だからって許されると思うなよ。それともなんだ、女だからってコケてしまったのか。」


「いいえ!違います。」


「ならなぜコケたのだ。言ってみろ、他の奴は訓練を乗り越えているんだぞ。お前だけが訓練に失敗する理由を!!」


「それは基礎体力が足りていないからであります!」


 その言葉を聞いて教官は激しい語調と共に腹の底から零れ出る純粋な怒りにも似た怒号が飛び出してくる。


「ならばなぜ解決しようとせんのだ!!貴様は隊列を離れ、いつものコースを三〇周走ってこい。」


 そういうと彼女の右足へと再度一撃を加える。彼女は泣く表情すら一向に見せず苦痛に歪んだ顔をしたまま、了解しましたと装備を着けたままで運動場の外周三〇周へと赴くのであった。邪魔者を排除した教官は再度棒を肩に付け、指示を飛ばす。


「中隊前へ、進め!!」


 再度ドラムの音と合わせて行軍をする。戦列を維持するのに必死な内面を考えなければ、ドラムに合わせて一糸乱れぬ足踏みは外から見てみれば美しさすら持っているのではなかろうか。そう考えつつも、外周を一人走るミズキが心配でもあった。彼女は行軍の訓練をすれば最後尾になったり、意識が朦朧としてなのか転倒したりしていたのだ。彼女もその問題は把握しており、暇なときは長い距離を走る運動をしたりしているのだが一朝一夕で体力が付く事はなかったのである。


 


「直れ、諸君よくついてきたな。今日はここまでだ、解散。」


 そう言えば教官は棒をもって学校へと向けて歩き始め、隊列を組んでいた候補生たちは地面にへたり込んだりほとほと疲れ切った顔で教室に向かったりしていた。そんな中私は溢れ出てくる汗をハンカチで拭い取り、すぐそばで息も途切れ途切れなミズキのことを見つめていた。彼女はその制服を汗で酷く濡らしており、絞れば水が雪崩のように滴って地面に落ちそうなほどであった。マックスとエラッタ、アイリスはやっと走り終わったミズキのことで心配で寄ってくればいつものメンバーが揃ったのである。


「ミズキ大丈夫か、あいつにえらいやられていたけどよ。」


「うん、大丈夫。痣に、ならなきゃ、いいけど。」


 三〇周してきたばかりで、酷く息を切らした状態で喋るのである。そして打たれた箇所の裾をまくり上げれば青あざが出来上がっているではないか、その痛々しい姿であっても三〇周を走り切ったというのは凄まじい気概といえようか。ただ歩かせるのはまずいのではなかろうか。エラッタはその痣を見て言葉を零す。


「これは酷いな~、あの教官いっつもシバきまくるからな。さっ保健室に行こうかミズキ。」


 エラッタはそういい歩かせようとするが、歩かせるのは良くないだろう。肩をもって少しでも楽に移動させるべきである。講義の中でも負傷兵の扱い方の例を思い出す、棒と服を使った担架を使って運搬するか肩を貸して運搬するなどである。


「エラッタ、右肩をお願い。私は左肩を持つから、あんまり足を使わせるのも良くないからさ。」


「ういよ、横から失礼。」


 あいたたたた、と涙ぐむミズキを横に二人で支えゆっくりと歩いて行くのである。この進み方では保健室まで彼方にあるようにも思える距離であったが、十分ほど歩けば保健室前に到着する。いつものようにノックをすれば、いつもの男性の声がした。


「ああ、入っていいぞ。」


 その声質は男の中の男の様な低い音色であり、部屋の壁が振動するほどに低くカッコ良い声。その返事を聞いて扉を開ければミフィーネと禿掛かった頭で肥満体形の老齢の医者ガーネット先生がいた。ミフィーネは驚いた顔してミズキを見、先生は両肩で支えられているミズキを見て大体のことは理解し、心配そうな顔つきでいつものように優しく言葉を発する。


「その様子だとまた無茶してきたんだなミズキ。」


 そういわれたミズキはあはははと濁した笑いと困った笑みを見せ、どう答えた物かと考えている感じであった。


「……すみません、また怪我して来ちゃいました。」


「ったく、お前は変わらん頑固者だな。こっちに来て見せてみろ。」


 ミフィーネ近くの椅子に座り、言われた通り打たれた箇所を見せる。その痣を確認すれば、ちょうどいいと言う。何がちょうどいいのだろうか、そう思ってすぐに彼が言葉を続ける。


「ミフィーネ、どうするべきかわかるだろう。お前が手当てしてやりなさい。」


 彼女は突然の診察をしろという指示に最初は驚いていたものの、怪我の状況を見始めればその真面目な顔つきとなる。打たれたところを確認し、その箇所の骨にヒビが入っていないかなどチェックするのであった。彼女は数分間思い出しながら一通り確認し、終えればまあ大丈夫かなと零す。


「多分骨は折れたりヒビが入っているわけではないから魔術行使による治療は必要ないです。しばらく時間を置いて自己治癒を待つ。とにかく怪我がなくてよかった……。」


 それを聞いて、ガーネット先生は期待通りの言葉が返ってきたからか嬉しそうな顔となる。その肥満体形の顔が微笑する様は仏の笑みを彷彿とさせるものであった。そして周りも目下の問題が重大ではないということがわかり、安堵の表情を浮かべる。


「そうだな、怪我自体は問題ないだろう。良く答えられたなミフィーネ。さてミズキ、君はしばらくは肌を出す服は着れないだろうが時間が経てば改善していくはずだ。だがこんな無茶ばかりするのも良くはない。いつ大怪我に発展するかわからないぞ。」


「それは、そうなんですけど。そう。結果を出したいんです。認められるために結果が必要なんです、誰からも認められる結果が。」


 ガーネット先生は静かに彼女の言葉を聞き、大きく吐息を漏らす。その含みを多く含んだ”声”から始まるのである。


「結果を求めて取り返しのつかない怪我をする方が問題だと思うがね。なあミフィーネ。」


 急に言葉を求められた彼女は困った表情を浮かべ、どう答えるべきか思案している。それはそうであろう、彼女の夢を理解し自分の夢と一緒に追いかける志を持った友達である。だが求められた言葉は彼女の制止なのだ。どう答えるべきか迷うのは無理はない。


「私は、その。ミズキちゃんの夢はずっと追いかけてほしいです。」


 ミフィーネは顔を上げ、力強くガーネット先生の顔を見て言葉を繋げる。その顔はいつもの様な優しい彼女とは打って変わって芯の太さすら感じる人間であった。


「だから、私が手伝えることなら手伝います。それでも力が足りないならみんなが力を貸します。それがお互いのためにも、彼女のためにも最も良いと、思います……。」


 最後には元のなよなよとした弱々しい言葉に戻ってしまうものの、その言葉は確かにこの部屋の人間に伝わったのだ。ガーネット先生も困った表情をし、どうしたものかと禿げかけた頭皮を掻く。


「ったく、仲間ってのは無茶を通すために存在しているわけじゃないんだがな。まあいいミズキ。余り無茶はするなよ、身体を壊してしまえばずっと付き纏ってくるからな。無理と感じたなら相談しろ、話ぐらいなら乗ってやるから。」


「はい、わかりました!それじゃあありがとうございました。」


 と痛そうではあるが自分で立ち上がり、歩いて行く。ミズキについて行き四人は外へとでるのであった。外に出ればエラッタが背のびしながら話始める。


「いやー、ミフィーネも言うもんだなぁ。あんなに言うのは何気に初めてかも。ほらミフィーネって色々知らないことだらけのお嬢様じゃん。意外っていうか、ああやっていうこと言うんだねぇ。」


「それはそうね、私も初めて見たかも。マックスもそうよね。」


「ああ、俺だって見たことないぜ。あとミズキお前あそこで転倒するなんて今までなかったよな。何か隠してやってるだろ。」


 彼は語調を強め、ミズキへと問いただす。その目は真剣そのものであり、彼女を心配して聞いていることは明白であった。そんな彼にミズキは苦笑いをして答える。


「あはは、ごめん。実はグラシアムの鍛錬を見よう見真似でやってみてるんだ。」


 その顔はいつもの元気そうな顔と打って変わって、罪を告白する罪人のようでもあった。


「運動する訓練は毎回ビリだしこのままじゃダメだって思ってね。みんなの足を引っ張っちゃうのも悪いし、できるなら強くなりたかったからさ。」


 ふとこちらに視線をやる一瞬、その眼が見えた。その眼はどこか羨ましそうな渇望の眼である。だがそうした眼にもどこか悲し気な光が差し掛かっているようでもあり、その目は美しも儚げに映る。何というか普段の強気の彼女からしてみば別人のようで、あの外周の件が相当に堪えているのは間違いなかった。するとマックスは大きくため息の様な声を漏らし、言葉を続ける。


「なるほどな。それ自体殊勝な心持といってもいいけど、お前は無茶をし過ぎだ。無茶をするからこうやって自分に帰ってくるんだぞ。」


「うん、ごめん……。」


「だから……。ったく、ミズキがこんなに落ち込んでちゃ世話ないぜ。お前には仲間がいるだろう、だったら頼れ、もっと頼れ!お前ひとりじゃないんだ!鍛錬だって付き合ってくれる人がいるだろう、な!」


 彼はこちらに顔を向け、言葉の続きを期待してくる。鍛錬というのであれば自分の経験とミーシャという相談役もいる。ならば言うべき言葉は簡単であった。


「そうだね、鍛錬なら一緒にやらないミズキ。一人じゃ厳しい鍛錬だって仲間と一緒なら続けられるし、怪我する範囲で調整だってできるからさ。」


「グラシアム……。」


 彼女は目尻が落ち、今にも泣きだそうな顔つきとなってこちらを見つめていた。そうだ、私だって一人でずっと鍛錬しているだけあって一人の苦しさを理解できるつもりであった。一人孤独に鍛錬に打ち込むのはある意味芸術を生み出す苦しみにも等しいのではないか、そんな苦しみをずっと味わっても続けようとしていたミズキは強くなろうという思いが本当なのだと理解するのはそう難しくなかった。


「水臭いぞミズキ、僕だって鍛錬に付き合ってやるぞ!なんなら今日から訓練をしようぜ、マックス抜きでな。」


「おいおい、俺抜きって酷くねえかエラッタ!てめー許さないからな!!」


 二人はそんな些細な冗談からほほえましい小さな喧嘩へと発展するのであった。そんな風景を見ていいぞもっとやれとアイリスが焚きつけ、エラッタがマックスを馬鹿にし、マックスが反論する。いつもの光景ではあったものの、見ていてとても心温まる光景であった。ふとミズキを見てれば、暗い顔から一転し、笑顔でこの光景を見つめていたのである。

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