第28話 社交界の間

 あの夢から覚めれば自室にいた。時刻は五時を過ぎたころであり、大体五時間寝ていたことになるのだろうか。昼間に若干無理をした身体はそこら中から悲鳴の様な痛みが走り、身体を起こすだけでも相当な痛みがあった。周りを見回せばミズキはいないようであり、静かな空間がそこにある。この痛みの感じからして多分明日は酷い筋肉痛になるのだろうなと思うものの、勝てたということが無性に自身を嬉しくさせる。これまで独力で訓練してきたことも、真剣を突かっての訓練だって役に立ったということの証左である。よいしょっと言葉を漏らし立ち上がる。ズキズキと各所が痛むが何とか無視してリビングへと向かう。


 リビングへと到着すればアイリスとミフィーネだけが二人でトランプをしており、他の面々はどこかへ行っているようであった。


「おはよう、アイリス、ミフィーネ。」


 その声を聞くと二人ともこちらに顔を向け、答えてくる。


「よっ、あれはいい戦いだったよ。」


「おはよう、グラシアム。身体は大丈夫なの。痛くない?」


 身体の調子は最悪であるが、まあ明日地獄を見るぐらいだろうか。


「まあ、筋肉痛の予感がする程度かな。」


「ならよかった、もし怪我をしたら言ってね。回復魔術で治療はできるから。」


 ミフィーネの使用魔術は回復魔術なのは初めて聞いたものの、意外な感じはしなかった。心優しい少女にちょうどいい魔術とも思った。


「そういえばみんなはどうしたの、ほとんどだれもいない感じだけど。」


 アイリスはあーと零し、しばらく思い出そうと腕を組み考えていた。


「多分、ミズキは実家に行ってるんじゃないかな。メライア姉妹は知り合いの社交界行きだし、エラッタは外で猛訓練をしてるよ。」


「そうなんだ、しかしエラッタも中々よく動けるなあ。」


「そうそう、ほんとにミフィーネの回復魔術で回復したら訓練を始めてね。まあ次こそは負けないつもりだよありゃ。」


 それを聞いて膝蹴りの被害については考えなくてよかったと安堵する。もしも回復魔術がなければ病院行きと考えれば以外と訓練で骨折とかが日常なのだろうか、意外と私自身も危ない橋を渡っていたのではないかと思ってしまった。


 とりあえず空いている椅子に座り、この後どうしようかと考える。そうだ、今日の晩飯はどうするのだろうか。まさか当番が誰もいないのかと考えてしまい、痛みを訴える身体を無視して立ち上がる。厨房を覗いてみれば今日の簡単な具材は並べてあるようであった。キャベツ、トマトといったこの暖かな時期の野菜がサラダになっており、甘そうなタレが黒光りしている。そして若干焦げたような丸焼きの川魚がそれぞれの皿に二匹盛られており、上に塩がふんだんにかけられていた。あとは柔らかなパンがあった。今日の調理番をの表を見てみたらアイリスであった。彼女は遊んでいたが、ちゃんと仕事をしていたのであった。ふと思った疑念は露と消えたものの、別の疑問が湧いてくる。


「アイリス、そういえばそろそろ晩御飯の時間だよね。これ皆戻ってくるの?」


 多分エラッタは戻ってくるだろうが、ミズキがどうかわからないのである。実家に戻っていると言っていたが相当遠い実家なら今日は無理かもしれないが。


「んー多分メライア姉妹はダメだろうねぇ。ミズキも帰ってこないってことは多分無理っしょ。エラッタが帰ってきたらご飯にしちゃおうぜ。」


 その言葉の意味は実家自体は近いのだが、何か訳あって帰ってこれないことは明白であった。その訳がわからないのは気にはなるが今探ろうとしても徒労に終わることは自明の理であった。エラッタが帰ってくるまで共にカードゲームでもして時間を潰すこととなった。


 


「えっ、グラシアムって何の魔術も使ってなかったのかよ!!」


 エラッタの心の叫びが食事中のリビング中に響く、まあ最大限魔術を使っていたのにある種の手加減ともとれてしまう言い方であろうか。


「まあ、私は魔術使えないからさ。ほんとに簡単な奴しか。」


 目の前でマッチの火の様な炎を指先から出すものの、嘘だぁといわんばかりの顔でこちらを見つめる。そう考えることも仕方がないことである。


「絶対なんか使ってたと思うんだけどなぁ、ほら気の流れを読めるとかさ。なあ二人とも。」


 ある種言い訳じみた言葉が二人へと投げかけられる。


「まああるんじゃない、なあミフ。」


「う、うん。多分あるんじゃないかなぁ?」


 明らかに問答としては成立していなかった、そしてこの挙動不審ともいえるミフの手の動き、何かしらを見つめているのは間違いなかったが一体何を見つけたのだろうか。それとなく聞いてみることとした。


「ミフィーネ、あるって思ったの?教えてはくれない。」


「えっ、うーん。私の直感というか、見ていた時の感触かな。」


「見ていた時の感触ね、じゃあそれは何だと思う?」


「そうだね、やっぱり、そう!気の流れが読めるとか」


 明らかに今決めたような言葉の使い方、やはり彼女は何かしらの確信めいたものを有しているというのは間違いではなさそうであった。その確信とはなんなのだろうか、あの時感じた相手の動きを理解できていたあの不思議な感覚の何かを知っているというのだろうか。


 これ以上聞き出そうにもはぐらかされるのが目に見えているために聞けはしないが、これからゆっくりと機会を見て聞くしかなさそうであった。


「気が読めるかぁ、そうなのかな。」


「そうなのかなぁじゃない!!なんだそのチートは、それで魔術を使ってませーんは怒るぞ!!」


 あははは、と愛想笑いをするしかなかった。わかっていなかったというのもあるが、使っていないと明言しながら裏で使っていたとあればその怒りも正当なものであろう。


 そうした会話をしつつ晩飯を食べていく、ミズキの分もみんなで分け、食べていき。食べながら喋り、時間は風の如く過ぎ去っていく。目一杯食べ、正直食後のデザートすら入らないくらいには腹いっぱいであり、妊婦になってもおかしくないとみんなで笑いながら皿洗いや食事の後始末を淡々とこなしていく。そして就寝する時間まで渡された教材を自室で読み耽るのであった。この難しい戦術概論を何とか読み解かないと士官候補生としての卒業は難しい、というよりもクリアできなければもっと危険な場所に送られることが間違いなかったからである。というのも連邦での学校で聞いたことのある噂話からであった。魔術学校生が一般の歩兵連隊に配属されるという噂話、実際あったのかどうかわからないもののあり得ない話ではなかった。だからこそそうならないためにも学ばなければならなかった。また復讐のためにも……。


 ランプを片手に読み解いた部分を自分なりに考え、メモし咀嚼していく様は勤勉な学生ともいえる姿であった。何十行と書きつられる言葉は流れる小川のように連なり、書かれた全ての情報が脳内に入ってくるようにも感じる。このオーバーヒート寸前の脳髄も初めての体験だ。連邦にいた頃の無学な女子学生ではいられなくなったというのを姉の死によって無自覚ながら理解していた。だからこそ今は目の前の知識を最大限吸収しようとしていた。月はたった一人の少女を見守るように、その顔を朝まで見せ続けた。




 ふと目を意外と夢見は悪くなかった。珍しく何も夢を見ていないようで、毎朝感じる頭の痛みを感じずにすんでいた。どうやら椅子に座った状態で寝ていたらしく、尻や背骨が妙に痛むが起き上がり朝のルーチンをこなす。ミーシャと訓練をし、朝ご飯の準備、そして朝に弱い三人を起こす。そして起きてくるのを待っている間も勉強の時間であった、ここまで勤勉な学生をするとは連邦の時には思いもしなかった。いろいろな概念については基礎的にガーネット先生が教えてくれたおかげで理解は進んでいる。個人的に勉強を教えてくれた先生には感謝しかなかった。そのような昔話を想っていれば、入口からただいまと声がする。振り向いてみれば眠たげな眼をさすりながらミズキが戻って来たではないか。私は彼女に対してこう返した。


「おかえり、ミズキ。」


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