第24話 激戦

 あのあと寝坊助の数人もおりて来て、全員でテーブルを囲み朝食のカレーを配膳している。みんなそれぞれ初めて見るカレーという液体物と米との合わせ技に怪訝な顔をする者や美味しそうと零す人もいた。


「朝からこんな美味しそうなもの食べてもいいの!?」


 えらく元気が溢れ出るエラッタであったが、昨日とは全く違う様子で少し驚いてしまう。そういえば疲れているとか言っていたか、昨日の対応を考えれば相当疲れていたのだろう。


「流石にあれ全部自分一人で食べると厳しい物があるからね、食べたい気持ちはあっても。」


「それじゃあ温かいうちに食べようぜ!」


「そうしましょうか~。」


 皆それぞれが神への感謝の言葉を呟き、その後一口食べればそれぞれ興味深い反応を示す。その美味さ故かどんどん食べていくエラッタに、眠たげなミズキに延々と感想を述べるアイリス、優雅に食べる残りの四人であった。


「これはこれで美味しいですね、この感じ香辛料の陰に甘い感じがある、。これ牛乳を使ってるのかな。」


「かもしれませんね。しかし牛乳で味付けとは考えましたねグラシアムさん、ぐっとです!」


「そういってもらえると嬉しいかな、向こうでは定番ネタではあるけどね。」


 マークスベルクではカレーに牛乳を入れるのはいたって普通のメニューであり、酪農も盛んな関係上もあるだろう。また連邦北部ではリンゴを入れることがあると聞いたがまた今度試しに作ってみようかと思った。


「グラシアム、お替り!!」


 エラッタに一人分を注いだご飯もカレーも全て食べ終わり、渡された皿にはカレーを注いだと気づかないほどに綺麗な皿であった。まだ食べ始めて数分しかたっていないのに食べ終えるとは相当気にいったのだろうか、その食べるスピードは他の誰よりも早かったのだから。


「はいはい、一応今日の晩の分もあるからお替りは少しだけね。」


「ちぇー、もっと食べたかったなぁ。そういえばガッツはどこに行ったの?」


「ガッツは……」


 その曇った目のことをふと思い出してしまう、今の私はそんなに曇った目をしているのだろうか。曇った目ってのは一体何を指しているのか、疑問が沸々と沸いてくるもののこれといった当てはまる理由は生まれてはこなかった。そうしてるとき、エラッタに柔らかな頬をつままれ、引っ張られる。痛み自体は力を入れていない分あまり感じなかったが、別の考えごとをしていた自分にとってはいきなりのことに驚いてしまった。


「グラシアム~、お替りの手が止まってるぞ。」


「あっごめん、ガッツは酒場に行ってるって。朝錬してる時に言ってたかな。」


「朝から酒場ってどんだけやることがないんだアイツ。まあいいやグラシアムって剣術の訓練に付き合える?」


「え、一応できるけど何をするの。」


「ん、魔術と剣術を合わせて戦う模擬戦闘。早朝から剣術の訓練してたからさ。」


 ああ、ミーシャとの剣術の訓練を見られていたか。ということはかなり早朝に起きてはいたらしいが、起きてくる順番としては最後であったということは。


「ってことは二度寝してた感じ?」


「えっ、何でバレたし。」


「そりゃあねぇ、まあ今日は休みだししても問題はないけど。」


「まあ、あんまり早起きはしたくないっていうか。ちょっとね……。」


 彼女はどこか懐かしい世界を想っていたのだろうか、少し引き攣った笑みがそこにはあった。何となく彼女にも言えないことがあるのだと理解はできた。なにせ自分自身も人には言いたくない嫌なことはついこの前にあったばかりなのだから。


「はいお替り、存分に食べてね。」


 お替りのつがれた皿を渡し、彼女はまたもバクバクと口に放り込むように食べ始めその味を最大限満喫しているようであった。


「あと訓練は付き合ってもいいよ、特に魔術が使えるってわけではないけど。」


「それは、ありがと。じゃあ、昼ぐらい、で。」


 彼女は口いっぱいにほうばりながら喋る。そんな彼女をお行儀がよくないですよとメライアに注意されるものの、意にも介せずカレーを楽しんで食べていた。


「カレー上手いっすねミズキ!」


「うーん、わかったから、ゆっくり食べさせて……。」 


 朝から元気なアイリスに言の葉の猛攻を受けるミズキは何ともぼうっと言葉を右から左へと聞き流し食べるのであった。




 運動場を使ってエラッタとの訓練と行きたいところではあったが、みんな外縁部にてこの戦いを見ようと椅子を置いたり緑の生える地面に座ったりしていた。反対側の男子寮からも噂を聞いてか見に来る男子が多くおり、男子合わせて観客は大体一九人ほどであった。男子たちもどちらが勝つか賭けが始まっている様子であり、聞こえる限りではエラッタが有利らしかった。


「いやー、相当な騒ぎになっちゃったねこりゃ。」


「こんなに集まるなんて、訓練をするときってこうなの?」


「んー、まあこんなもんだよ。特に編入生と私が戦うんだし。」


「そうなんだ。まあお手柔らかにお願いね。」


「ふふふ、それができたらねぇ。」


 不敵な笑みを浮かべるエラッタであったが、私も負けるつもりはなかった。何十何百と繰り返してきたこの訓練の成果を少しでも物にできていればよいのだが。そう考えれば握る拳に汗の様なものが滲むのがわかる。初めての対人戦、初めての試合、全てが私の心を緊張の一文字へと集約するのである。息を整え、いつものように腕の関節を慣らす。腕を上下左右に振り、首も柔軟に動かせるようにするのであった。


 この試合の審判を務めることになったメライアが二つの木製の模造刀を持ってくるが見える。


「お二人方、この試合は致命傷を負ったと判断すれば負けの一本勝負。魔術の使用可能なので存分に戦ってください。」


 そういうとエラッタと私は剣をとるのであった。木でできた剣は真剣と比べれば非常に軽く、片手でも触れそうなものであったが真剣同様に両手に持ち何度か素振りをしてみる。その剣先は空を切り裂き、風を切る軽くも良い音が響く。真剣を振って二日目ではあるが、この剣を振る速度も少し早くなったようにも感じる。あの危険すぎる訓練も今思えば実戦に近い訓練ではあったのだろう。素振りをやめ両手で軽く握り、剣先に意識を集中させる。


「皆さま、審判を務めますはメライア・アインシュタットでございます。ではスタート!!」


 そう聞こえた途端エラッタは足を踏み込み、こちらに一気に接近し不意を突かんと突きの体勢になり、腕を伸ばす。すぐさま剣先で相手の剣先を弾くように強く当て、剣軸をずらした後に回避をする。衆目から見れば相手の胸を突き刺す一撃はひらりと回避されたように見える一撃となった。回避すればすぐ様もう一撃を警戒していつもの剣を構える佇まいへと戻る。基本の型にして最も対応幅の広い堅実な一手である。それを見たエラッタは笑みをこぼす。その意味は一体全体何を持っているのか、面白い相手だからなのか自分と多少は遊べる相手だからなのか。その笑みとは裏腹に確実に隙を作り出そうと繰り出される激しい剣術を何とか防ぐことしかできない。負けるつもりはなかったが、勝つためのビジョンも全くと言っていいほどに出てこない。彼女の激しいながら重い一撃は防ぐたびに身体の骨に鈍い振動が伝われるほどに強力であった。そんな相手に一撃も貰っていないのは不思議なものであったが、ワザと手を抜かれているというわけでもないことは彼女の笑みの中から推察はできよう。彼女は笑っているがその目の芯は真剣そのものであったからだ。確実に剣術を防ぎ、隙ができれば一撃を加え入れようとすれど毎回防ぐか回避されどちらも一歩も攻撃が当たらない時間が続く。


「へー、結構やるじゃん。その剣術って独学?」


 狩りを愉しんでいる猫のように真剣なその目をしながら口からは以外そうな声が聞こえた。今私の足元には砂地が存在しもし鍔迫り合いに発展すれば持ちこたえにくいこの場所であり、主導権争いに負ける訳にはいかなかった。


「そうだけど、何?」


「いやー独学にしてはえらく実戦的な技が多いなって思ってね。面白い剣術だね!」


 素早い大振りの横なぎという一撃がその言葉と共に飛んでくる。バカ力を前提にしたこの戦い方はどうにも戦い難いったらありゃしなかった。この一撃を受けてしまえば鍔迫り合いに発展しかねない、そして鍔迫り合いに発展すれば力押しで相手を崩し一撃を加えるというのは目に見えるからである。だからこそわざと受け流し、回避を続けその隙に一撃を加える。だがその剣先は空を切るばかりであった。一度距離を取り、全身へと激しく血流を促進させ高鳴る心臓を鎮め、活動に必要な酸素を必死に摂取するために猛る肺で空気を吸い込む。


「うーん、今のやれたような気がしたんだけどなぁ。グラシアムって結構身動きも早いし、手首も柔らかいから戦い難いったらね。でもお疲れのようだ。」


「うるさい、エラッタもバカ力過ぎでしょ。剣がぶつかるだけでも骨が軋むんだけど。」


「まっ、こんな剣じゃなければその剣ぶった切って終わりなんだけどね。」


 つくづく剣同士での実践でよかったと痛感する。もし彼女がメイスや斧といった武器を使っているのであれば剣先を叩き折れるのであろうか。それほどまでに彼女の膂力の強靭さは卓越したものであった。弾くだけでも正直剣先が折れるかどうか心配なほどに。




「うわーすっげーな。エラッタとあそこまでいい勝負できるなんて初めてみたわ。」


「ええ、エラッタさん相当お上手ですけどグラシアムさんも相当上手いですね。」


 アイリスとミフィーネの二人はこの卓越した剣戟を見つめ、思わず感想を述べていた。確かに剣術をそこまでうまくない私たちからすれば天上の戦いにも等しい激しくも素早い剣戟は見る者が見ればその道の達人同士の戦闘にも見えるのであろう。


「やっぱりエラッタが勝つんじゃないの、ほらあいつ力強いし。」


「でもグラシアムってエラッタの優位性を分かって戦ってるようにみえるけど、だって一度も鍔迫り合いとかまともに剣を受けてないようだし。」


 確かにそうである、先ほどから戦闘を思い返してみればまともに正面衝突を避け消極的な戦闘ばかりである。加熱しきっている男子連中はよくわかってる人間はそうは多くはないだろうが。だが主導権を握られ自分のペースに持ち込めていないグラシアムにとっては苦しい戦いになることは想像に難くない。


「多分だけど、このままだとグラシアムが負けるかもしれないかな。」


「えーそうなの、うちはいけると思うけどなぁ。」


「あんた直感で言ってるでしょ。」


「あはっ、バレた?」


「バレたって、この勝負事にはいっつも感を信じて決めてるってこの前聞いたけど。」


 あれはエラッタと騎士ガッツの訓練のときであったか、エラッタも加速する魔術も力を増す魔術も使って負けたあの戦いの時聞いたアイリスの癖の一つである。そうだ、エラッタは加速の魔術を使っているはず、加速したエラッタは常人では追いつけないとガッツが評していたのもふと思い出す。加速の魔術を使ったとしてその破壊力と剣の振りは数倍されているはずであり、魔術を使えないと自分で言っていたグラシアムがずっと耐えているのがおかしいのである。深層心理にて出会ったあの一件のことも考えれば彼女の秘密がそこにあるのではないだろうか。ならば――。


「アイリス、ミフィーネ、ちょっと相談があるんだけどいい?」


 二人が顔をこちらにやる。その耳に小さく相談内容を伝える。二人の魔術であるなら見抜けるかもしれないはずであった。


「――。なるほど、わかった。任せて!!」


「うん、私も頑張るよ!。」


 二人は指示どうりに椅子から立ち上がり、一端自室へと戻っていく。もしこれが成功すれば彼女のことがわかるきっかけになるかもしれなかった。




 一撃一撃を何とか回避を繰り返し、”視えた”隙に一撃を加えても回避か受け止められてしまい双方全くもって被害はなかった。いや言うのであれば私の方が疲労困憊ともいえる空気であった、エラッタは自分のペースで戦えている分相当整った息遣いである。


「いやーいい腕してるよ。これでも結構使うモノは使ってはいるんだけどね。」


「……。」


「よく対応してるじゃん、でもこれで終わりだよ!」


 激しくも素早い剣先で何度も自身の身体を切り刻もうと渾身の力をもって振るってくるが、全て弾くか受け流しを徹底した。来ることはわかっている分受ける受けないという判断は楽であったが、真面に受けた一撃は腕の骨まで響くものがあり、何度も受けていては剣が壊れるか腕が壊れるかわからなかった。なんというバカ力であろうか、だがそのおかげで凡そは見当がついていた。多分だが自身の速度を上げるモノであることは確定である。それ以外、力に関しては彼女の元の力が強いだけの可能性もあるために確証はなかった。


 激しい剣戟はいったん止み、お互いに息を吸い小休止となる。それを見た観客とエラッタにとっては不気味な間でもあった、グラシアムが何か魔術の準備をしているという欺瞞にも等しい妄想があったからである。しかしグラシアムにとって魔術は行使するには弱すぎるものだ、だからこそ必殺の一撃を隠し持っていると欺瞞を続けるほかになかった。小休止の最中、”視えた”のだ一撃が来ることが。横なぎの一撃の次は蹴り上げ、その次は体当たり。その予想は全く外れることなく、凄まじい速度で宙を切り裂くの横なぎがくる。その一撃を斜めに受け流す。剣先がしなり、軽くも鈍い音が校庭に響く。ほぼ同時に飛んでくる蹴りにも何とか紙一重の回避で対応する。その瞬間彼女は貰ったと叫び全体重を乗せた一撃を繰り出すのであった、だがそれを見計らって横っ腹に思いっきり膝蹴りを入れる。渾身の膝蹴りは相手の柔らかな腹に突き立て、あまりの衝撃にエラッタは年頃の女子には思えない声をあげていた。ただこちらも肋骨の一部に膝が当たってしまい、膝の骨通じて激痛が脳髄へと刺激が走る。迸る痛みを感じながらもエラッタが覆う形で倒れ込み、手元の剣を余りの痛みに悶絶するエラッタの喉元に近づける。


「勝負あり!今回の勝者はグラシアムちゃんです。」


 審判のマライアがエラッタの喉元に剣を突き立てたのを見て声を上げる。終わったと思えば浅い吐息が零れ、全身から力が抜ける感覚がある。剣を握る手はあまりの衝撃に震えることしかできず、これ以上振るうことは難しいかった。何とか、この試合中は振るってくれた子の腕には感謝しかなかった。


「あいててて、グラシアムぅ。流石にあの蹴りは効いたよ。イテテテ」


 倒れ込んできたエラッタは腹を抑えながら立ち上がり、語り掛けてくる。私も立ち上がろうとするものの、足すらあの衝撃があってから手足に痺れが徐々に表れ始め、言うことを聞くことを拒否し始めたために立ち上がることができなかった。


「ごめんちょっとしばらくだめ、さっきから足も手も震えが止まらなくて」


「そりゃあ、私の一撃だからね。いやーでも、読まれてるとは思ってなかったよ。魔法でも使ってないと納得できないよ。」


 確かに言われてみればそうだ、”何故”出す技が事前に分かったのだろうか。気の流れが読める訳でもなければ、未来だって見ることができない私に。何故そう思ったのだろうか、そう疑問に思った途端湯水の如く疑問が噴き出してくる。あの時の感覚、そうだ感覚はどうだったのだ。必死に思い出す。たしか一歩引いた視線があったようで冷ややかな感覚であった。そんなことを考えていると、次第に目の前のが暗く、全身に寒気が襲ってくるではないか。気分も今にも物を吐き出しそうで、胃も目の前もひっくり返ったように感じ、明暗が反転し始める。これはまずいと感じた時にはこと切れたあとであった。

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