第20話 たった一人
また明確に思い出せる夢をみた。いつ起こったことなのかよくはわからないもののその現実を追体験した感覚は見るたびに手足にこびりつき、記憶に定着している気持ち悪さがあった。他人の記憶と自分の記憶がごちゃ混ぜになっているような、そんな気持ち悪さだ。寝ぼけまなこで身を起こせば彼はまだ歌を奏でており、もう数時間は歌っているのではと思い教室の時計を見てみれば五分しかたっていないではないか。あの長く寝ていた感覚はなんだったのだろうか、そういえばエリザから見た物はノートに書いておくように言われていたことを思い出し、思い出すたびに感じる吐き気すら感じる気色の悪いこの感覚を抱えながら事細かなに識っていることをつらつらと書き記す。あの激戦のことを、戦闘で負けて折れてしまった心の内を、見たまま書き写してゆく。戦場を見た一人の少女の情緒的な感情、戦場に立った一人の男性の理性的な考えがごちゃ混ぜになった今の私はなんと表現すればいいのか、あえて言うのであれば夢ではなくその現実を体験した来た人物そのものというべき存在であった。この感覚はいつまでたっても慣れなかった。そして書き続ける、自分が感じたことも、考えたことも。そうしていると廊下からエリザ先生の声がした。
「悪い大分遅れたって、ヒルグレフ。お前また喧嘩してきたのか。」
エリザ先生は教壇まで歩いて行き、私と彼に教材を渡す。しかしヒルグレフか、確か庶民派のリーダーでマックスに近づくなと忠告された子だったか。でも以外であった、エリザ先生はいつも喧嘩しているように言うのにそんなに喧嘩っ早いようには見えなかった。それどころか優しい少年にすら見えたのだ。だからそんな彼が少し気になった。
「はいはい、喧嘩を売ってきたあいつらが悪いんですよ。俺は悪くない。」
「ったく、お前も士官候補生になるんだから貴族と喧嘩しても損ばかりだぞ。」
そう聞くと彼は一層怒ったように見え、口を硬く閉ざす。渡されたプリントにも目を向けようとはせず、頬杖をつき漠然と悩むように見えた。
「グラシアムとヒルグレフ、授業を始めるぞ。まず我が国において歴史の認識だが、我が国は一二〇年に建国されてから――。」
エリザ先生による授業が始まり、数枚のプリント資料に目を通し話を聞く。プリントの内容自体は簡単に王国の成り立ちから歴史、社会制度などが網羅されており、これを見るだけでも相当勉強になりそうな濃いプリントであった。プリントを読み進め、右端に視線をやるとちらりとこちらを見てくる彼が視界に入る。彼は私が見たと感じた瞬間に視線を戻し、興味なさげに授業を聞いている風に振舞っている。いやモロにバレバレなのだが彼は見られていないと感じているようであった。
「――統一戦争において我が国はアルヒ公国含む多数の中部ガーデシア地域の統合を成し遂げたのだ。これが基本的な歴史の流れだが、魔術においては建国当時では魔術を持たない民族として存在しており、連邦地域からの移民から魔術を行使を始めたとされている。これが我々が魔術的素養を持つ者を厚く保護する理由である。」
「さて、我が国の魔術は現連邦地域から派生したものであり、術式構造についてはほぼ同系列と言って差し支えないだろう。ただ連邦における特異個体が出現しないというのが我が王国と連邦の違いだ。何故そのような人間が生まれるかというのは未だ解明はされてはいない。」
「少し話が逸れてしまったな、さて魔術術式の形成については術式を唱える詠唱タイプ、術式を書いておき刺激を与えて起動する設置タイプが基本だ。グラシアムはわからないがヒルグレフ、お前は起動タイプが得意だろ。」
「ええ、まあ。」
「そして魔術は強ければ強いほどに自身の負荷をかけ、術式形成のコストも跳ね上がるわけだ。今私はこうやって指先から火をだすことは別に唱えなくってもできる。だが校舎を吹き飛ばすほどとなれば長い詠唱も必要となるわけだ。」
「だが無詠唱で強力な技を唱えるという離れ業もあるが、その例は稀有の為ここでは省く。まあそう出会うことはないからな。――」
彼はちらりとこちらを見る。一瞬目と目が合う。途端何事もなかったかのように教壇へと視線を戻すものの彼は一体何をしたいのだろうか、ちらちらとこちらを見て。何か私の服装が変なのかと思い少し見直してみるものの特には問題なさそうであった。
「――というわけだ、我が国の歴史と魔術の成り立ちはこのぐらいだろうな。本来教える部分を大雑把であるが嚙み砕いて説明すればこうなるだろう。さて次のページに移って魔術の発展について話していくぞ。」
何故か時折視線を感じながらも授業を受けていき、一時間三〇分ほどかけて全てのページ分の解説を受ける。連邦では理論化されていない部分も理論的に説明されており、魔術の運用や形式についてはよりよく理解できたものの自信の魔術に関してはどのような物なのだろうかと疑問に行き着く。
魔術は生まれ持った属性によって行使できるもので、持った属性は最大二つまでが確認された最大値でありその原則から逸脱できる者も存在できないとしている。そうであれば今の私は変ではある。規模は小さいながらもできないことはなかったからでありリンゴを落とすために地面を揺らしたり、マッチ代をケチるために火を出したり、暑い時は気温だって少し下げれるのである。ここまでで三つの属性を操っている、果たしてこれは何故なのだろうか。
「さて質問はあるか、今なら特別聞き放題だぞ。」
そういうとヒルグレフが手を上げ、言葉を発する。
「一つだけ質問が。」
「お前が珍しい、なんだ。」
「現代における魔術的要素保持の二原則は三のはず。連邦にて確認されたと公式発表があったはずです。」
エリザ先生はえっと言い、その説明をしている教材を急いで見直すのが見える。だが魔術保持の二原則ではなく、三つであったとは。なら使える魔術の属性も三つぐらいだったから特に変というわけではないのだろう。
「あらま、本当だ。そこは直しておいてくれ。」
そういうとエリザ先生も手元のペンで修正し、顔を上げ彼の方へと向ける。
「しかしお前は賢いのに何で喧嘩ばっかりするんだ、喧嘩を回避する方法だってわかるはずだろ。」
「それは、言ってくるあいつらが悪いんだ。俺は悪くねえぞ。」
「はいはい、他にはなさそうだから今日はここまでだ。明日も残るようにね、気を付けて帰りなさいよ。」
エリザ先生は教材をもって教室を後にする。そうして二人が教室に残ることとなった、途中結構見てきていた彼にあの行動はどうしてなのか聞いてみる。帰る準備をしている彼に声を少し大きめに声を掛ける。
「ねえ、何で途中ずっとこっちを見ていたの?」
彼は声を掛けられることを予想していなかったのか、えっとだけ答えこちらを見る。ボサボサで短めの黒い髪に綺麗な青い目、少し腫れた右頬、整えれば相当な女子モテする顔であろう。彼は暫くどう答えるべきか悩み、言葉にもならない言葉を漏らしていた。
「あー、そのなんだ。白きエリチカを知ってるってのが嬉しくてな。ここの奴らはそっちの歌知らないみたいで、興味もないというかな。」
「そりゃあ私連邦の育ちだもん、あなたもそうなの?」
「俺はこっちで育ったけど、母ちゃんが連邦の出でな。結構連邦のこと詳しいんだぜこれでも。」
「そうなんだ、でもちらちらと見るのはどうかと思うけどね。」
はははと気まずそうに笑い、頭を右腕で掻く。
「それについては申し訳ない。間違いなく俺が悪いな、そういえば俺の名前はヒルグレフ・ガーレンシュタイン。そのなんだ、これからよろしくな。」
「私はアーセルグレシアム、よろしくねヒルグレフ。」
そういうと彼と握手する、握った時に感じたこの力強い手の作りはそれなりの訓練をしているのだろう。腕だって非常に筋肉質で、細身でありながらもがっちりした体つきをしており改めてみると筋肉が詰まった身体であった。
「ヒルグレフって筋トレとかしてる感じ?結構いい身体してるけど。」
「そうだ、昔っから喧嘩ばっかりで負けないように身体を改造してるのさ。父親からも喧嘩と身体つくりばかりに熱中する俺に軍隊に入るように言われてな、しゃあないからこっちの道。文官の父からしたらどうしようもない屑人間さ。」
「屑人間って、そんなこと言ってるから屑人間になるんじゃないかな。じゃあなんで喧嘩してるの教えてよ。」
「なんでってそりゃあ人を馬鹿にするのが許せんだろ、しかも下の人間まで馬鹿する貴族ってのが大のきらいだからってのもあるが。」
「そう考える人が屑人間なら世間の多くの人は屑人間だよ。人を想って喧嘩してるならよっぽどマシ。少しは自分を卑下せずに素直に見た方がいいんじゃないかな。」
こんな言葉を発するなんてと自身の変化が驚き、またもマイヤーさんに言われたことを思い出す。中々彼女の言葉は強く私の中に響いたのか、あの日から少しでも自分に自信がついたようにも感じる。言葉を少しは素直に受け止められて、変化できたのだ彼だってできるのではないかと期待が胸の奥底にあるのだろうか。この言葉からそう考えざる負えなかった。そう考え彼の顔を見ると目を上に遣り、非常に困った顔をしていて言葉を詰らせていた。
「そ、そうか。まあ喧嘩自体よくないことではあるけどさ、なんて言えばいいんだろうな。ごめん、俺こういうこと言われたの初めてだからどういえばいいのかわかんないわ。みんななんで喧嘩するのだとか、喧嘩をやめろってばっかりでよ。」
「別に最初はそんなもんだって、私だって素直になれって言われてもよくわかんなかったし。過去あったことは難しいけど、未来のことなら変わろうと思えば変えられるんじゃないかな。」
「変わろうとすれば変えられる……。」
「そう、後悔あと先に立たずばっかりじゃないと思う。後悔あって人は進んでいけるんじゃないかな、まあ後悔になるかはヒルグレフ次第だけど。」
「……後悔か、俺にも後悔はたくさんあるさ。たくさんな。母ちゃんのことに親父のこと、こんな生き方にだってだ。」
顔を顰め、視線を落とす。彼にも多くのことがあったのであろうが、それでも一言いっておきたかった。
「私は応援してる。後悔を引きずるのも無視するのも学校一番の喧嘩番長の名が廃ると思うよ。」
できる限りの笑みで言い放ったその言葉を聞いて彼はごくりと生唾を飲み込む。その顔は酷く心痛の面持ちであり、彼の後悔の追憶をしているのであろう。彼には彼の後悔がそこにある。だがこうまでいった私自身が後悔をずっと引きずっていることが酷く胸に刺さる。この後悔は多分ずっと私の奥深くに眠り、永遠の苦痛の種の一つとなるのであろう。人に対して成長するようにいう実、私自身が一歩も進めていない滑稽さはある種の劇としてみれば道化師にも映るのだろう。そう思えばただ自身が惨めに見えるだけであった。
「……そうだな。喧嘩番長の名が廃るだよな。後悔はやっぱり今の俺を作ってくれているし、何だかんだコイツがいないと寂しいからな。おうグラシアムありがとうな、少しは気が晴れた気がするわ。また明日な。」
彼は先ほどの顔をすっかり過去の物とし、晴れ晴れした顔つきで荷物をもって教室から走っていく。ただ一人を置いて、先へと進んでいくその姿は太陽の様でありマックスとは違う明るさを取り戻したのであろう。そうしてまた教室に一人となるのであった。
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