第19話 或る夢
ここには山一つすらない広大な平地の一つが彼方まで広がっていた。北には森林地帯が鬱蒼と広がっており、その手前二〇m先には美しき小川のせせらぎが見えるものの大勢の人間の死体が転がっていた。手足がない死体、脳漿をぶちまけて上半分にぽっかりと穴が開いた哀れな姿の死体、そこには千差万別の死体が転がっていた。森の奥に目を凝らせば森の手前の木の幹に隠れている王国兵たちが見える。彼らは身長ほどある長いマスケットライフルを装填しており、槊杖棒で銃身内を何度も上下させていた。その中で一人高級将校と随伴の将校たちと旗持ちが一緒に戦列後方にてあれやこれやと指示を飛ばしていた。そうしていると後方より泥で汚れボロボロになったスラウチハットを被った将校が一人全力で走ってくるのが見え、それに気づいた高級将校は声を上げる。
「少尉!となりの旅団からの増援はどうだ?」
蒼い服装に身を包み、未だ二〇台ほどの若き少尉は息もとぎれとぎれでありながら一度敬礼し、咳き込みながら喋り始める。
「だめらしいです。隣の旅団長のマッセナ大佐も戦死し、臨時で指揮を執ったグラーフ少佐も負傷しもう滅茶苦茶です。銃弾に関しても向こうさんも同じ状況らしく厳しいみたいです。」
「そうか、中央も突破されるのは時間の問題か。だが我々が撤退すれば右翼ががら空きになり、延翼を許すことになり不利になる。少尉、帰ってきたところ悪いが本部に伝えてくれ、至急弾薬と予備の連隊をこちらに動かしてくれと。そして我々が敵左翼部隊を押し戻すともな。」
そういうと報告した若き少尉は再度敬礼し、森の奥へと再度走っていくのであった。
「さて我々はこの右翼最大の重要地点を現有戦力で守備しなければならくなった。ここで勝てれば英雄だ、我々は。」
その呟きを聞いてか周りの連隊長たちが唾を飲み込むのがわかる。旅団規模で接近中の敵師団を押しとどめることの至難さは嫌でも理解していた。一個連隊につき八〇〇人ほどで三個連隊半しかいないのだが、相手は八〇〇〇人を超える大部隊を押しとどめるのだ。いくら森林で身を隠し、即席で積み上げた堡塁があったとしても持ちこたえられるか不安があった。その時であった、地平線の向こうから連邦の赤を基調とした旗が見える。
「奴らが来たぞ!来たぞ!」
連隊内の目のいい軍曹が叫び、旅団に一気に緊張が走る。相手は戦列を構築し終わっており、大きな横隊の形でこちらに前進してくる。その規模は理解していたがこちらの倍以上の戦列を形成し、さらに別動隊まで用意している周到さであった。これでは持ちこたえられないと理解していたものの、ここで持ちこたえられなければ戦局を変えかねないほどに重要であるとも理解していた。そう考えるころには、砲兵隊による砲撃が始まり戦列にたいして苛烈な砲撃が行われる。七六㎜の野砲が直接照準にて狙いをつけ、射撃し、砲口から再度装填するという作業を繰り返す。そうして何度も敵戦列上空で榴弾が何度も炸裂し、破片が地面の上に立つ人間を確実に引き裂いていくもののそれでも戦列を維持し突き進んでいく。深い緑で覆われた平原は今では青と赤の服を着た王国兵の死体と、黒く滲んだ液体で充満していたのであった。暫く余裕のあるうちに連隊長たちに話をしておくことにした。
「おい、みんな聞いてくれ。」
一同こちらに視線を向ける、その表情は憔悴と疲弊の色が見えていたものの闘志は未だともっているようであった。
「多分だがやつらは最右翼に一個旅団ほど迂回させてくるだろう。だが迂回させている間に我々の持つ戦力をもって中央戦列の撃退を目指す。具体的にはやつらは戦力優位を見れば突撃をしてくるだろう、そこを何とか撃退する必要がある。第一四リーファス連隊は専属狙撃部隊を右翼側へ薄く延翼して敵の旅団の足止めを欲しい、そして中央を支える第五一ニュージャー連隊たちは後列に人を回して休憩がてら戦列を少し薄くしてくれ。そうすれば敵は反撃が薄くなったと突撃を掛けてくるはずだ。そうすれば俺の突撃の指示でリーファス連隊が横っ腹から突撃を掛けてくれ、そして突撃のあと本隊も突撃を敢行する。つまりはリーファス連隊がドアの部分で相手側へと閉める感覚だ。連隊全員に銃剣を挿すように指示を。さあ行け行け!」
各連隊長は指示を聞くや自身の連隊へと木々の間を走っていき、喇叭手が着け剣の音色を響かせる。旅団の各員は腰に付けた銃剣を銃口の先へと取り付け、簡易的な堡塁に身を屈めたり太い木の幹に隠れたりそれぞれが待っていた。王国兵は甚大な被害を出しつつも前進を続け、双眼鏡で覗いていた時先頭の第一戦列が小川に右足を着けた。吠えるように全体へと号令を発する。
「全軍、各個射撃せよ!!」
その指示は旅団全体に届くことはないが、喇叭手の音色によってこの森林地帯に響きわたる。指示を受けとった兵士たちは狙いをつけ各個に射撃をし始める。森林側に次々と鈍い射撃音と白煙が飛び出していくのが見える。打ち出された銃弾の数々は甲高い風切り音を上げなら敵戦列に向け飛翔し、相手の肉を切り裂くのであった。銃弾が次々と敵戦列へと着弾し、あれほどまでに綺麗であった戦列も歯抜けの爺さんのような姿へとなるのであった。相手方もただ撃たれるわけではなく、戦列を形成しなおし号令と共に戦列が一斉掃射を行うのである。こちらも数人ほど被弾する者がいたが簡易的な堡塁と木々のお陰で負傷者はそうはいなかった。すると後方から砲撃の爆音と、無数の風切り音が飛んだと認識した直あとには敵戦列が血しぶきを上げ数十人と無惨な姿で倒れるのがわかる。砲兵隊も必死に支援していることが孤立無援の私たちにとっては心強かった。
「諸君、砲兵隊も必死に応援しているぞ。撃って撃って撃ちまくれ、やつらには無料で銃弾を渡してやれ!」
感極まってそのような軽口をたたいてしまうものの、その言葉はこの硝煙と爆音の連続の中にかき消されてしまうのであった。射撃開始してから一〇分以上経ってからこの森林地帯は薄く白い煙に覆われ、硝煙の臭いが充満している。それでも敵方は攻撃をやめようとはせず、射撃戦を展開していた。刹那敵方から喇叭の音が響く、何度も戦場で聞いた音色であり、その意味は。突撃である。
「奴ら来るぞ、注意しろ!」
怒号の様な声を上げ、注意を喚起するものの兵士たちはみな覚悟を決めているようであった。私も腰から黒く塗られ使い古されたリボルバーを取り出し、撃鉄を起こす。小川から連邦兵は奇声にも近い甲高い子を上げ坂上の我々へと突撃してくる様は原住民との対決のようでもあった。兵士たちはそんな王国兵に射撃を加え、撃退せんとしていた。私もリボルバーを突撃の姿勢をとって突っ込んでくる兵士に向け射撃を繰り返す。一人、二人、三人と確実に胴体に打ち込み、撃たれた兵士は坂下に転がり落ち苦悶の表情を浮かべていた。そうして何度も何度も必死に登ってくる兵士を撃っている。もう何発撃ったかわからないころには突撃を掛けてきた兵士たちは次第に少なくなり、ボロボロの敵戦列は次第に下がっていくのがわかる。
「やつらかえって行くぞ、そのままあの世までいってしまえ!」
「ざまあみろ!俺たちに逆らうからだよばーか!」
兵士たちはそれぞれ言葉を叫ぶものの現実は非情であった。第一の突撃は射撃によって破砕できたものの、次も防ぎきれるかどうかわからなかった。最後後方より突撃の喇叭が鳴り響くその音は希望を失墜させ絶望が旅団に覆いかぶさったようである。小川の奥から第二部隊が突撃を仕掛けてくるのが木々の隙間から見える。急いでリボルバーに銃弾を装填するものの、一発一発装填するこの形式にイラつきすら覚える。そうしている間にも射撃を加えられ、落伍者を多くだす王国兵たちであったがそれでも突撃を繰り返し、二度目後半にてついぞ肉弾戦にもつれ込んだ。兵士たちは銃弾を装填する暇もなく、銃剣で相手の腹めがけて突き刺し、突き刺されたりを繰り返す。士官たちもそれぞれの拳銃やサーベルで敵兵を殺すものの、明らかに相手の数が勝っているために肉弾戦すら厳しかった。兵士たちが必死に戦い続け、地獄の様な肉弾戦が終わり、第二陣も撤退するときまたも突撃の喇叭がなるのであった。
この疲労困憊の兵士たちに連隊長がこちらに報告があるらしく、小走りで走ってこちらに来て敬礼する。
「どうしたんだ、銃弾がついに切れたのか?」
「残念ながら確認してみれば一発二発持っているものが多く、もう戦闘行動は難しいとしかいえません。」
「そうか、ならば突撃しかあるまいな。」
「突撃ですか、本当に。撤退すべきでは!」
「我々はここの死守が任務だ、ここを乗り切れば増援が来るはずだ。」
「しかし、いえそうですね。わかりました。」
連隊長は諦めににも似た顔を出し、敬礼してその場を後にする。私だってこうなったなら撤退すべきだと思う、だがここで撤退するしたとしても追いつかれて撃滅されるのがオチであろう。そして本隊まで攻撃を受け戦線が崩壊するのであろう。だからこそ、ここで死守する必要があるのだ。そう言い聞かせて最後に神に祈りを捧げる、この戦いでの勝利を。
敵の旅団が再度坂を上ってやってくる。今の我々の取れる手は一つのみ。
「総員銃剣構え!!」
喇叭がなる、木々に隠れたりしていた旅団が立ち上がり戦列を構成し、銃剣を構え突撃体勢をとる。この一手で時間が稼げるのであれば……。
「最右翼側に突撃命令!」
喇叭がなる、右翼のリーファス連隊から叫び声が聞こえ始めて全力疾走で坂を駆けおりるのが木々の隙間から見える。そして決断を下すのであった。
「全軍、突撃!!」
その号令と共に先頭に立ち突撃を敢行する。喇叭は甲高く鳴り響き、千人ほどが雄叫びを上げながら後ろをついてくるのである。その壮観な姿は絵画にもなっていてもおかしくないほどに、勇敢で果敢な兵士たちの集まりであった。リーファス連隊の突撃が敵旅団の最右翼を襲撃し、意表を突く形となり突撃を駆けてきたことに混乱しきった敵旅団は混迷を極め攻撃側の優位を喪うことになった。そして満を持しての中央戦列による突撃である、最初に右翼に対応しようとしたばかりに戦列は千々に乱れ、混乱しきった兵士たちが決死の彼らによって坂を駆けおり、逃げるしか他はなかった。あれほどまでに苦戦した相手であったが決着は何ともあっけなかった。だがしかし忘れていることがった。さらに延翼していた敵旅団が最右翼から突撃を仕掛けてきたのであった。戦勝ムードは一気に瓦解し、ボロボロの旅団はいともたやすく崩壊したのである。ただ茫然と旅団の崩壊を眺めるしかできなかった。王国兵たちが銃剣でこちらの首を取ろうとは知ってくるのが見えるが、リボルバーも打ち尽くし剣も折れてしまった。ただ絶望に膝をついて死をまっていた。
刹那氷の礫が王国兵たちの首元に刺さり、あまりの苦しみに悶える王国兵たちの顔が見える。一体何が起こっていたのか考えていると女性が後ろから声を掛けてくる。
「大丈夫ですか、私たちが到着したので後はお任せください。」
彼女はそういうと旅団に向け走っていき、氷の魔術をもって敵を蹂躙していくではないか。ただ茫然とみることしかできなかった。一体なぜ女性がこの戦場にいるのか、なぜ魔術を行使しているのか、特務の初任務ということを聞かされるまでは……。
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