第17話 危険な訓練
日が街を照らし出し始め、早朝からの仕事がある人々活動を始めるころにグラシアムは大きな欠伸をしながらいつもの服に着替えていた。何故これほどまでに早朝に起きるのかと言えばミーシャに指定された時間に起きるように言われているからである。今だ眠たげな瞼をこすりながらも、マイヤーさんから追加で貰った最近流行のパンツを穿き、薄い青のシャツのボタンを留め、着慣れた連邦の制服を身に纏う。部屋の中で用意されていた大きな姿見で全体像をチェックするものの、自身の身長と同じくらいの姿見のなんと便利なことであろうか。全身問題ないことを確認したら小走りで玄関まで行き、勢いよく外へ出ていく。ミーシャが一人舞のような剣術をしていた、その動きは何とも特徴的であり相手の攻撃を回避又は弾いた後に一撃を加えているようにも見える。そんな彼女の訓練をしばらく観察していればこちらに気づいてか舞をやめ、待っていたぞと近づいてくる。
「さて、まずはこの時間に起きたことを褒めようか。グラシアム。」
「正直眠いよ、何をすればいいの?」
「そうだな、まずは身体づくりからだな。街を走って回ることからだ、さあ一緒に走るぞ。」
そういうと彼女はこの前貰った服装でありながら小走りで街中へと走りだし、そんな彼女の言う通りに私自身も小走りで後ろをついていく。朝のこの街は不思議な空気であった、昼間の熱気とは打って変わって静かでとても涼しい空気がこの通りを支配しているのである。だが朝方だからといって誰も行動していないというわけではなく、少しずつだが朝の早い職種も疎らではあるものの見える。新聞配達の子供が今は閑静な住宅に新聞を投げ入れ、食料品店も朝から品物の準備を着々と進めている。こんな静かなこの街がとても好きである。昼間の熱気に満ちたこの街も嫌いではないが、人々の視線が、行動があまりにも暑すぎて移動一つでさえも人の多さに辟易とするのである。ミーシャ曰く田舎の人間によくある話らしく、とある偉大な魔術師も同様のことで酷く頭を痛めていたと笑い話を振ってくれたこともあったか。そんなことを想いながら主要道路を渡って走っていく、そうすると反対側から昨日の学校で見た人物が小走りで走ってきているではないか。確かマックスとかいう名前だったような、彼はこちらに気づいたのか手を振って近づいてくる。
「おーい、グラシアム。おはようだぜ。」
「あっおはようマックス。こんな朝早くからどうしたの?」
「俺は筋トレ中、軍隊に入るからには身体づくりは必須だからな。そういうグラシアムはどうなのさ、お前も筋トレか。」
「まあそんなところかな、ミーシャから剣術を教えてもらうためにこうやって訓練してるの。」
「そうか、まあ立ち話もなんだ。一緒に走っても問題ないかい。」
「ええ、よろこんで。」
そうして三人で道路をそのまま真っすぐ進むことになり、閑静な街を並走するように走り、彼がいくつか昨日のことを聞いてきた。
「そういえば身体は大丈夫なのか、あの時すっげー心配したんだぜ。」
「それは大丈夫、ほらこんだけ走れているじゃない。」
「あと心の中で例えばしんどいこととかあったんじゃないのか。ほらトラウマってやつさ。」
「んーあったような、なかったような。正直なところ覚えてないの。」
「そうか、まあそういうこともあるだろうな。しかしその服中々見ないけどどこから来たの?」
「これは向こうにいた時に来ていた服でね、結構好きなんだ。」
「へー、結構かっこいい服だな。あとで似たような服作ってもらおっかな。」
そんな他愛ない会話を続け三人はそのまま街を走り続ける。時折息継ぎのための休憩を入れ、少し息を整えたら再度街を駆けていく。だが南に下る道を数十分走り続けていると次第にマックスが呼吸のペースが崩れ始め、ちょっとまってくれと制止を呼び掛けたのである。その声にミーシャも私も道端で足をとめ彼の方へと視線を向ければ、彼は手を膝につけ過呼吸気味に何度も何度も吸っては吐いていた。
「グレシアム、お前、相当すごい体力、あるんだな。」
果たしてそうなのだろうか、確かに体力は結構自信があるのだが、これぐらいなければできることなんて限られる生活をしていたからこそ別段そう意識したことはなかった。
「お主が体力がなさすぎなのではないか、まだ一時間も走っていないぞ。」
「いやいやいや、これでも結構しんどいんだけど。二人ともすごいね、こんなスピードで一時間以上走れるなんて。俺はもう、しんどいよ。」
「まあこちらのグラシアム体調が気になるからここで一端休むとしよう。それでいいな?」
「うん、大丈夫。ただもっと走れるけどなぁ、向こうじゃもっと走ってたからまだまだ序の口だよ。」
「マジでか、すげーわグラシアム。多分軍人を目指してる筋肉ダルマより強いかもしれんなぁ。」
そういうとマックスは今は閉まっているレンガ造りの倉庫の壁にもたれ掛かる。私も彼と同様に壁にもたれ掛かると、そのひんやりとした壁がスカートの布越しに冷気を伝えてくるのがわかる。私からしてみればランニング程度であったがここまで肌が火照っているように感じるのは、王国の気温の低さもあるのだろうか。
「そういえば軍人を目指してるって言ってたけど、他にあそこのクラスの中にもいるの?」
「ん、違うな。あそこは軍人になる奴の集まるクラスだ、ミズキだって俺だって軍人候補さ。そしてその中でも士官候補生クラスと兵卒クラスに分かれるわけだ。俺たちのいるクラスが士官候補生クラス、通称貴族部屋ってさ。」
「貴族部屋ってことは、相当身分のいい人が集まってるってこと?」
「まあ傾向としてはそうだな。だが頭脳明晰な庶民もいるし、貴族の息子娘たちもいる。貴族への登竜門の一つって感じだ。ま、正直なとこ頭のいいクラスって感じさ。」
士官候補生クラスとはそんな場所であったのか、ならば私はどの道に進むのだろうか ふと疑問がよぎる。
「そういえば私はどこにはいるんだろ。わかるかなマックス。」
「そうだなぁ、多分俺たちと一緒の士官候補生クラスだと思う。お前のところグラッセル伯爵の後援があるだろ、そしてその身一つで騎士を呼び出せるなんてすげー才能兵士にして腐らせるなんて考えられない。だからそうだと俺は思うぞ。」
彼がそう言い切ると、なんだか少し嬉しく心躍る心がそこにあった。彼の自信ありげなところから来るものなのか、裏表のなく溌剌な人間あるからこそ感じる褒め言葉がこの心の響いたのか。今の私にはわからなかったが、小さな微笑みが顔に現れているのがわかる。そうした顔で彼に答えてくれた感謝を述べる。
「そうなんだ、ならこれからよろしくねマックス。」
彼は私の顔を見るや否や にへらと恥ずかしそうに笑う。
「そ、そうか。ならよかったよ。」
あっと声を出したかと思えば、おもむろに下のボタンから流れる金のチェーンが特徴的な金の懐中時計を取り出す。今の時刻を確認し、壁から勢いよく離れる。
「っといけねそろそろ親父が起きてくるころだから帰るわ。お前らも無理すんなよ、特にグラシアム倒れられたらミズキがまたえらく心配するからな。じゃあな!」
そういうと彼は来た道を走って帰るようであった。疲れていても頑張るその後ろ姿を見ていると、なんだか心が優しい気分となっていた。
「じゃあ我々も続きを走ろうか、あと三〇分は走って残りの二〇分間で剣術の訓練といこう。」
「わかった、じゃあいこっか。」
二人は休憩をやめ、こちらも来た道を遡る形で走っていくのであった。移動している間に通路には次第に馬車が行き来し始め、今だ疎らではあるものの通行人も見え始めついに街の始動が始まったのだなと周りを見ていてそう感じた。そんな中を走りだして三〇分ほど経ってついにグラッセルの邸宅に帰還すれば、執事が投げ入れらた新聞紙を脇に挟み、邸宅に戻る姿が見える。そんなこの家の始まりに注意を払うことよりも次の訓練のことの方が非常に気になっていた。すると到着したのちミーシャは無から無造作に剣を一本取り出す、一体全体どういう原理でその無から剣を取り出せるのかということも聞きたかったが今は黙っておくことにした。
「さて、剣術の訓練だが真剣にやってくれよ。これが多分一番使いやすい剣だからお前に渡しておく、一回振り回してみろ。」
ミーシャから渡された剣は一般的な長剣の一つであり、文様の入った鍔より上には美しく加工された白鋼が銀色に輝き、剣先から手元まで綺麗に整えられた刃先に波状の波紋まで見える真剣であった。真剣だから真剣にということなのだろか、そんなことを言えば叱られそうに虫の知らせがあった為に心の奥底で言うだけにしておいた。
彼女の言う通り、縦に斬る、横に斬る、右斜めから袈裟斬りを試すなど一連の動作を繰り返す。訓練用の模造刀とは違い、握る手に入れる力が段違いであり、その重みでいつもの重心で斬る行動一つでも苦労する。何度も素振りしていれば、使える範疇までに力の使い方や腕の使い方を知ることもできた。
「やっぱり模造刀と比べるとずっしりとして重いね。割と慣れてきたけど、ちゃんと身体が覚えるまで結構しんどいかも。」
「まあそうだろうな、私は訓練のモノもほぼ似せて作ってもらったものがあったからいいが、今は手元ないからそれで我慢してくれ。さて私に斬りかかってこい。」
突然の言葉に当惑するしかなかった。斬りかかって、もしもその剣先が彼女にでも触れてしまえばそれだけで大ごとである。振るに振れなかった。
「何、お前程度の攻撃など兄の猛攻と比べればぬるい物よ。目の前の私すら斬る覚悟なくば、目の前の敵すら斬ることはできんぞ!」
確かにそうであった、私は復讐するために強くならねばならない。連邦を全て滅ぼしてやりたい、死なせる原因となったグラッセルも殺してやりたい。心の奥底で燻る怒りに火を点ける。怒りが、怒涛の怒りの奔流が全身に流れるのが肌で感じられる。だがこの力に飲まれてしまえば剣先は濁り、なまくら同然となってしまうことは無意識的に理解していた。だからこそ精神まで凍り付くほど冷徹かつ、激情の炎を心に宿す。息を整え、まずは狙うべき一撃。その剣先は相手の首を狙い、右斜め上から入る。だがミーシャは一歩下がることによって致命的な攻撃を躱し、素早いこのこなしによって剣先がぶつかり合う距離から鍔迫り合いの距離まで持ち込まれる。不味いと思った瞬間にはすでに喉元に剣先が止まっていた。
「言っただろう、ぬるいと。」
余裕そうに喋る彼女に対して喉元の剣先を弾き飛ばし、確実に当てるため、彼女の力を削ぐために隙の大きな斬り方から隙が小さく得意の小手先の斬り方に変え、激しい接近戦に持ち込む。華麗な金属音が空に響き、火花が散る。ミーシャは真剣な顔をして、確実に一手一手を防ぎ、隙を見つけてはこちらの身体の一寸先で剣先を止めヒットと零していく。この常に主導権を握っているにも関わらず、全くもって有利にことを運べているようには思えなかった。
「グラシアム、君は常に攻撃しようとしている。だからこそ守りが薄くなっているのではないか。ほらヒットだ!」
そうだ、あまりに攻撃偏重であった。攻撃の手を緩め、今度は隙を無くす――。途端彼女が大振りの剣術にて攻撃をしてきた、それを何とか防ぐものの再度の鍔迫り合いとなる。全体重と膂力を刀に注ぎ込み、必死に戦うものの彼女の力の方が明らかに勝っておりじりじりとこちらに押されていく。左足は芝生でしっかりと抑えられるものの、右足が砂場に足があることによって踏みこたえにくかった。力でも技術でも勝てないのであれば、この手しかなかった。
「ミーシャごめん!」
そう言うと力の正面衝突である鍔迫り合いの最中、足先で地面の砂を彼女の顔めがけて蹴り上げる。だがミーシャはそれを読んでいたかのように、目を閉じ砂を防ぐ。何故私の一手が読まれていたのか、それは気になるもののそんなことを考えている暇はなかった。ただでさえギリギリであった鍔迫り合いは自分からバランスを崩したことと、彼女がより一層力を込めたことにより敗れ、思いっきり尻もちをつく。尻もちをついた後急いで剣先を上に向けようとするが、彼女の白く輝く剣先が喉元にあった。
「チェックメイトだ。」
「くっそー!!」
握った剣を地面に置き、全身で硬い芝生と柔らかな砂地の間の上に寝っ転がる。ここまで酷く完敗すると意外と心地としては悪くなかったが、それでも負けたこと自体がとても悔しかった。
「ミーシャ、なんであの一手がわかったのさ。結構名案だと思ったのに。」
「まあ私もされたことがあるからな、戦争に行ってれば否が応でもこんな汚い戦い方をみるさ。だが筋はいいな、流石あの者の子であるな。」
「そうなんだ、ありがとう。でもここまでコテンパンにされると嫌でも実力差がわかっちゃうなぁ。」
「まあそうだな、君も訓練すればこの程度まではいけるだろう。私の直感ではそう思うぞ。」
「じゃあもっと頑張らないとね。これからよろしくねミーシャ。」
「ああ、これから頑張ってくれよグラシアム。」
そういいながらミーシャは手を差し出し、私もそれを握り、引っ張ってもらいながら立ち上がる。そうして邸宅のドアに視線を戻せば緊張の顔つきをした執事と軍服に着替えているグラッセルがそこにはいた。グラッセルの顔は怒りにも近い顔つきであり、不味いと本能的に感じ取ったものの立ち竦むしかなかった。
「お前ら、人の家の前で何をしている。」
「剣術の訓練だよ、ほらグレシアムが訓練したいってな。」
「で、真剣で斬り合いとな?」
「私は攻撃はほぼしてないぞ、だから安心安全だ。」
何とも頼りのない弁明であろうか、というか攻撃を思いっきりされたような気がするが、それは言わない方がいいだろうなと考えてしまう。
「ミーシャ、お前馬鹿か。良し、俺がそれの危険性をみっちり教えてやるから食堂で待ってるように。あとグラッセルもだぞ。ったく朝っぱらから面倒を起こしやがって。」
そういいながら彼は邸宅へと戻っていく。なんだか嫌な予感はするものの、出頭しなければさらに逆鱗に触れそうであり、なくなく二人はこっ酷く叱られるためにトボトボと食堂へと向かうのであった。
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