第12話 彼女の記憶

 やっと案内を終えた時、突如グレシアムが苦しみだし床に倒れたのだ。余りに急なことにただたじろぐほかに思いつかなく、彼女の騎士が倒れ込む彼女を支え、教室内からエリザ先生が駆け寄ってくるのがわかる。その顔は今まで見たことのない焦りが、憔悴が目に見えていた。


「白銀の騎士にミズキ、一体何があったの?!」


「わ、わからない。グラシアムちゃんが急に苦しみだして。」


「私もだ。一体全体何なのだ。」


 エリザは右手を過呼吸のグラシアムの胸に当て、小さく言葉を紡いでいく。何かの呪文のように言葉を紡ぎ、その言葉によって魔術は成立し彼女の周りが新緑色へと光り輝いてゆく。その範囲は一メートル弱、その範囲にいるだけで呼吸が、困惑からくる焦りさえも軽くするのが何となくわかる。


「クソっ、何でこうなったんだ。何か訳があるはずだ、彼女に一体何が。」


 彼女の行動を最初から思い出すことにし、今までの行動を思い返す。学校を紹介している間にはこれといったことはなかった、魔術的な起点はほぼなかったはず。もしあるとすれば、彼女が魔術を使ったこと。しかしそうであれば魔術学校などに入ることすらしないのではないだろうか、これは違うと可能性を排除していく。数ある可能性からあり得そうなことは、教室を一度見たことがきっかけではないかと導き出すことは簡単であった。


「教室を見てから急に様子がおかしくなったんだと思います。学校を巡っていた際の問題ではないかと。」


「まさか、そんなことがあるのか?」


「それは私も保障しよう。魔術暴走に至る因子は介在しないと。」


 エリザが驚きの後顔を顰める。生徒の前でこんな表情をするエリザ先生は初めてのことであり、私も少し驚いていた。しかしグレシアムがなぜそうなったのか思考を切り替える。あの時魔術的起因の要素は一体何なのだろうか、学んだ知識を総動員して考え出す。ふと夏ごろに学んだ知識が脳裏をよぎる。目というモノは魔術的な存在とされており、魔術世界においての始まりの一つと。


「先生の目を見てたから?」


「ほう、目を見たからか。」


「ええ、先生が言ってたんです。目は原初の魔術の一つだって。」


「なるほどな、原初の魔術の一つなのか。それなら暴走もするかもしれんな。」


「私の目をか、やはりそうか。だが私の目で暴走するなど、まさか”お前”なのか……いやそんなはずはない。アイツはもういないはずだ。」


 エリザは目に見えて動揺しており、普通のことではないのが肌感覚で理解できる。彼女は一体何者なのか、先生をこんなにも同様させるグレシアムという人物がとても気になってしょうがない自分がいた。


「とりあえず彼女は保健室に連れていくから、自習するように言っておいて。」


 そういうや否やグレシアムを抱えて一階の保健室に向けて白銀の騎士と走り出す。ただ今は彼女の容態よりも、一体何者なのか考えながら教室に入る。そうするとマックスが声を上げるのが見える。


「なあミズキ、彼女一体どうしたんだよ。そこで倒れて先生が運んで行ったようだけどよ。」


「多分、魔術暴走かな。多分違うとは思うけど。」


「なんだよ、お前にしては大分曖昧な言い回しじゃないか。まさかお前にもわからないのか?」


 確かに言われてみればそうだ、あまり曖昧な言い方はしない性分なだけに自分でも驚きである。でもわからないということもまた事実であり、生憎その言葉を認めざる負えない。全くもってわからない私自身にもやもやした思いを持ちながら自習をするようにみんなに告げる。何人かのクラスメイトはやったー!というものの、話題としてはあの編入生のことでもちきりであった。


「ええ、そうよ。私にもわからないの、ほんとに何なんだろう。」


 先生の目をみて魔術暴走が起きたのであればなぜみんなにも同様の事例が起こらないのであろうか、私たちみんな先生の目をよく見るはずなのに。その紅さは特徴的であり、見つめていても美しいその目には魔術的要素があることは生徒である私自身、あのアホでさえも気づいている。だが目についての授業のあと先生からある人物以外には効力を持たないと説明も二人の時に密かに言われたっけ。まさか効力を持つ人物がグレシアムということではないか。ならばグレシアムとは一体何者なのか、少しだけ真相に近づいたようにも感じるが先生からも情報を集めないとこれ以上の近づきようは難しいだろう。そういえばアホならば。


「ねえ、マックス。」


 呼ばれた隣のマックスはこちらに顔を向け、なんだよと不思議そうにしている。


「あんたグレシアムのこと見れる?」


「なんだよ、いつもは覗き見したら怒る癖にこういう時は使えってか。」


「それはあんたが下心しかないからでしょ、この前もアリスの下着見ようとしたくせに。あと私にも映像を見せてちょうだい、あんたの説明下手だし聞いてもわかんないかもしれないから。」


「はいはい、わかりましたよ。じゃあ集中してくれよ、お前の手助けまで手が回らないかもしれないかもしれない。」


 マックスは机に並べられた教材を枕にし、瞼を閉じる。こうして寝るような形になるというのは彼がいつも誰かの意識に入り込む際の通例であった。私も腕を枕にし、目を閉じる。彼が以前紹介してくれた通りに、心を落ち着かせ、深い深淵へと潜る前のように精神を統一した。そして何も見えない先の瞳で、見える。実体は見えないもののなぜかマックスがそこにいるのがわかるが、ズキズキと脳内に疼痛を感じてしまう。


「よし、接続できたみたいだな。中々やるじゃんミズキも。」


「何だが頭が痛い、何なのこれ。」


「脳が意識の接続に困惑してるのさ、今は俺の意識とパスをつないでるからだろうね。さあグレシアムちゃんの意識までいこうか。」


 そういうと身体は動いていないのに深淵の中を泳いでいく感覚が全身に感じる。今の私はマックスの視点を借りている状態であるというのに気づくのは少ししてからであり、この気持ちの悪さは私も初めてかもしれない。何とかこの悪寒を耐えながら意識を途切れさせないように歯を食いしばってでも耐え続ける。しばらく深淵の海を泳いでいた時、一種の光点が遠くで輝くのが見える。その色は若干黒くくすんだ白色であり、何とも薄汚れたという印象を感じる。


「多分アレがグレシアムの意識の中心だろう。さあ行くぞミズキ!」


 海を泳ぐ速度は一段と増し、最初のゆったりとした泳ぎから魚になったかのような速度で泳いでいく。そうしてからのこと、疼痛は一段と痛み出し悪寒が全身を襲いだす。この意識の流れを進むのはなんという離れ業なのだろうかと思ってしまう。意識をつないでいるというこはマックスもこのようなことを味わっているのだということだ、文句一つ零さない彼をどこか素直に認める私もいた。


 光点に近づけば近づくほどにそのくすんだ白色が眩しく輝き、意識すら包みこむかのように錯覚してしまう。光点に手が触れる、その瞬間世界は真っ暗へとなる。目指すべき光点すら失った二人はただ当惑するしかなかった。


「なんだこりゃ、全く意識の流れが来ないぞ。どうなってやがんだ?」


「こんな真っ黒な意識なんて私も初めて、何ここ。嫌な予感がする、マックス戻ることができる?!」


 ふと来た方向へと目を向けるものの、なにも見えずにただ深淵がそこにあった。


「多分無理だ、俺も鳥肌が立ってきやがった。こいつはマズイかもしれんな。」


 そんな言葉を言っていた時、声が聞こえたのだ。その声はどこかで聞こえる。それは上下左右どこからも聞こえることに少し聞いていて気付く、その不気味さは今の今まで生きていて感じたことのないほどであり寒気が身体中を走る。怖がって何やら小言をいっているマックスの言葉を極力排除し、周りの音がどんなことを言っているのか必死に聞こうと耳を傾ける。小さいながらその声はグレシアムの声質に似ているが少し成長しきったような低音が混じっている。そして暫く目を閉じてフレーズを聞き取ればずっと同じ言葉を繰り返しているようであり、今は思い出してはならないと。一体何を思い出してはいけないのか、先生を見て何かを思い出してしまったのか。それをこの無意識が阻止しようとしているのだろう、そう考えると疑問は深まるばかりである。もし、もしかしたらこの先に進めば今のこの疑問を解消できるきっかけが得られるかもしれない。なればこそ、奥に進む以外の選択肢はなかった。


「マックス、もっと奥にいける?」


「もっと奥ってマジかよ。俺は行きたくないぞ、流石に不味そうだ。」


 流石のマックスでさえ恐怖心を抱くこの心象風景は何なのだろうか、この闇は一体全体何なのだ。マックスから聞いた心象風景は記憶の奔流と聞いていたことをふと思い出し、そうであるなら普通と違うこの現状を恐れるのも理解はできる。彼の手は恐怖で震え、その身が竦んでいるようであるが先に進むように言わねばならなかった。


「マックスお願い!もしかしたらこの先で何かわかるかもしれないの。」


「ミズキ、お前な。……ったく、わかったよ。もしもの時はサルベージしてくれよな。」


 そう言うとマックスは本来であれば光がある方向へと進みだす、完全な暗黒世界となったこの世界には道しるべはないもののマックスはその類稀なる直感をもって進み続ける。数分進んだころだろうか、再度光点が見えるではないか。マックスは必死に進み、その光点と再び触れるときブワっと何かが溢れ出るのが解る。これは――。




 朧げな記憶のそこにはグレシアムが居た。体つきや体形から見て歳は二十代後半、服は連邦における一般的な魔術師の恰好をしており、その腕には小さな赤子を抱えているではないか。その隣には微かに見える口元は笑顔のように柔和な顔をしているだろう男性が見え、顔は靄が掛かって良く見えないものの、長髪の一部が黒い髪の一部が見える。その男性がグレシアムの抱いている赤子にそっと触れるとその途端赤子はえんえんと泣きだし、驚いた男性が素っ頓狂にもとれる声をだしては顔を隠して出すといった動作を繰り返す。


「ふふふ、この子は貴方のことが好きらしいですね。毎回貴方の顔を見ては泣き出すなんてね。」


「本当にそうか、お父さん毎回泣かれるとちょっと辛いものがあるけどなぁ。」


 彼は困った顔をしながらはははと、その手で後頭部に置き困ったジェスチャーをしている。彼の服装をよく見てみれば相当傷の入った鎧を着こんでおり、周りも次第に明瞭となり景色も認識できるようになる。ここは森林地帯で彼らの護衛の者も数人見え始める。その護衛の中にはグレシアムと共にいた騎士の姿も見え、彼女は二人の微笑ましい光景を白い湯気が空へと流れる温かな飲み物を飲んでいるようだ。


「本当に可愛いなグラシアム、髪もお前と一緒の様で美しい子に育つだろうな。」


「……ええ、きっと私の様に育つでしょうね。そして私たちにはできなかったことをしてくれるはず、本当に愛おしいわ。」


「連邦に行くんだから名前も少し変えないとな、グラシアムは連邦においてはどんな名前になるんだい?」


「グレシアム、向こうではそう呼ばれていますよ。それはそれは世にも珍しい美しい花のことを指す言葉です。」


「グレシアムか、本当の名前で生きられないことが悔しいばかりだよ。」


 彼の目頭からぽろりと一滴零れ落ち、その顔どこか悔しさと後悔にも似た物が宿っているようにも感じる。顔が見えないのにそう感じるのは不思議な物であった。


「大丈夫、来世で往生まで生きましょう。この子さえ生き残れば私たちは後悔はないわ、だから貴方も泣かないでください。きっとまた永遠の時を過ごしましょう。」


「そうだな、こんなところで終わりじゃない。また出会えば永遠の時を共に生きよう、グレイス。」


 グレイスと呼ばれたグラシアム似の母親は右腕で赤子を持ち、左手で彼に抱きつく。その抱擁には護衛たちも見み、衆目に晒されるもののそれを物ともしない熱い心がそこにはあった。しばらくの抱擁の後グレイスは離れ、馬車の荷台に乗り込む。


「さて、ここを抜ければ連邦に入ることとなる。お前たちは先に連邦に入ってみんなが帰れる場所を作っていてはくれないか。」


 その白銀の鎧で包まれた手を赤子へと遣り、彼女の手を握る。彼のその手には若干の震えがあり、靄越しに見えるその目は諦観にも似た動揺一つない瞳をしていた。


「わかりました。私たちは先に行って貴方の帰りを待っています。かの者の手勢には貴方たちは絶対に負けません、そして手中に収まることもないでしょう。それはこの私が保証します。」


「そうか、我が伴侶よ。私は今こそ貴方のための剣となりましょう、その剣は赤子すら殺そうとする悪辣な者共より守る大盾となりましょう。そして魂は貴方と共に。」


 彼は彼女に対してかしづく、その姿はまさしく今は無き騎士そのものの様な立ち振る舞いであった。一挙手一投足全てが気品と気高さ、格の高さを示しており、相当高位にいた人間であろうことがわかる。この男は一体何者なのだろうか。


「貴方、美しくも誇り高き騎士よ。貴方の勝利があらんことを。」


 そういうと護衛の内の一人が馬車に乗り込み、畦道を進んでいく。ただ残った騎士たちはそれぞれ剣を抜き、傷だらけ身体を起こして最後に戦う準備をする。彼らにとっての最後の邂逅であったのだろうか、映像が途切れ目の前が真っ暗となる。




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