第10話 編入生

 邸宅のような学校に入ってから応接室へ、それから応接室を出て右側へと廊下を抜け一つの教室へと到着する。部屋に付けられた窓ガラスから生徒たちが何だなんだと声を上げ、こちらを見てこようとしていた。これも復讐のための一歩だと思えば恥ずかしさなど微塵も感じることはなかった。エリザはドアを開けグレシアムに教室に入るように合図を送る。教室に入れば以外と大きな教室であった、連邦の時にいた魔術学校とか全くもって構造も違うのだと第一に感じる。総勢二十人ほどの魔術師候補生たち、それぞれ特技にも近い素質をもって入って来たのだろう。そしてこの大教室、数人規模の学校しか知らないグレシアムにとっては初めての感覚であり、あまりの広さに不安感が脳内を占有し始める。


「お前ら、静かにしろー。明日からの編入生を紹介するぞ。グレシアム、自分の名前と特技と魔術の特色を言ってくれ。」


「あっはい。」


 大きく息を吸い込む、そして吐き出し、この一連の動作をして何を言うべきか少し思案する。特技は結構あるが、魔術の特色とはなんだろうか。私自信魔術は、いや使えるではないか召喚術が。できうる限り鷹揚で、少しでも受け入れやすいように猫をかぶることとする。


「私はグレシアム、アーセルグレシアム。特技はライフルと剣術でして、誰にも勝てる自信があります。魔術の特色は召喚術です、彼女が私の召喚した騎士です。」


 ミーシャへと視線を移し、ミーシャ自身も独特な礼の仕方をする。スカートの両端を持ち上げ、頭を下げ一礼、見たことのない礼の仕方であった。突如教室内は盛り上がりの頂点になり、甲高い指笛の音から男の歓声まで様々な歓迎の音が鳴り響く。あまりに興奮しきった生徒たちにたじろいでしまい、それを見かねたエリザは助け船を出す。


「こーらー、グレシアムちゃんが困ってるでしょ。ほんとよく盛り上がれるな。今日は挨拶だけだから一緒に勉強するのは明日からだぞお前ら。」


 その言葉を聞いてか教室中の男子と一部女子が一同に文句をたれはじめ、何故なのか尋ねてくるものの書類上の問題だと一蹴するのであった。


「で、編入生を案内する人を指名したいと思います。」


 再度教室の熱気は加熱しきり、誰が行くのかとどよめきが聞こえる。彼らはなぜにここまで盛り上がるがさっぱりわからない。


「先生、俺だよな!!」


 一人の男子学生が手を上げて立ち上がる。制服は崩して着用しており、黒い髪にスッキリとしたツーブロックであり見た目は非常に活発な好青年に見える。そんな彼はその期待に輝かせた目でこちらを見ているものの、エリザはお前じゃないとそんな彼を無惨にも否定する。


「ミズキ、あんたが案内しなさい。同じ性別の方が気兼ねなくいけるし、授業の一回ぐらい簡単に巻き返せるでしょ。」


 ミズキと呼ばれた少女は驚き、少し困った顔をしたもののわかりましたと笑顔で応対する。その困り顔は授業に出る方が楽しいのだろうかと勘繰ってしまう。そんな彼女は奥手の席からこちら側へ歩いて来るが、その一歩一歩の歩き方から手の出し方まで美しく気品を感じざる負えなかった。


「わかりました先生、グレシアムちゃん案内するよついて来て。」


「あっはい、ミズキさん。」


 彼女に呼ばれ、その後ろにミーシャと共について教室を出ていく。


「先生なんで俺じゃダメなんですか!」


「お前はテストの点が悪かっただろ、ミズキみたいに賢くなってからな。」


 あの少年とエリザのたわいない会話が聞こえてくるものの、次第に遠くなり聞こえなくなる。最初教室を見たときは教師と生徒の距離が遠いのだろうと考えたものの、以外と距離が以前の魔術学校にも似ていて若干不安な気持ちの一部が緩和されたように感じる。ミズキはその微かに青みかかった黒い髪を揺らしながら、しばらく考えていた。


「んー、どこから紹介しようかな。えーとまずはここが本校の座学専用の教室、実験教室は三階の方にあって、一階が食堂と職員室があるの。」 


「そうなのだな、しかし好い学び舎だ。ここはいつからやってるのだ?」


「確か開校百年とかだったような、あんまり詳しくはわかりません。」


「百年か、なんとも長く開いている学び舎なのだな。それなら安心してグレシアムを任せられるというのだ。」


「ひょっとして学校に入るのが不安だったの?」


「まあな、正直なところを言うと不安だ。お前は大事な存在だからな。」


 ミーシャは温かな目つきでこちらを見てくる。その眼窩にはまだ別な物を秘めているようにも感じるが、彼女がどう思っているかは今の私には別段興味がなかった。そんな様子を見てミズキはふふっと声を漏らし、にこやかに見つめていた。その柔らかな顔つきは並大抵の男子であれば墜とせるほどに破壊力満点であった。


「そちらの騎士さんは若い見た目でしっかりとした方なのですね。お父上の騎士にも見習ってほしいものです。」


「騎士をお持ちということは、これは失礼いたしました。このご無礼何卒。」


「いいのいいの、ここじゃただのミズキだし。あんまり階級をひけらかすの好きじゃないの。」


「えっ、ミズキさんって良いとこの出なの?」


「ええ、ハイネス公爵家の長女で次期当主なの。」


 ハイネス公爵家と言われても想像がつかないが、まあそれなりに大きな家の出なのだろうか。公爵の家がどの程度権力を持っているかなどみじんも知らないグレシアムは全くもって地位や境遇などは空想の域を出ることはなかった。


「へー、凄いところなんだ。私なんかよくわからないからなぁ、自分の家の家格とか。」


「あら、それなりの家の出だと思われますけど、わからないのですか?」


「いやいや、私のお父さん浪人の剣士だったんだよ、多分。そんな良いとこの出じゃないって。」


「貴方の目とその髪、一般ではまず居ない色をしているのでそうだと思ったのですけど、私の思い違いなのかなあ。そちらの騎士さんはどう思われます?」


「私もそう思うな、まあそれなりの格式ある学校であっても実力さえあればどんな人間でも入って問題ないからな。」


「そうですね、うちのクラスにも半数が一般からの入学ですし。実力も騎士を召喚できるほどなら魔術だって問題ないですよ。」


 そんな話をしているが私にとっても確かに変な話であった。髪の色、瞳、顔つきなど遺伝するはずの部位すら微かな記憶に残る父の姿は全く違うのである。記憶に残る父は黒い髪に、太い眉、特徴的な潰れた蛙の様な顔、がっちりとした体格であり、どれも私にはないものであった。姿を一度も見たことのない母からの遺伝が強いのだろうと思ったのだが、母の姿がわからない以上何とも言えなかった。彼女の言うそれなりの家の出ならば母が貴族様で、お世辞にも美形とは言えない父と交わったわけである。そんなことがあるのだろうか疑問が尽きぬ議論を脳内にもたらす。暫く脳内議論を重ねている最中、目の前に笑顔のミズキが唐突に眼前へと近づき、突然のことに思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「グレシアムちゃんて結構考え込む人なんだね。私と一緒だ。」


「もう、びっくりするからやめてほしいな。」


「あはは、ごめんごめん。しっかし顔がほんとうに綺麗だね、羨ましいよ本当に。父は天は二物を与えずって言うのに現実はこうなんだから。」


 綺麗だと褒められてすかさずそんなにいいのかと言いかけるものの、マイヤーの一件をふと思い出す。彼女は私に対して自信を持たねば、持っていない人間に対しての嫌味にもなると教えてくれたのだ。言いかけた言葉を飲み込み、適切な言葉へと置換する。


「ありがとう!そう言ってくれて嬉しいよ。」


「さ、次は住み込みの寮を紹介するね。」


 少し急いでいるのか小走りで寮のある隣の棟へと向かう。隣の棟へは雨の日も安心して移動できる天上付きの渡り廊下があり、隣の棟も無骨な邸宅の一部の様に見えるが、中に入ればそれは明らかな間違いであると知る。内装は質素ながら気品を感じる白色に塗られており、扉は丁寧に塗られた茶色をしており、廊下には南方の特徴的な花模様のカーペットが一面に敷かれている。足を踏み入れて理解する。ここには前の学校とは違い、相当に力を入れていることがわかる。


「今日は寮長が少し出掛けていていないけど、いつもここにいるから何かあったら言ってね。寮のことは大体彼女が仕切ってるから。」


 入って直ぐの窓口を指さすものの、本来ならここに寮長がいるということはわかった。


「じゃあ、私の部屋を紹介するね。今空室がどこにあるかわかんないし、どうやって生活してるかとか知りたいだろうし。」


 ゆっくりと階段を踏みしめるように上がり、二階に到着すれば左右に分かれており彼女は右側の一番端の部屋の前で止まる。その部屋のドアを開け、グレシアムにも入るように手招きするものの中の様子は外からでも以外と見えるので入ることはしないでいた。両端にはベッドが置かれ、また同時に勉強机も存在していた。カーテンも白いレースで装飾されたものであり、そんなところからも彼女の癖というか、好きな物が見え隠れしていた。


「ここが私とミハナの部屋、まあ装飾はミハナ好みでやってもらったけど、結構可愛くできたんじゃないかな。」


「うん、可愛いと思うよ。」


 正直なところフリフリが多くある環境に育ってきていない私からするとすこし不安にも感じる部分があった。こんなにも部屋を着飾っても問題ないのだろうかという点も不安の一端でもある。


「グレシアムちゃんも同じ部屋が与えられると思うから、まあ相方と要相談かな。炊事場とリビングは一階にあるって、料理番も交代制だから美味しいもの作ってね。」


「それは問題ないよ、これでも料理はそれなりに好きだったし。」


「ならよかった、中々料理をしない子も多いからできる人がいると助かるのよね。」


「寮はこんなものかな、あとは――。」


 まだあるということにどうしても疲れが出てしまいそうであり、何とか我慢して彼女の説明を食らいついてでも理解しようと努める。そうして学校一周が今に始まるのであった。

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