第3話 襲撃

 二十日の深夜の一時頃、暗闇の森林地帯の中に数百人ほどの人間がいた。それぞれは連邦軍の青制服に赤帽子という服装に身を包んでいる様子であり、その中には指揮官らしき准将と幕僚たちがカンテラの小さな光によって照らされた地図を指差ししながら相談し合っていた。そんな会議の最中、馬に跨った兵士が遠くから駆けてくる姿が見える。兵士の服装はやはり連邦軍の服装ではあったが、青い目をしていた。青い目をした兵士は馬から降り、近場の兵士に馬の手綱を渡し一人の幕僚の前で敬礼をし言葉を発す。

「少佐殿、先遣隊より報告です。目的の街に到着し敵現有戦力について、一個大隊ほどとのです。ただ街に駐留中の部隊のみであり、近隣の駐屯地と合わせれば2個連隊まで膨れ上がるそうです。あと目標の場所については目下捜索中とのことで発見には至っていません。」

 少佐と呼ばれた幕僚はそうか、ありがとうとのみ言葉を発し次の思案に移る。考えるべきは奪取すべき目標の場所である。守護しやすいように街のどこかに配置するのか、それとも郊外のどこかにおいて時間を稼ぐのか、現状の情報からでは二分の一の確率であり、失敗の確率の方が高かった。だがこの結果をどう大佐に伝えるか非常に困っていた。その自信家っぷりに、浅慮着まわれりな直感型、こねくりまわした遠回りな言葉を毛嫌いする質には個人的には尊敬すらあるが幕僚として就きたくはない分類であった。

「ゼーリッヒ准将殿、現在の状況では目標の場所がわかりません。虱潰しに捜索したとして見つかるわけでもないので、もう一日捜索の時間を増やすべきかと。」

「それはならん、連邦の追手がこちらに向かってきている頃合いだろう。あまり時間を浪費するわけにもいかんから、作戦通り攻撃自体は明日の夕暮れ時十八時を狙う。一つ策を打つ、まず第一騎兵連隊は市街の確保を行うことは計画通りとし、第二騎兵連隊は昼頃北側で騒ぎを起こせ、大々的に略奪でもすれば奴らはそちらに目を向けざる負えないだろう。少佐率いる第三騎兵連隊は町の郊外で逃げる者をひっ捕らえてくれ、多分真っ先に逃げだすだろうからな。」

「しかしそれでは市内の掃討だけで手一杯なのでは、まさか市街で戦闘を起こすことによって炙り出すおつもりですか!」

 ゼーリッヒ准将はその蓄えに蓄えた黒い上髭が付いた口をニマリと不敵に笑う。その顔はある意味天才的な考えだといわんばかりであった。その案には不安点が残る、対象を射殺してしまう恐れであった。戦闘中対象の識別ができるとも思えないその計画には賛同は難しかった。

「私は反対します、もし対象たちを射殺してしまった際どのように責任を取られるつもりで。

「ワシが取ってやる。ワシの決断で失敗したならばそれも定めよ。」

 余りの刹那的思考に頭を抱えてしまう。それでもこの准将は間違いく責任を取るだろう。過去にも失敗したことも多くある将軍だが、それでもこうやって指揮できる精神的な図太さが魅力でもあった。

「私は反対しましたからね、皆さんは反対はなされないようですが。」

 周りの幕僚に視線を向ける。彼らは昔からの准将の幕僚たちであり、ある種妄信的な信者ともいえる存在であった。彼に昔からついて来て、助けてたり助けられたりお互いに厚い信頼を得ている幕僚たちだ。やはり彼の否定的な言葉を意に介してもいない様子で、ゼーリッヒ准将の計画について計算を始めている。彼とこの幕僚の関係性はある意味指揮官が最も欲するものの一つであろう。仕方がなく彼自身も他の幕僚と共に計画立案を手伝うこととなった。

 時刻は朝六時頃、他幕僚たちの手厚い協力があり作戦は緻密な計画に則って発動されるものとなった。二十日の十四時には第二騎兵連隊はマークスベルク北方の街道に姿を現しそのまま北上し敵の視界を釘付けにする。その間に第三騎兵連隊は街の主要な街道を封鎖することとなり、封鎖が終了次第歴戦の第一騎兵連隊が市街へ攻撃を仕掛け、目標物の炙り出しを行いもしも確保できればそのまま赤の信号弾を上げ撤退、また第三騎兵連隊が確保の際も赤色、失敗の際は緑の信号弾であった。准将の提案をここまで形にすることができたらならばあとは実行に移すのみであったが、不安は常に付きまとっている。この作戦は目標物の確保とあるが、その目標がどのようなものか全く知らされていない点である。全く知らない人物を確保してこいという余りの荒唐無稽な話である。そんな作戦が立案され開始されたという軍部の思惑も気になるところだ。配置に就く為に馬を走らせ、隷下の第三騎兵連隊と共に獣道を行軍していた。

「おい、大尉この先がガイデンヌ街道なのだな。全く道すら見えんが。」

「現地民から聞いた話ではそうらしいですが、見てください道が見えますよ!」

 大尉と呼ばれた兵士はずんぐりむっくりとした身体をしており、本当に騎兵に乗れていること自体が不思議なものであった。いうなれば豚が馬に跨っているというべきだろう。そんな彼は上ずる声をし、白い手袋を付けた手で指を指す。確かに木々の隙間から茶色の畦道のようなものに見える。木々の中を進み街道へと身を乗り出すと、眼中に眩しい光が筒込みむ。余りの眩しさに右腕を眼前に移動させ太陽光を遮った。太陽が昇る下には小さいながらも力強く拡張を続ける街マークスベルクが視認できた。これから戦闘が起きる街、無辜の人々が無為に殺される悲劇の街を丘上から眺めることしかできなかった。彼自身にできることはただ指示を守ることぐらいである。そして大尉は上ずった声のまま、感嘆をもって言葉を発する。

「綺麗ですな、これから良い街になるだろうから楽しみだ。」

「そうだな、ただ後のことを考えると憂鬱だよ。」

「そんなもんですよ。指揮官が暗い顔をされると他の兵士にも伝播しますんでここだけにしてください、今だけなら俺しか見ていませんので。」

 大尉に顔を見る。丁寧に髭を剃った後は若干青色に染まっており、まだ二六歳と同年代にしては皺が濃く出た顔つきで一般的に言えば老け顔であった。彼も同様に感じたのか、大きくため息をつきながらも共感してくれたのだ。自分の傷を舐めるようで好きにはなれなかったものの、そうでもしなければこの苛立ちは解消できそうになかった。


 二人はあの後しばらく顔を合わさなかった二人、彼女は訓練を彼はそれを見守っていた。銃声が山の中を木霊し、焼き固められた器が割れる音が響く。

「そういえばさ、グレシアムはなんで銃なんて使うんだい。別に剣一つでもいけるだろ?」

 確かにその考えに至る理由はわかる。ただ遺物や魔術で身を固められるならばの話であった。

「だって私、魔術の一つも、できないからね。」

「あっ、そうかごめん。」

「いいの、それが現実だし、あるもので何とかしなくちゃ。」

 槊杖棒で弾頭を銃身奥深くに詰め込み、槊杖棒を収納場所に戻す。この一連の動作はもう何年も行っており、銃身を見ずとも身体が勝手に動くまでになっていた。銃床を肩に付け、照門を除き込み照星の位置を器の真ん中に合わせる。そして引き金を引き、銃声と共に弾丸と煙が飛びだし器を粉々にするのだ。

「グレシアムは強いな、僕ならもう諦めちゃってやめてるかも。」

「ありがと、アンリがこうやって手伝ってくれるからってのもあるからさ。毎日こうやって見ていかない?」

 彼女からの突然の提案にアンリは驚き、どうしようかなと困った風にしていた。彼からしてみれば好意を抱いた相手からのお誘いにも等しい、それを断るのは勿体ないし失礼だと考える反面、今の生活をできるか不安でもあった。こうして彼女に出逢った時もこんなこと言ったけ、そうだ彼女は最初に言ったことを今だ覚えているのだと気づいたときには。

「グレシアムがよければ!」

 彼女は弾けんばかりに笑顔となり、その笑顔に彼の心は射抜かれる。神々しいまでに彼女に後光が見える。実際には後光などないものの、白き太陽が彼女の適度に焼けた肌、傷一つない美しい肌を照らし出している。その美しい在りように彼は目を離すことはかなわなかった。はっと思い出したのか素っ頓狂な声を上げ、流石の唐突ぶりにグレシアムも驚いていた。

「いっけね、今日は師匠から頼まれた仕事あるからあんま長居できないんだった。じゃあまた明日なグレシアム!」

 急いで来た道を戻り、走って街へと向かっていく。その様子をみてまたねと大きく声をあげ手を振る。こんな日が続けばいいのにとふと思う。もしかしたら彼は今の私を変えてくれる人なのだろうかとも思ってしまった。

「へぇ、あんたも女してるじゃん。」

 突如後ろからマリアの意地悪な声がして、うわっと飛びのいてしまう。見られたことに対して心臓の呼吸が激しく、恋焦がれるかのようなに耳たぶまで真っ赤に染め上げる。

「な、なんでいるのよ!」

「なんでって、ちょっと用があってグラちゃんに言っておきたいことあったんだけどぉ。いやー眼福眼福。」

「うっさい!アイツとはそんな関係じゃないし。」

「そんな関係にしか見えなかったけどぉ?」

「誰が恋焦がれる乙女だこの野郎!」

 マリアに一発腹パンを食らわなければこの腹の怒りが収まらない、一発軽く殴ろうと右腕を動かし殴りつける。しかしマリアはひょいっと躱して見せた。

「誰も、恋焦がれるなんて言ってませんけどぉ?」

 ついぞ心の火山からマグマが溢れでてくる感覚が、勢いよく高熱を帯びたものが体中に飛び散るように感じる。失敗した、マリアにバレてしまったのだという現実が身体の各所を真っ赤に染め上げていく。

「言うなよ、絶対い う な よ !」

「はいはい、そんな悪趣味なことは、まあしないかな?」

 そんな不安しか感じない返事に対して若干の不信感を募らせるものの、信じるしか道はなかった。

「絶対ね!それで何を言うつもりだったの。」

 ああそういえばと言わんばかりの表情を見せる。

「忘れてないよね。」

「うん、大丈夫。今日はちょっと街の大学で検査があるらしいの、こっちではできない検査らしくて私だけ行くことになってるから、今晩は妹たちをよろしくね。」

「はいはい、いつもんようにやってるから大丈夫だって、街でいい男でも探しに行ったら?」

「もうひどいなぁ、私にはもう心に決めた相手がいるので。」

 えっ、そんなことは初耳であり、凄く気になった。

「み ん な よ。じゃねえ~。」

とマークスベルクへと向かって歩いて行く、呆然としていた彼女はまるで狐に化かされた面持ちであった。

あのあと校舎に戻り、訓練の際使ったライフルに弾薬などは掃除用具入れに入れ直し時刻は昼の十一時頃であり、いったいどうするか困った。今日は座学の予定はなく、時間だけは有り余っている。少し早いけれども市街に行って今日の食材を買うことに決め、制服のまま竹で編まれた籠と小さな財布を持ち向かうこととなった。学校の姉妹たちにはあんまり遊び過ぎないように釘を刺し、先生にも一言伝えて校舎を出る。天気は快晴でのままであり、雲一つない晴れには心まで清々しい気持ちになる。昨日の市街へ遊びに行った際買ったミドルブーツの初のお披露目でもあり、いつものサンダルと比べると歩きやすさは雲泥の差である。姉も妹たちもみんなそれぞれ可愛いサンダルや小ぎれいな靴を選んでいるなか、彼女は運動しやすいようにミドルブーツを購入したのだ。もしもの時を考えて……。履き心地抜群のミドルブーツを堪能しながら畦道にも等しい踏み固められた道を進んでいく、サンダルではドロドロになるようなことも、足場が不安定な場所でもこのブーツならば安心して歩くことができる。そんなことを思いながら静かな畦道を歩いていった。出発して十分くらいの間は周りに木々が生え揃い、自然の濃い新緑の匂いが場を支配していたものの住宅地が並び始めるころには希薄なものとなり、巻き上げられる塵混じりの空気へと変貌している。この空気感を肌身確かに感じるごとにマークスベルクに到着したのだと感じるのだ。道も未開拓地といっても差し支えない畦道から、圧倒的な年数と交通量によって踏み固められた道へと変わってもいる。ここはマークスベルク、大学のある街であり、首都への交通の要衝の一つ。リレー方式の伝令所の一部から発展してきたこの街には連邦の血液ともいえる交通多さが特徴である。それはこの都市が自然発生的に形成されてから数百年から変わることないの現実がそこにはあった。産業は宿屋や馬の管理など、交通の便が改善されるたびにどこかの店が潰れ、改善されまた潰れていく。限界を迎えたこの街に大学を誘致した市長がいた、それからは潤沢な資金でこうして街は維持されているわけである。そんな街が私は好きである。確かに首都と比べれば間違いなく不便で、店だって少ない。それでもこの街には貧しいながらも誰かを助けてあって生きている。誰でも、そこで道を歩いている夫人から紳士までこの地域で生きる上で誰かに支えてもらっているはずである。そんな心優しい街が好きである。街を歩けばアンリが弟子になっている店から昨日ミドルブーツを買った店、八百屋や精肉店、様々なものが主要道路には並んでいる。今日の晩に必要な具材を買いそろえるためであり、まずはケイネスさんの精肉店で豚肉を200gほど、八百屋にてキャベツを丸々一つ買いそのほか必要なものを買いそろえていく。そういえば今日使った分の弾薬もついでに買っていく、今日使った分の金額は総額にして百四十マルス、平均的な肉体労働の日給が百八十マルス。所謂使い過ぎであった。流石にちょっと使い過ぎかもと考えてしまう自分がいるものの、まあいいかと思ってしまう。それもそうである、これらの費用を払っているのは私たちではなく学校なのであり、なぜかこの学校では食事代などは事前に支給された分でやりくりするように決められている。最初のうちは学校なのにえらく太っ腹だと考えるものの、市政は大学によって潤っていることもあるし何も不思議ではなかった。買うものを買い、重い荷物を来た道を戻り丘へと登っていく。これが彼女の日課の一部であり、彼女がミドルブーツを選ぶ必要性でもあった。

 家に帰ればすぐに調理の時間である。時刻は十四時、今の間に晩の下準備に入る。今日は豚とキャベツやジャガイモを使ったクリームチャウダーを作ることとなった。準備をするなら授業の終わったテレシアとメアリが今日は何をするのと聞いてくる。クリームチャウダーというとテレシアとメアリは喜び、調理を手伝うとしつこくせがんでくる。仕方ない、と手伝ってもらい時間は進む。時計の針も十七時、マリアのいない食卓を囲みガーネット先生とテレシアとメアリ、グレシアムの四人で食べることとなった。マリアのいない食卓は珍しもなく、テレシアとメアリは何の心配もなくバクバクとパンやチャウダーを口いっぱいに詰め込み、食べている。その点先生はゆっくりとした手付きでありながら、丁寧に汁をテーブルに零すことなく食べるさまには貫禄と品の良さがにじみ出ていた。

そんな晩の食事も終わればすぐ寝る準備である。テレシアとメアリは一緒にトイレへと向かい、先生は自室へと、グレシアムは食器を炊事場へと運んでいた。そのときドンと遠くから爆音が響く、そのあまりに大きな音が一体全体何の音なのか全く理解できなかった。洗い物のを炊事場に置き、外に出てみると街が赤く燃えているではないか。ごうごうと火の手が街を焼いているのが遠目から認識できる。耳を澄ませば、小さいながらも聞き慣れた音が響く。そうだ銃声だった。その異変に対して彼女の対応は早かった。掃除用具入れからライフルと弾薬と雷管をポケット一杯に詰め込み、父の遺品の刀を腰に装備し、急なことに驚いているテレシアとメアリをいつもの遊び場に身を隠すように説明する。幸いなことに彼女たちはグレシアムの言葉に従い、近場のツリーハウスへと登り身を隠す。ガーネット先生も杖を持ち緊急時に備えての準備をしていた。

 家の中、窓を開けて監視を続けた。先生の準備には少し時間が掛かる。それまでの間何事も起こらないようにとただ祈るばかりであった。ふと気づく、そうだマリアのことだ。彼女は市街に出ているではないか、今の今まで気付かなかった自分自身に苛立ちが募る。

「先生、マリアが、そろそろ帰ってくるはずなので少し見に行きます!」

先生は待てと声を上げるものの、その声は彼女には全く聞こえておらずそのまま街の方向へと走っていく。マリアのこと一心の彼女には先生の制止には意味がなかったのだ。


 市街は地獄のようであった。先ほどまで歩いていた人間たち、連邦の警察、警備兵たちが地面に倒れており、弾丸によって貫かれた場所から鮮血が溢れ出ていた。市街に存在する駐屯地には苛烈な攻撃が加えられている。市街の外丘上からからの七六㎜テルーミット砲による直接照準と効力射が行われ、駐屯地には鉄の雨が降り注ぎ、レンガ造りに兵舎には時限信管の砲弾がめり込み爆発し、破壊の限りを尽くしていた。市街地戦も激戦となっており、連邦の服装を身にまとった第一騎兵連隊が警察と駐屯地の兵士を圧倒している。後装式のライフルによって生み出される隙間なき射撃戦に圧倒され、銃口から装填する連邦軍のライフルには全くと言っていいほどに歯が立たない状態だ。残存兵を集めて戦列を形成したとして、並んでいる間に並ぶはずの兵士たちがバタバタを倒れていく状況であり、次第に建物内から射撃を浴びせ少しでも時間を稼ぐ戦法へと変わっていく。駐屯地制圧に向かって部隊は戦闘を続け、大学に侵入した騎兵隊員は目当ての物を探しに突入をする。大学内に突入したところで、激しい抵抗に遭う。連邦の警備兵たちが突入までにバリケードを各所に設け必死の抵抗をつづけている。相手の射撃の隙を見ては射撃し返し、門を何とか確保し、一部の勇気ある騎兵隊員たちによる大学の出入口奪取のための肉薄攻撃が行われる。突入した隊員たちは入口まで植林された木々を使いながら接近し、入口にとりつけば腰に付けた拳銃を乱射し突入する。連邦側も突入してきた兵士を魔術によって消し炭にする。もはや乱戦模様となっていた。その様子を見ているゼーリッヒ准将は憔悴し、足をしきりに揺らしている。たった一個大隊に精鋭の騎兵隊員たちが手間取ること自体があり得ないと踏み切っていたことによる計算違いからであった。

「まだか、まだ大学を攻略できんのか。このままだと追手がすぐ来てしまうぞ。」

「大学には隠された戦力がいるとは、それほどまでに重要視しているということでしょう。攻略急がせます。」

 幕僚の一人は急がせるために前線へと馬で走っていく。下手に野砲で狙えないことも相まって難攻不落の要塞のようであった。予備の第三騎兵連隊が目標物を確保できているといいのだがとただ祈るばかりであった。


 グレシアムは昼間来た道を急いで駆けていく、その速度は昼間とはかけ離れたスピードであった。彼女自身も自分はこれだけ早く走ることができるのだと初めて実感している。そして目の前には二人ほど人間が見える。連邦の服装をしており、近くの木に馬の手綱を括り付けていた。おそらく連邦の騎兵隊なのだろうか。恐る恐る声を掛ける。

「あの、すみません。」

 右側の男性に声を掛ける。しかしかえって来る言葉はあ、え、と言った言葉しかなかった。ふと思えば変である。なぜ彼らはここにいるのだろうか、戦闘が起こっている市街には行かずにここで見張りの様な事をしている。そして連邦語すら通じない、明らかに黒であった。銃を握る手を強め、すぐさま二m先の左の兵士へと照準で狙い素早く撃つ。ライフルから白煙が溢れ、左側にいた兵士は何が起こったのが把握する前に崩れ落ちる。右側、距離は一mもない兵士は非常事態と気づくや否や全体重をかけ突撃を仕掛ける。腰の拳銃かサーベルを抜くと考えたグレシアムは虚を突かれ、背中から地面へと転ばされる。銃で突撃自体防いだものの、倒れた際の衝撃の防ぎようはなかった。自身と彼の全体重の負荷を体中に伝わった彼女には全身に激痛が走る。兵士はグレシアムの首をつかみ力を両手に込める。空気が薄くなっていく、考えがまとまらない。そんな中でもできることは理解できる。彼を殺すのだ。父みたいに死にたくなければ確実に彼を殺すしかないだと。そう思いついてからは行動が早かった。彼の腰にぶら下がっている拳銃を取り出し腹部めがけて引き金を引く、銃声と共に彼の激痛に歪む顔つきで、首を絞める力が弱まるのを感じる。やっと呼吸できるようになれば短く何度も息を吸い込む。倒れこんできた兵士を何とか横にやり、立ち上がる。せっかくの白い制服は土と血によって汚れ、それは彼女自身を表しているようでもあった。純白の彼女は黒く、濁った色となってしまったのだと。

 銃声を聞きつけ別の警戒に当たっていた兵士たちが駆けつけてくるのが夜ながら遠目で見える。腰のベルトを緩め、その隙間に拳銃を突っ込む。そして首をつかんできた男の下からライフルを引き抜き、近くの木に隠れながら銃弾の装填をする。彼の持っていた後装式ライフルを奪えればよかったのだけれども、私の持っている弾とは規格も装填方法も違うために断念するしかない。槊杖棒をつかみ、奥まで球体弾を詰め込むとき、目の前の暗い森の中からぬっとに男が見えた。それはずんぐりむっくりとした豚のようであった。その後ろには各所に紐がくくられた豪奢な将校服を着た兵士に、護衛の兵士数人が見える。グレシアムは獣の様な感覚によって知覚認識しすぐに銃口を向け、遅れて護衛の兵士たちも彼女へと銃口を向けた。獣のように研ぎ澄まされた感覚はヒリヒリと全身を焼くようであり、脳内は切り抜けるための案を必死思案し続けている。このライフルには使用済みの雷管が詰まっている状態であり、射撃できるわけではない。ハッタリとして撃てるように見せているだけである。

 この窮地を脱するために、この一手を――。

「君、撃鉄が上がっていないようだが。」

 一団の将校がベルニ王国語を喋りながら、拳銃を取り出してこちらに向けている。やられた、彼は間違いなく熟達した銃の使い手であり、冷静沈着な人間である。そして連邦の軍服を奪った盗賊集団では全くなったことはこの時点で明白である。王国語を使い連邦軍の服装、大学街を襲撃する。何かの実験を阻止し来たのだろうか、まさかマリアの件なのか。そんなことを考えているうちに一歩一歩確実に迫ってきている。できることは――。銃を将校に対し投げつけ、腰の拳銃に手を。

 タァン、と一撃。将校の持つリボルバーから火花と白煙が飛び出し、彼女の腿に対して向けられている。彼女の腿のど真ん中には大きな穴が開き、激痛が脳髄に危機的な状況の警鐘を鳴らし続けていた。

「おっと動かないで、できるだけ傷つけたくはないから。」

「お前たちは、まさか王国軍なの。」

 激しい痛みによる意識の朦朧に耐えながら王国語で疑問を彼に投げかける。将校は顔色一つ変えずにいたものの、どう答えるか少しの間考えていた。グレシアムの腿からは鮮血が流れ、その長さがある種砂時計的なものとなっている。血だまりができて数分後、答えが返ってくる。その顔には深い深い悲しみと諦観が介在していた。

「そうだ、そして君はここで死ぬ。さようなら、聡明でうら若き少女よ。恨むなら存分に恨め。」

 彼は引き金を力いっぱい引く姿が見える。ああそうか、ここで、私は死ぬんだ。そう思うとなんだか安らかな気持ちへと変化していく、父の遺言も、姉妹たちも、何にも心配しなくて済むのだからだろうか。そういえば何にも守れない人生だったな、小さな時にはお母さんと入れ替わりに生きて、夜盗に襲われたお父さんを喪って、孤児になったところを先生に救ってもらって、色々助けてもらったマリアにも何にも返せていなかった。そんな後悔ともあと数秒の付き合いであろう。彼女にとって銃弾はこの苦しい人生から救ってくれるメシアの様に感じ、解脱に相当するものだと考えている。何事も心配しなくていいはずなのに、心配事は未練がましくも溢れ出てくる。そんな現実に私は弱いなと感じた。心の内、一心に願う、父が思ったことはこんな弱気なことではない。そうだ、父の遺言を思い出せ、守るためには信念と絶対の強さが必要だ、お前にはできる。そういった父の姿はあの姿で斃れていた。それでも、私には、生きなきゃいけないことがいっぱいあった。姉さんも、妹たちも、先生も、そしてアンリも。

必死に願う。私に眠る力よ、今一度助けて!

 そうか、それがお前の願いなのだな。――との誓い、今ここに果たさん。

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