2
あれからどのくらい寝ていたのだろうか。カーテンが閉められている。2人はまだ俺を書いていた。
よくたかがリンゴ1つ描くだけなのによくあんな夢中になれるものだ。
俺なら3秒で投げ出す。丸書いてチョンで終わらす。
しかし女子ってのはどうしてこう特に中身のない話を延々と続けられるのだろうか。誰々と誰々が別れたらしい、何とか先生結婚するらしい、隣のクラスの誰かのウワサ、まるで生産性のない“どうでもいい”話ばかりだ。
人間だった頃の俺なら騒々しい。と吐き捨て立ち去っていたと思う。リンゴになった今、聞き続けるうちにわかってきた。
何を話すかなんてどうでもいい。ただ、同じ空間で同じ“どうでもいい”を共有することが大切なのだと。
そのことに人間の頃に気づけていたら彼女らのような友達が出来ただろうか。
……そう遠くないうちに彼女らのお腹の中に収まる俺には考えても意味の無いことだ。
「よし、今日はこの位にしとこうか」
「そうだね、暗くなっちゃったし。にしても結構よく描けた気がする!」
「そうだね。練習すればもっともっと良くなると思う!」
「私才能あるんじゃない!?これSNSにあげたらバズってりのよりフォロワー増えちゃったり!」
「……え?」
「それでそれで、出版社から声かかっちゃったり!なーんて……」
猫背が言い終わる前に無敵ちゃんがスっと立ち上がった。さっきまであんなに楽しげだった空気が冷たく重く張り詰めた。息をしてない俺まで息苦しい。
地雷だ。しっかりと踏み抜いたなこれは。声を荒あげるでも殴るでもない、こういうキレ方が俺は1番苦手だ。
猫背、早く謝れ。
「な、なに!?」
「……帰る」
「あ、うん。駅まで送るよ」
「いい。……芙夏」
「な、なに」
「私は芙夏の何倍も努力してるの」
「?うん」
「わからない?ウザイの。そうやって見下して、簡単に踏みにじるのが!絵のことだけじゃない!待ち合わせだっていつもいつも遅刻してくるよね?」
「そ、それは」
「芙夏、私からいくら借りてるか覚えてる?」
「えっと……1000円くらい?」
「1750円。ほら。覚えてない。芙夏のそういうルーズなところもずっと気になってた」
「じゃあ言ってくれればいいじゃん!」
「言ったよ!!言ってもヘラヘラ笑って聞き流してたじゃん!」
「え?覚えてないし……ていうか急に何?なんでそんなキレてんの?」
「……もういい。」
吐き捨てるように言って部屋を出ていった。
猫背やっちまったなあ。バズるどうこうはただのきっかけで、普段から鬱憤が溜まっていたのだろう。
にしても無敵ちゃんは溜め込むタイプか。付き合うとめんどくさそうだ。真面目で軽く愚痴るとか苦手なんだろうな。
それはそれとして金はすぐ返せ。待ち合わせは時間通りに来い。これは猫背が悪いぞ。
猫背を見ると――こっちは泣いていた。
「別に……いいじゃん……そんくらい……なんで……あんなキレてんの……」
これは長引きそうな喧嘩だ。怒りの根が深い上に何が悪いのかまるで理解出来ていない。お互いに歩み寄り譲り合うのが仲直りの定石だが、最初のごめんなさいが言えるかどうかが重要な問題だ。
この場合はどう考えても猫背から謝るべきだがあの感じだと謝るかどうか微妙なところだ。無敵ちゃんから謝っても仲直りはできると思うが、この先も猫背のルーズなところを我慢しながら付き合いを続けることになってしまうのではないか。
やはり猫背から謝って欲しいが自分が悪いと気付けるだろうか。そうするよう諭してくれる人はいるだろうか。こいつ無敵ちゃん以外に友達いるのだろうか。どっちみちこれは彼女自身が乗り越えなければならないことだ。
俺から言えばいいじゃないかって?奥さん、冗談はおよし。リンゴに口は無い。
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