呪いの人形師 ②

 それはそれはひどい有様だった。

 凄惨な光景は目を思わず覆う程で、人数の差による暴力は醜く貪るようであった。


 まずシャーロット。

 彼は抵抗する術を持たないために、彼は真っ先に死んだ。痛みに耐えきれなかった。人形達は偽物の羽根をむしるように、その代わりに腕をむしり取った。身に纏っていたドレスが千切れたのは、本物の羽のようではあった。

 ただしいくらでもむしり取れた腕の奇妙は、実の所ビクターの目には映らず、そこに向ける反応というものは無かったのだ。おまけにして、シャーロットに向けていた不機嫌はどこへやらというもの。

 彼の視線と注意はそこには向いていなかった。

 

 それというのはテンテリスとマキナ。

 テンテリスは傭兵というに、まるでその力を振るおうとはしない。彼に依頼した、金羽のギルド『双頭の狼』の撃退の仕事はその実力をもってこなしたハズが、無抵抗にテンテリスは終わっていた。

 

 そしてマキナ。

 マキナも同様に無抵抗に終わった。偽物の金羽が抵抗する力を持たないことは予想していたが、異常なまでにマキナは行動のそぶりも見せなかった。

 ──が。その眼だけは終始離れることは無かった。肉片となるまで、その瞳はビクターを映していた。


 事の顛末はそんなもの。戦闘は事実としてあっけの無いものであった。

 だからビクターは疑問が少し残りはしたものの、これで不機嫌の源は潰し終えたのだ。そして終わったのならそれを気にする性格ではない。

 彼はそれよりも、と。フランの笑顔を見ようと早速とばかりに後ろを振り返った。


「──まあいい。よし、フラ……ン?」 


 振り返ると、困惑と少しの恐れの表情を浮かべたフランがそこに立っていた。

 フランの、そのワケは知らずともマキナへ向けていた感情を考えれば、今の状況はそれこそ踊りたくなるようなものだというのに、フランはじっとそこに立っているだけであった。


「どうしたんだ? フラン」

「ビ、ビクター様? 何をしていらっしゃるのですか?」


 フランのそんな言葉。

 ビクターのことを誰よりもよく理解しているはずのフランは、彼の行為に対しそう言った。

 ”どうして”や”理由”というものをいつも互いに共有していると思っていたビクターにとって、そんな問いかけがフランから出てくるとは思いもよらぬことであった。

 彼はしかし唯一の理解者であるフランだからこそ、怒るでもなく言葉を返す。


「何を……? 珍しいな、君がそんなことを尋ねるだなんて。

 見ての通りだ、この光景を僕が作ったんだ」

「いえその……ワタシ、聞き方を間違えました。

 ビクター様。どうして、

「は?」


 ──振り返る。

 そこにあるのは誰もかれもが五体満足の姿。

 隻眼の女。紫髪のマキナは、身に纏う黒服に少しの汚れも付いていないまま、平然とした様子でそこにいた。

 隣にいたシャーロット。我関せずのテンテリスも同様に、あらゆるすべては何も変わっていなかった。

 初めから、そこでは何も起こっていないかのように。


「──考えるに、お前は人の実力を量ることができない人間だな。

 それも。自分が上に立つと相応しいと認識してしまう程、致命的に」

「ど、どういうことだっ? 僕は、お前らを人形で──」

「そうか。だが、。私の眼にはただ茫然と立ち尽くす、退屈なお前の姿が映るだけだ」

「何を、言っている、ふざけるな!! この──。

 ──、く。また……な、何が起きて……」

「お前は魔眼を知っているか?」


 マキナは困惑止まぬビクターにそう声をかける。

 まるで一歩も動くことも、人形に指示を出すこともないビクターに向けて。


「な、は? 魔眼……?」

「そうだ、魔眼。私が眼帯で隠すこの左目は、生まれつき有する魔法の結晶だ」

「だから何だって──ぐ、また……貴様っ!!」


 シャーロットは、繰り返し呻くだけのビクターをずっと見ている。

 何が起こっているのかを理解できない彼は、その場に動かず、悪態をつくだけとなったビクターを見ているだけであった。

 そしてマキナは黒の眼帯に手をあて、話す。


「この魔眼はすごいものでね、世界遍くを俯瞰するんだ。今どこで、誰が、何をしているか。私が知らないことは無い。事象の何もかもは私の瞳によって観測されるのだ。

 ”須らく、遍くすべては我が瞳の中に”。天夜の魔眼──と、私は呼んでいる。

 故に──分かるか? 

「すべてを知っている、概念……。

 ということは……それは起きていないこと?」

「そう、シャーロット。退屈と違って理解力が早いね。

 ただ、しかし概念と建前だ。実際ではない。こんなものを使ったら、私は人ではいられないからね。その瞳を閉じ、こうして眼帯をつけておく必然性もあるワケだ。

 世界で起こっている事象すべてなどとという情報、処理しきれるものじゃない」

 

 マキナの魔法。

 天夜の魔眼の力──全てを知る概念をもってすれば、不都合な事実は無かったことになるのだと、彼女は言った。

 その力。圧倒的であれど、想像するに難しい力である。というのは、眼で見て理解できるものでもないのだと、シャーロットはビクターのその姿で感じたからだ。傍から見れば、。マキナが何かをしたわけでは無く、何も起こっていないという事実が目の前に広がるばかり。

 セクレントン唯一の一枚の金羽。だがその力が理由なのであれば、銅の実力と笑ってしまう人間がいるのも不思議では無い事であろう。

 その事象はすべてを知るマキナに観測されない。であれば誰も……”何が起こって何が起こった”のかを、理解できはしないのだから。


 マキナは改めて男に向き直る。

 未だ立ち尽くし、困惑の声だけ、挙げるばかりのその男ビクターに向けて、彼女は再び声をかけた。 

 

「さて、これが現実だ。大人しく死ぬといい」


 交わす言葉はもうないと彼女は言う。

 だが実力を量れぬその人は、認めることはできないらしい。

 

「──んに……」

「ん?」

「いい加減にしろっ!! そんなものがあってたまるか。 

 噓吐きめ。騙されるものか。これは幻想だ、そうだ、紅国の魔法だろう? 貴様のギルドにも二人、紅国出身の者がいるだろう!? これはそいつの仕業だ!!」

「……そうか。予想通り退屈な選択をしてくれる。

 なら、どうぞ。そう思うのならさっさとその幻想から抜け出すといい」

「ああいいだろうっ、まずはその口を黙らせてやる」


 男は動かぬ人形を乱暴にかき分け進む。そうしてズイっと、ビクターはマキナに近づいた。──彼は初めて近づけた。

 呪い返りによる肉体の劣化はあれど、男は胸を張ればそこそこの長身。瘦せ細った体つきのため巨体とまでは言い切れないものの、だがマキナを見下ろせるくらいには、辛うじて体格差というのはそこにはあった。


「ク、ハハハ。ほら、ここに、僕は立っているだろうっ!! 魔力で身を包めば、この通り簡単に突破できるじゃないか!? 

 何が”魔眼”だ、馬鹿馬鹿しい。隠している魔眼が、力を発揮するモノかっ!!」


 言いながら、男は片足でマキナの背後の木に蹴りを入れた。

 鈍い音がたち木の幹には大きな穴が開く。そのせいで木片は飛び散って、僅かに破片が散らばった。

 しかし。マキナは動じる様子を見せず、ただ黙ってじぃ、と。その瞳はビクターを映している。

 

「マキナ、さん……?」


 シャーロットは震える声でそう絞り出す。

 横目で見ると、マキナは眼帯をした左眼を手で抑えており、その冷えた口は氷のように固く閉じられていた。

 ──それは怒りか、呆れか。シャーロットには量りようのない事であったが、不機嫌だろうということは容易に想像のつく姿ではあった。


「やはり忘れていたな、私は。”期待は抱くものではない”。期待通りに事が運んでも、喜びは本質的に違いなどない。ならばむしろ、その期待が裏切られた時のことを考えるべきなのだから……」

「?? 何を──」

「お前のすべては、カレンの調べ通り。そして一切合切が私の作戦通り。

 ここに至る過程になんの素晴らしい予想外は無く、あるのは反吐が出るほどの悪辣の予想外だけ。……だから、お前は退屈だよ、本当に」


 そう言って、がっくりと肩を落としたマキナ。

 心の底からのため息は、響き渡る程に大音量。ビクターが我慢の限界を迎えるに足るだけの挑発であったらしいことを、シャーロットは後になって知った。


「っ、マキナァーー!!」

「ああなんて、退屈」

 

 それは一戦にして一閃。

 勝負というのはとどめより先に、その時点でついていた。

 

 だが。

 唖然とし、何が起きたのかを当の本人は理解できずにいる。気がつくとビクターは、バランスを崩して地面へと倒れこんでいたのだ。

 理由はわからないけれど、彼は転んでしまったので一生懸命立とうと努力した。

 

 ……でも、どうしてだろう。

 うまくいかない。

 なんだか足にちからがはいらない。

 なんかいもたとうとしたけどためしたけれど。

 ──でも、だめだった。動かなかった。

 

 どうも一人じゃ立てないようだ、と。ビクターはフランの手を借りて、そうやって立ち上がろうと視線を上げた。少し遠くにいたけれど、フランならばきっと、もうすぐそばにいるだろうと。

 すると地面に転がった『それ』が目に入った。地面の目線が自分の目線だった。


 そして思う。

 あれはたぶん、『みぎあし』だ。そうだ、そんな気がする、と。

 『みぎあし』は血が滴っていて、音もなく残りのすべては絶え間なく漏れ出している。雨が降った次の日のように、大きな大きな血だまりを作っている。

 ……そういえば。赤い水たまりは自分の足元にもあったような。

 ふと思い立ち、男は自分の『みぎあし』に視線を向けてみ──、


「、え、ああっ!! ビクター様っっ!!」

「……あ、あああああ!! ぼ、ぼくのあしっ、なく──」

 

 言いかけ、今度は首が切断された。


 いつの間に取り出したのだろうか、マキナの手には円形の刃のついた棒が握られていた。

 シャーロットにとって見覚えのないその武器は、彼が知りうる限りの似た形状で例えるならばまるでピザカッターのような形をしている。

 刃についた赤は、ならばトマトか何か。マキナはべったりと付いたそれを振り払って落とした。


「しかし退屈と私は言ったが、正直な話で言えばこうやって作戦通りに事が進んでいくのは、多少なりとも面白かった。全能感というのかな? 久しぶりに実感出来たとも。 

 ……だがそれは結局、私が一度想像したことの繰り返しという訳だ。予定調和というやつだ。だから終わった後、だんだんと空しい思いに駆られてくるのさ。”結果を知っていたなんて、そんなの興ざめにも程がある”、とね」

 

 恐怖。

 残されたフランは逃げもせず、ただその場に立ちすくむことしかできずにいる。マキナからくる圧倒的な威圧感に、彼女はむせび泣く声すら許されていないと直感し、必死にそれを押しとどめていた。


「ああ、だがそれでも。私は

 

 声は風に流れていく。

 辺りは最初からそんなものは無かったかのように、何の変哲もないただの道へと戻っている。いつの間にか森は姿形をなくし、飛び散った木片すらも残ってはいない。

 

 喧騒の過ぎた夕暮れの時。

 セクレントンを遠くに望む草原の上、シャーロット達は立っていた。

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