呪いの人形師 ③

「いーや、助かったぜ、マキナさんよ。

 これでやっと、面倒で胸糞の悪い依頼主から解放された」

「気にせずとも構わない。元より私たちの依頼だったことだ。そして、お互い無用な争いをせずに済んだのは、君が賢い選択をした結果といえる。感謝するのならばこちらの方だろうね」


 テンテリスの言葉に、自らを指さしながらマキナはそう言った。

 彼の、マキナとビクターに対する行動がマキナの琴線触れたのだろう。マキナの態度は先ほどまでの不機嫌など見る影もなく、静かな笑みさえ彼女は浮かべていた。

 対し、テンテリスはすっかり緊張の解けた調子で軽くお礼を返す。 


「そりゃよかった。だけど、アンタがわざわざこの依頼を片づけに来るってんなら、俺ぁ最初っからクズ野郎の護衛の依頼なんか請け負わなかったぜ。いくら傭兵をやってるっつっても、命は惜しい」

「ほう? そのクズ野郎の護衛は、ではどうして引き受けたのかな? 口ぶりから察するに、進んで引き受けた仕事ではないようだが」

「ま、少しな。しがらみの多い冒険者じゃなくても、俺みたいな傭兵にだって事情ってのがあるんでね。

 ……ま、初対面の人間の事を探ったって面白かねえだろうし、これ以上話すつもりも俺にはない。だが一応名誉のために言っておくが、報酬目当てではねぇからな。人を人形に変えるような奴の依頼なんざ死んでもごめんだ。それに、それを言うならあいつを中央に引き渡す方がよっぽど払いはいい」

「へぇ。まあいいさ、君の賢い選択に免じて詮索はよしておこう」

「そいつはありがたい。ならこっちもその返礼と言っちゃなんだが、ここいらの後片付けと、報告の諸々は俺がやっておいてやるよ。

 見たところアンタら相当お疲れなご様子だ。まるで、朝からずっと働きづめだったみたいじゃねぇか」

「……おや。それはどういう意味かな」

「言葉の通り。アンタの隣の子、もうクタクタっつー顔してるぜ。新人が過労でやめる前に、早く帰って休んだ方がいいって、そういう気遣いだ。気遣い。

 心配しなくてもアンタらの手柄を横取りするような真似はしねぇよ。後が怖い」


 テンテリスは両手を上げ、そんなことはしないと態度で示す。

 妙な優しさは不信感を覚えるものの、自分の力ををよく理解しているらしいテンテリスということもあって、マキナは断る理由というのが無かった。

 何せ退屈な仕事の後に待っていたのは、退屈な報告と後始末とかいう、まさしく彼女が避けたいと願うものでもあったのだから。

 見ず知らずだとしても肩代わりとは有り難い、と。マキナは喜んでその申し出を受け入れた。


「そう。ならばお言葉に甘えるとするかな。

 しかし。いや、ますます君のことを気に入ってきた。私は傭兵など気遣いのできない、おまけに金に執着した退屈な連中だとでも勘違いしていたらしい。

 謝罪しよう。偏見も少しは晴れるかもしれないよ、テンテリス」

「ははっ、そいつはどうかなぁ。偏見はあながち間違いじゃないぜ?

 まさしく芯を突いた言葉だ。俺が変わってるってだけで……。

 いや……そういう話はどーでもいいな」


 テンテリスはそう言いながら、辺りに転がる人人形を一か所へと集め始めた。

 手際良く、ひょいひょいと人を運ぶ様子からみるに、彼は細身の割に力持ちらしい。数にして50程度の人人形は、……少しばかり乱暴な扱いはなされたものの、あっという間に集いくつかの束に分かれて縄で縛られた。

 そんな時。それを見ていたマキナは、思い出したとばかりにぽんと手を叩く。

 調子というのはどうかそうあってほしいと言わんばかりに、顔は恐る恐ると言った感じが強い。彼女は前髪を横に落とし、人差し指を立てながらテンテリスへと尋ねる。

 

「一つ言い忘れていた。連絡用の結晶イシスを君は持っているか? この時代、わざわざ連絡のために往復する原始的な真似をするわけでは無いだろうが……」

「もちろん持ってるさ。それと、確か専属の……あー何つったか……? 

 ああ、そう! セリーナに報告すりゃあいいんだろ?」

「そうだ、そう。よかったよかった。連絡が出来ないとなっては、結局私達がやらざるを得なかった。そう、楽はできないと思い知らされる事に最悪の場合なりかねないからね。今日中に終わらないなんて事になっては、あのセリーナに何と言われるか……。

 ──それにしてもテンテリス。君、彼女を知っていたんだね?」

「有名だからな。金羽の専属ってんなら知り合う価値はある。

 何より俺ぁ、個人で活動する傭兵だ。冒険者と違って中央のバックアップは期待できねぇわけさ。だから人脈は、俺が重視することの一つなんだよ」

「それはまた苦労の多いことだ。君のような人間が冒険者でないとは、不思議でならないね。

 その気概と実際の行動力があるのであれば、冒険者であったほうがずっと、君の力を発揮できるのではないかな?」

「ははっ。ま、単純に俺ぁ冒険者のルールみたいな、そういう堅苦しいのは苦手ってだけなんだけどな。わざわざ苦労する理由ってのは、そう大層なもんでもねぇよ。

 じゃ、俺の力がいるってんなら、ああ……いや、そんな時はねぇだろうが。ま、必要なら雇ってくれよ。アンタのとこにはジークがいるんだろ? あいつとは馴染みでな、俺の腕前はジークが保障してくれる。安心して雇っていいぜ」


 そう言って、テンテリスはマキナに手を差し出す。

 たくさんの指輪のついたその手を。


「ん?」

「握手だ、握手。これは別に俺とアンタが対等だってんじゃなくて、縁を結んだ証明をしたいってだけさ。いいだろ?」

「へぇ、傭兵の習わしか」

「傭兵の習わしだ」

「なるほど、面白い」


 マキナはそう言ってテンテリスの握手に応じる。

 固く力強い握手は確かにそこに縁が結ばれたことを示すかのようで、シャーロットには、繋がりがそこに生まれたように感じられた。

 

「ほら、ちびっこいの。お前さんも」

「え、僕?」

 

 蚊帳の外かと思われた一連の行為。どうやら彼にもそれを求められたらしい。言われるがまま流されるまま、シャーロットはマキナと同じように、テンテリスと固い握手を交わした。それはマキナとは違って、ぎこちない様子であった。

 だが、やはりそこでも繋がりが生まれたように感じられ、なるほど傭兵の習わしとやらも悪くないなと。出会いを大切にする気持ちは、粗暴な口調のテンテリスの内面はそうでもないのかもしれないと、そう知るきっかけにもなった。

 だからシャーロットは、この握手というものを広めてやろうと、ルルに教えてあげようと、テンテリスと固く強い握手をしながらそう思った。


「じゃあ、私達はそろそろ行くとするよ。二人を待たせているからね」

「ジークと、確かルル? だったか。そうだった馬車と一緒に、向こうにいるんだったな。悪かったな、付き合ってもらって」

「待つのには慣れてる二人だ。今更どうということもないだろう。

 ──じゃあ、私達はこれで。あとは任せたよ」


 くるりとマキナとシャーロットは振り返り、テンテリスはその背中を見送った。

 だが少し歩いて、マキナは思い出したように、ああ、と。手を振るテンテリスへと向き直り、彼へと話し出す。


「……ああ、そうだ。彼女だけは」

「なんだ?」

。君の仲間にそう伝えておいてくれ」

「──ははっ! そうかそうか、分かったよ。

 なんだ全部お見通しだったってわけか。恐れ入ったぜ、さすがはセクレントン唯一の金羽一枚だ」

「どうも。じゃあ、本当に私はこれで」

「お、お世話になりました? あ、いえ、とにかく……ありがとうございました!!」

「ああ、ジークによろしくな」


 そうして、マキナとシャーロットはその場を後にした。

 待ちわびていたらしいルルとジークは、二人が戻るなりすぐさま馬車へと乗り込んで、一行はさっさと走り去っていた。『舞台裏』の面々は、セクレントンに向けて帰っていたのだ。

 だからもうここに残っていたのは、テンテリスとマスターのいなくなった『森の幽鬼』のメンバー。そして、フランだけ。

 夕暮れ時の薄明るい草原の上。テンテリスはもう誰もここには残ってないことを確認すると、おもむろに寝転んだ少女へと眼を向けた。

 

「──もう起きてもいいぞ」


 縄が切られる。彼女だけを縛っていた縄はぱさりと落ち、倒れていたフランは静かに動き出す。

 体についた土の汚れを落としながら、彼女はゆっくりと立ち上がり、目の前のテンテリスへと向き直った。だが花のような笑顔はマキナとの一件のためか、彼女は少し俯いて、陰りのある表情へと変わっている。

 

「……、行きましたか?」

「ああ、背中はもう見えねぇよ。『舞台裏』はセクレントンに向けて、一直線に帰ってったさ。

 ……ったく、だから早いとこ見切りをつけとけって言ったんだ。あの全部思い通りになると勘違いしてやがった頭と、クソみたいな性格じゃあ、ビクターはどうあっても最期までマキナの実力を認めないに決まってるだろ。自分の間違いを認められねぇ奴だったんだからよ。

 それとも。泥舟に乗る趣味でもあったか、アルテ?」

「──。ですね。正論です、先輩」


 アルテと呼ばれた彼女は紛れもなくフランの顔で、フランが来ていた服装と何ら変わりはない。しかし纏う雰囲気は確実に様変わりし、狂気的な性格は今の彼女には存在するものでは無かった。

 アルテはテンテリスからの言葉を素直に受け取り、自らの不甲斐なさに肩をがっくりと落とした。そして、震えて役に立たなかったその両膝を、気合が足りないとばかりに軽くたたいた。

 それを見て、テンテリスは慌てて言葉を付け足す。

 

「まてまてっ、しおれんなよ! いいか? 俺たちの依頼自体は──あー、まあ多分成功してる。多分な。そして、もし仮にもし失敗だとしても、ふざけた真似しやがった上司に、異議を申立てる権利くらいはある。おまけに報酬を割り増しさせる権利もな」

「まさか。依頼についての悩みじゃありませんよ、先輩。だって、あの人のいい加減さは私も知るところですから。細かな説明もせず、依頼を投げて現場に任せりとか、ちょっとふざけてるんじゃないかと思います。いやふざけてる、ふざけんな。

 だからどんな結果なっても、成功不成功どっちに転んでも、それは受け入れてもらいます。

 私が言ってるのは、もっと個人的な……私にとって妥協の利かない範囲のことです。私は──先輩の足を引っ張りました」


 足手まといになってしまったと、アルテはその事を恥じた。

 

「……そうかい。つまり今回の依頼における自分は、自己評価最悪っつーわけだ。

 でも、失敗を気にしても仕方ないだろ。新人のクセにミス一つなく仕事をこなしてく、なんて姿を見せられたら、俺ぁむしろそっちの方が怖ぇよ。順調の次は不調の番、だからいつでけぇ失敗をやらかしちまうのか心配しちまうからな。失敗しない奴は、失敗から学べねぇ不幸な奴さ。

 その点、アルテは程よくやってる。バランスがいいって話な。失敗と成功を繰り返してる、……まあ若干失敗が最近になって上回ってはいるが、次は成功するだろ?

 今回だって、うっかり王都に入っちまったことと、心を読む相手を間違えちまったことを除けば、なんてことたぁねよ」

「ううっー王都!! そうですその事もですぅ!! はい。だからもう、いっそのこと出来れば斬首してほしいです。恥ずかしくてもう……クビ切って、首切って先輩!」

「仕事と生涯を終わらせてくれってか? 話聞いてんのかどっちもやんねーよ!! つかアルテ。まだフランの影響を受けてんじゃねーだろうな!?」

「長く入り込みすぎたからわかんないっーー、ビクターあたまおかしいーー」

 

 。それを数週間──正確には3週間の間演じ続けたアルテは、フランが多少自らの内に残ってしまったらしく、中々離れないんだとか。

 一つのことに執着してしまい、悩んでしまう。元々自分に厳しい性格のアルテだが、その強烈な執着心も相まってか、なんだかおかしな調子が彼女に染みついていた。

 だがテンテリスはあくまで冷静に、なだめる様にアルテに声かける。


「……はあ。いいかアルテ。俺や他人からの甘い評価が嫌だっつっても、だとしても8割の責任はお前にはないだろ。王都での事にしても、あの時アルテはフランだった。腰を抜かしたしくじりも、マキナが言っていた通り安易にあいつの心を読もうとしちまった結果だ。思わず両膝を震わしちまうくらいの手痛いカウンターでも貰ったんだろ?  

 ──でも、そんなの責任の2割ぐらいしか占めちゃいねぇさ。それに依頼は問題なくこうして終わったんだよ。いいじゃねぇか。だから自分を責めすぎるな、後輩。『森の幽鬼』に潜り込めたのはお前の力なんだぜ?」

「……です、かね? ……先輩がそう言うんなら。そうだと嬉しいです」


 テンテリスのフォローでようやく収まりがついたのか、アルテは落ち着きを取り戻した。涼やかな笑顔も一緒で、いつもの調子はようやく戻り始めたらしいと、テンテリスは胸をなでおろす。

 事実として”心を読む”アルテの力が今回の依頼、成功を導いたのだから、しょぼくれるより胸を張ってほしいというのが、彼の思うところであったのだ。

 しかしそんな達成感に浸り堪能する時間というのは短く、よく言えばさっぱりした気持ちの切り替えだが、それというのは傭兵が故の悲しい性質なのだろうか。

 テンテリスは約束を思いだしたのだった。

 

「じゃ──あー、そうだった。忘れねぇうちにさっさと報告するか」

「ですね……もういい時間ですけど。

 あ。待ってください。それなら私が報告しますよ、先輩」

「いや、フールへの報告は直接行く。連絡結晶イシスじゃ、アイツは確実にのらりくらり躱しやがるのが目に見えてるからな。無駄な時間になる

 コイツは別件。俺が連絡するのはセリーナだ。マキナ達の代わりに、俺が依頼の達成を報告するんだよ」

「ああ、さっき約束ですか。分かりました」

「そうだ。少し待っててくれ」


 テンテリスはそう言うと指を軽く振った。

 すると、どこからか手ほどの大きさの連絡用結晶が、彼の手へと飛んできた。

 先を見通せる薄水色の透明。持ちやすいよう様々な素材で加工された結晶は、テンテリスが流し込んだ魔力に反応すると、四角であったその形は膨張。たちまち浮遊する球体へと変化した。

 その中。薄水色はじわじわと、人の顔を映し出す。


「久しぶりだな、セリーナ」

「はい。お久しぶりです傭兵テンテリス。どうかされました?」


 映し出されたセリーナの態度というのは、意外にも驚いた様子は無かった。

 淡々と業務をこなす仕事ぶりは、どうやら突然の連絡であっても乱されることは無いらしい。

 そのため長電話で邪魔をして悪いなと、テンテリスは早速要件を述べた。


「ああ。実は──」


 『森の幽鬼』の一行の制圧と、ギルドマスターであるビクターの死亡。そしてその報告を、マキナの代わりに請け負ったことをセリーナに簡潔に伝えた。

 『森の幽鬼』の言葉が出た瞬間から露骨に態度は変わっていたが、特に『マキナの代わりに──』と口にした時は、もう空の睨みようはひどいものだった。


「はい。なるほど、了解いたしました。報告ご苦労様です。はあぁ……結局人に任せたんですか。いや、アレはそう言う事ですか」

「? セリーナ、どうかしたか?」

「いえ、今に分かることです。では『森の幽鬼』の構成員については、こちらで回収班を向かわせますね」

「いやそれには及ばねぇよ。残りのこいつらは後で転送する。

 ……あと、これから送る奴の中には、無理やり人形にさせられちまった奴もいるかもしれねぇんだ。そこんところ、よく調べてもらえると助かる」

「ええ、もちろんお約束します。……お優しいのですね。

 ありがとうございます、傭兵テンテリス」

「いいんだよ。じゃ、俺ぁこれで──」

「ああっ! 待ってください。テンテリス、あなたに伝言が」

「伝言? 誰か……、いや。ちょっと待てセリーナ。そいつぁ──」

「ええ。マキナです」


 テンテリスはその名を聞いて、思わず背筋が凍った。

 マキナは──いや、こうもあからさまなら、分かるってもんだ……。

 全く。きっついなこいつは。


「あー、なんて……伝言なんだ?」

「はい。”報告してくれた分と手伝ってくれた分の報酬は払う。助かったよ”──だ、そうです。何が助かったのかについては議論の余地のあるところですが、まあいいでしょう。依頼報告の手間が省けて助かったわけでは無いことは、何となくわかりますけど。

 ──いえ。申し訳ありません、話が逸れましたね。テンテリス。報酬ついては私が直接お渡しします。お手数かもしれませんが、時間のある時に中央の受付まで来ていただけますか?」

「あ、ああ! なんだ、そういう話か! そうか、マキナも律儀な性格というか、縁を大切にする人間で嬉しいなぁ!! 分かった。そういう事なら明日セリーナの所に行くさ。いやぁー、そうかそうかそう言う話……そいつはありがたいなぁ!」


 妙に緊張してしまったのが、がくりとその心配は無用だったと肩を叩かれて、思わずテンテリスは奇妙なテンションで言葉を並べ立てた。

 後輩のアルテは口をぽかんと開け、眉をひそめてどうにも不思議だと言わんばかり。あるいは単純に取り乱した姿が物珍しいからか、アルテはとにかくテンテリスのその様子を見たのは初めてだったために、彼の顔をよく観察している。

 

「ええ。待っていますね。それともうひとつ……」

「……っ、んん! よし。悪いな少し取り乱した。

 それで、もう一つの伝言ってのは? もう依頼でも回してくれるって?」 

「”フールによろしく”──だそうです」



 

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