初仕事は大仕事 ③

「そこっ、と」

「アア゛ッアアアァ!!」 

  

 ザンッ、と。手際よくあちこちから解体される竜の体。

 すべてが凶器となりえるその全身は、しかし本領を発揮する以前にボロボロと失われている。自慢の爪はもう、殺傷能力を一本残らず余すことなく奪われていた。

 おまけに折れた翼はもう2度と飛ぶことのできない損傷を負い、逃げることも叶わない。


「──ったく。しつこいわね、竜ってのは……。

 ここまでやってもまだ暴れるし」

「さっきも言っただろ、ルル。竜とはそういう生き物。追い詰めた時こそ、油断のならない相手だよ」


 事は一瞬にして終わりに向かっていた。

 大抵の魔物などにとっては、およそ戦闘不能に陥るであろう損傷を、二人は確かに与え続けていたからだ。


 さりとて竜は、人のスケールを遥かに凌ぐ強大な存在である。

 その心、『竜の心』は上位者たる証であり、駆動する体躯に絶え間なく魔力を供給し続ける竜種の力の源。そこから生み出される生命力は、簡単には途切れることは無い。

 

「──っ来るよ」


 だから、まだ動く。

 竜は未だ残る尻尾で、大地を薙ぎ払った。

 自らを中心としてぐるりと、一帯を削りながらの地形を均すかのようなその攻撃。

 風を切る音は、予期していても避けられないだろうという素早さを示し、巻き上がった土煙に二人の影がぼんやりと消えた。 

 ──けれど。


「──グゥゥゥ……」


 

 ウレーヴェルは、確かな感触を得られなかった瞬間から分かっていた結果を目の当たりにする。  

 未だ五体満足で平然と立つ、二人の人間の姿を。


「あっ、ぶな……。今のはちょっと死にかけたんじゃないの」

「だから言っただろ。油断するなって。闇雲な攻撃は、経験があろう流石に予測は難しい。

 ルルだって追い詰められてケガを負ったら、何をするかしでかすか、自分でも分からないだろ?」

「私は手負の熊か!! もっとか弱い存在だっての」

「おお、竜の鱗を砕いた少女が、どの口が」


 緊張感の欠片の無い会話を繰り広げる二人。

 ウレーヴェルは霧が晴れたというのに、視界を遮るものは無いというのにこのザマである。

 ……そう。一度たりともその攻撃を、ルルとジークへ与えられていなかった。

 手痛い反撃を食らうばかりで、傷一つつけることができないウレーヴェル。

 右へその巨大な前脚と爪を振るったかと思えば、左前脚とその爪が完膚なきまでに使い物にならなくなった。

 その負傷から、竜は後ろへ飛ぼうとした瞬間、翼は2度と使い物にならぬほどの衝撃を受けた。

 

 竜に映る二人の姿は、すべてが後追いのように遅れ、気が付いた時にはもうそこにはいない。影を追う竜に攻撃は当てようのない事であったのだ。


 ……そしてまた、視覚外からの攻撃がその強靭な体躯を破壊した。


「あははは。それにしても竜狩りって言うのは伊達じゃなかったのね、ジーク。指示通り戦えばこの通りってワケ?」

「いやーどうかな、多分ルルのセンスがいいだけだよ。『逃走させない』という俺の考えに合わせた動き、並の奴じゃついてこれないからね。それを、しかもおまけに一撃で翼を折っちゃうと。

 ……ルルの魔法、間違ってもか弱いだなんて評価にはならないな」

 

 余裕飄々。

 戦いはあまりにもな戦局に終始していた。


──────────────

「光竜ウレーヴェル」

「ひ、あ。えっと……?」

 

 戦う二人の姿を見ながら、突然マキナはそう話し始めた。

 話した言葉は一言、光竜ウレーヴェルと。

 それがあの竜の名前だということは、ルルの絶叫でその名前を聞いていたために、シャーロットは覚えていた。


「あの竜、ご存じなんですか? その、マキナ……さん?」 


 時間が過ぎて恐怖も段々と薄れたこともあり、様子を窺うようにそうマキナに尋ねたシャーロット。

 それを聞いてマキナは、暗い目をできうる限り優しげに見えるよう笑いながら、シャーロットの言葉に答えた。


「私の名前は、ルルから聞いたか? 大丈夫、合っているよ。私はマキナだ。

 それと今の質問だが、もちろん知っている。ウレーヴェルは私にとって一番馴染み深い竜だからね」

「馴染み深い……?」

「そう。今から20年前、あれは聖女が聖都へ連れて来た竜だった。ウレーヴェルという名も、その聖女のつけた名前だ」


 マキナは言った。

 その聖女の名はカーレ。聖女の血を引かない、ただの少女である。しかし竜との交流が深かったという理由においては、他よりも特別な人間であったと。


「彼女は初めは活発に外を歩き、聖都の民との交流を図る善き聖女だった。そして竜との交流も聖女となった後であろうと止めることは無く、次第にそれに触発された民も、竜との交流を深めていった」

「聖女カーレは、竜と人との架け橋になったということですね」

「その通り。だが活発だった彼女は、丁度先代の聖女が亡くなった時から、外に出ることもなくなった。内向的な性格に変わってしまい、城から出ることもない。民と竜との交流もきっぱりやめてしまった。 

 ──だが聖女カーレは、誰に知らせるでもなく、ある時突然、聖都の門に一匹の竜を連れてきた」

「……な、何だか急な展開ですね? 引きこもるようになったかと思えば、前触れもなく竜を聖都に連れてきたということですか?」

「ああ。ふふ、困ったことに、事実をそのまま説明した私でさえ、唐突過ぎて笑ってしまうけれどね。ただ何があったかは知らないが、ウレーヴェルに関しては見ての通り、あまり良い事態にはならなかった」


 かつて聖都を守護すると約束し、聖女への従属を約束したウレーヴェル。聖女から名を与えられた竜は、一時期は確かにその役目を果たしていたという。

 しかし。

 その高貴なる竜の姿に、人々は誰も──その本性を見破ることはできなかった、と。


「ある日突然、聖都の中心で暴れまわったウレーヴェルを見て、瓦礫の山に佇んだ人々は理解したのだ。もう取り返しのつかない状況に陥ってから、初めてアレが、邪竜であったという事に気が付いたのさ」

「じゃ、邪竜……!? でも、ウレーヴェルは聖女が連れてきたのではなかったんですか? 貴族を騙すだなんてそんな……」

「そうだね。もっとも今の聖女というのは貴族の称号を継いだだけの人間だ。継ぐにふさわしい選ばれた人間ではあるが、それでも人の器には限界というものがある。そも本物の聖女なら、邪竜を聖都の内部に入らせるようなことはないだろう。

 加えてカーレはどうも、精神状態に問題があったとしか思えない。先代の死が、彼女に何らかの作用をもたらしたのだろうが……いや、話の本題はそこではなかったな」

 

 話が横道に走りすぎ、長くなったとマキナはそこでやめた。

 そして仕切り直しと言わんばかりに、コホンと一つ咳払いをする。


「とにかく。前置きが長くなったが、つまり私と馴染みがあるいうのは、アレを私が退治してやったからだ」


 さらりと、前置きよりもずっと短くそう言ったマキナ。

 マキナの力によってウレーヴェルは退治され、聖都の被害は復興すらできぬほどの損害は免れたという。

 けれど退治したはいいが、カーレの次に選ばれた聖女の情けから実際はまだ生きていたらしく、滅ぼすには至らなかった。そしてその後、王都に封印される最後になったと。


「ところで話は変わるが、シャーロット……。私に対して、そんなに畏まらなくて構わないよ。姿はルルとそう変わりはしない年頃だが、君はもう1000年の時を重ねているんだ。つまり私よりも年上なわけだ」

「う、1000年……。ええ、そうですね。寝ていた分でも経過した時間は真実ですから、そういうことになるのかもしれませんね……」

 

 ……個人的にはまだ、生まれたばかりのような気持ちなのだが。と、そんな思いを頭に浮かべる。

 シャーロットは空いた時間があまりの長さのために、生き返ったという実感よりも、むしろ生まれ変わったとする方がしっくりしており、どうにもすんなり1000の経過を受け入れるのが難しい。

 マキナはそれを知ってか知らずか、「だが──」と、言葉を紡ぎ始めた。


「しかし、だ。だとしても私は畏まって話はしないし、ならば君も同じようにそんな態度でいてくれるとこちらとしてもありがたいことだ。堅苦しい仲はつまらない話しかできないし、そういうのは私の嫌いな退屈を生み出すからね。

 まあ何事にも例外はあるように、一部例外はいるが──。

 おっと、話し込んでいたらとっくのとうに終わったみたいだ。先に馬車に乗っていようか、シャーロット」


 見れば、ジークは竜の首をいつの間にか落としていたようであった。音がすっかり止んだあたりからもう、戦闘は終わっていたらしい。

 時間にして30分ちょっとくらいの、およそ竜を相手にしていたとは思えない早さであった。

 あるいは、長きにわたる封印が竜の本来の力を弱めていたのだろうか。そんなことは比べられない自分にとって分からないことだが、聞いた話よりずっとあっけない終わり。

 馬車に乗り込む背中を追って、シャーロットはそんなことを思った。


「マキナさん、今更ですけど──というか何故、僕の名前を知っているんです?

 この体の……その、中身の話だって、一体どうして?」

「ふふ。さて、どうしてだろうね……」

 

 そんな言葉と含みのある笑いのマキナ。

 追いつき、乗り込んだ残りの二人を乗せて、馬車は動き出した。

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