とんぼ返り燕返し ④

「さーてみんな、盛り上がってきたところに悪いけど、『森の幽鬼』は待ってちゃくれないみたいだよ。準備しな──ほら、森が生えてきてる」

 

 ジークは馬車を停止させると、扉を開けて、中にいたシャーロット達に外へ出るよう促した。

 

 気が付けばそこは木々立ち並ぶ森の中。馬車は知らずのうちに森の中へと迷い込んでいたらしい。……それも、瞬きの合間に。

 先の見通せぬ暗さは夕暮れとの相乗によるものか。木漏れ日は薄く、木々に覆い隠されたあたりはどんよりとした暗さに包まれている。

 おまけにして背後の道は消失。あとはただ前に進む道だけが残されているだけで、シャーロット達に用意されている選択肢もそれだけであった。


「……さっきまであんなに明るかったのに、一瞬で……。

 ルル、もしかしてこれは──」

「そーよ、くれぐれも用心しなさい。気が付いたらアンタの後ろに……なんてこともあるかもだから。

 ええ。『森の幽鬼』っていうくらいなんだし、敵はこの視界でも私たちの姿をハッキリ見えてるでしょうね」


 シャーロットの言葉に同意するように、ルルはもう敵は間近であると言った。

 

「マキナはどうする? こんな依頼さっさと終わらせたいんだろ?

 あんたが出てくれるんならすぐに終わる仕事だけど。……まあ、それとも俺が代わりにやったっていいよ」

「甘やかさないのジーク。マキナにも少しは仕事をさせなさいって!

 というかそれに、送迎だって結局ジークしか動いてないじゃないの」

「いやまあ、それはそうだけどさ……」

「構わないよジーク。私が行く。

 ……ああ、確かに退屈だが仕方がない。『森の幽鬼』とかいう連中には、下らない仕事のストレス解消に付き合ってもらうことにするよ」


 言って、すたりと馬車から降りるマキナ。 

 

「ほら、シャーロットも」

「へ?」


 と、ルルからの思わぬ言葉がシャーロットへ。

 促されるまま馬車を降りただけで、交わされている会話は関係ない話だと呆けていた彼。だが予想外に無関係ではないというものだから、目をぱちぱちとさせ、間抜けな返事が口から漏れた。


「ちょ、な……え、ええ!? 死んじゃう死んじゃう! 僕ただの一般人!

 大体それに、さっきまで今の僕には魔法が使えないって話してたでしょ!!」

……でしょ? それなら怪我しても自分で治せるんだから、別に大丈夫よ。

「度を越したスパルタっ!? 僕、実戦の前に座学を要求するよ?」

「えー、でも座学なんて結局机の上でしか役に立たないわよ。こと戦闘じゃあ頭ばっかりよくなっても、実行できなきゃただの口だけの人間。いくら手段と方法を考えついても、それとも知っていたとしても、やれなきゃ何も変えられないの。

 ま、私もそこまで鬼じゃないから。なにも敵を倒してこいとは言わないわ」

「じゃあ……なにすれば」

「見学。いい機会だから見学してきなさいって。マキナの戦いが参考になるかはともかく、ここで何もしないでいるよりかは身になるわよ」

「う、うーん……そりゃ行けって言うなら行くよ? ……あ、でもほら! 準備とかいろいろ僕にだって必要だし、今日は生き返った記念日だ!

 お祝いの前にケガをしたんじゃ縁起が悪いしね? だから戦いとかいざこざみたいのはさ、折角だけど……また、次のき──ってちょ、マキナさん?!」

「ははは、じゃあ行こうかシャーロット」

 

 マキナは強引に両肩をがしりとつかみ、シャーロットを先頭にして暗闇の中を突き進んでいった。

 傍から見れば彼は盾されているようにも見える。いや、されていた。

 それを見て、前を行く背中が消える前に、ルルは大声で言った。


「マーキーナっ!! シャーロットにはああ言ったけど、アンタ、絶対に怪我はさせないでね!! 安全第一よ!!」

「うん? ああ、もちろんさせないとも。

 それよりジーク、ルル。直ぐに戻る。出発の準備をしておくといい。

 ──ああ、そうとも。一千にしても一銭にもならず、しかして一線を画した一戦は一閃にて終る。……時間をかける価値は無い」

 

 ちらりと顔だけで少し振り返り、そう言い残して二人の姿は消えた。 

 残されたジークとルル。言われた通り、いそいそと出発準備もとい帰り支度を始めた。

 そんな時。馬車に乗るだけだったルルが、ジークが馬車の方向転換を終わらせ、ようやっと落ち着いた頃合いで、彼女は自慢げに一言言ってみせた。

 


「どう?」

  

 何がどうで、どうで何が?

 ジークは困惑顔で沈黙したのち、それがさっきのことを示しているらしいと理解した。……ものの、その肝心の”さっきのこと”が、何を指しているのか彼にはさっぱりであった。

 つまりは、さっきの出来事の中で自慢げに『どう?』などど言ってのけられる事があったとは、少なくともジークには理解不能であったのだ。


「どうって、何が?」

「教え方よ! 『舞台裏』の先輩兼シャーロットの主人として、冒険者としてどう戦っていけばいいのかってこと。

 私ってばスパルタだけど、教えるの上手いでしょ?」

「……ルル。悪いけど俺、今の会話で教える要素は見当たらなかった」

「ええっ、何よそれ!! 見たでしょう今のスパルタ主人っぷりを。『とにかく実戦で鍛えてこい!!』……みたいな? 経験談だけど、体で覚えるのは口で言うより絶対、何倍も力になるんだから」

「間違っちゃいなけど間違ってるんだよなあ……。いやでも、少なくとも何一つ口頭で教えずに戦場に放り込むのは絶対に違うよ?」

「え? 教えたじゃない、”座学は役に立たない”って」

「……」


 絶句である。まさかここまで主人に向いていない人間が、あろうことかネクロマンサーで、おまけにしてニアの体その魂であるシャーロットを従えているというのだから。

 ジークはこの時、聖都出身のルルに教えてもらう予定だった祭りのことは、別の人に頼むことを決めた。

 

「──うん。だって絶対、『行けば分かるわよ』とか言いそうだ」

「? 行けば分かるでしょ」


 ──辺りは風も吹かない静寂。

 二人のそんな会話が終われば、静まり返った森の中は時が止まったかのよう。

 だが微かに。シャーロットを憐れんだジークのため息だけが、僅かばかりに聞こえていた。


 


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