とんぼ返り燕返し ③
馬車の中。
陽が傾きかけた一日の後半に、『舞台裏』の彼らは来た道をおおよそUターンする形で盗賊討伐へと向かっていた。
しかし彼らの間にかわされていた話の話題は、それと関係したものではない。
マキナとルルの興味は『違反者』などには向けられず、それよりも気になる、シャーロットについてが主となっていた。
「──なるほど。時間を戻すことはできても進めることはできない、と。扱える力は限定に限定されたほんの一端ということだね」
マキナはそう言って窓から手を出し、今は跡形もない扉の焼け跡をそっと指でなぞった。
シャーロットが時間を戻すことができると分かったのは、丁度セクレントンを出発する時のこと。
光竜の火炎はルルによって防がれたのだが、激しい格闘の中、馬車への損害は少なからずあった。それというのはかすり傷で、扉部分が焦げた程度のものであり、元より黒基調の馬車に出会ったことから、さほど目立つようなものでもなかった。
だが、シャーロットが触れた途端、焦げ付いた扉は新品へと蘇った。意図したものでもなく、扉を開けようと彼が触れた瞬間、みるみるうちに焼け跡は再生したのだった。
本人含め彼らはそれで、シャーロットがニアの魔法が使えるのだと知ったのだ。
「では他の魔法はどうだい? 君はあの王都に居たんだろう。何もニアの魔法にこだわらずとも、その有り余る魔力に満ちる体であれば、かつての君の経験はここでも生きると思うが……」
「どーかしら。マキナ、魂と体が別々の状態じゃ、魔法は上手く使えないのよ。
本来ならシャーロットがニアの魔法を使えるってこと自体おかしなことだケド……。そこのところ、実際はどうなのシャーロット?」
「うん、どうにも……。魔法にしても魔術にしても、術式に魔力を流すのをせき止められているみたいでさ。……いやまあ、生前も大した魔法はつかえなかったけどもね?」
彼の過去。
生前は王都に生まれただけの一般人だと、シャーロットは話し、。
曰く、確かに魔法を使える才能に恵まれてはいたが、王都の中では珍しい話ではなかったらしい。なにせ王都はその時代における魔法と魔術の頂点。むしろその逆の方が珍しいくらいには、魔法と魔術の才能にあふれた国であった。
シャーロットは名も知れぬ、ただの一人の登場人物でしかないというのが素性。それは群衆に紛れれば、見分けがつかなくなってしまう程に。
彼はそう素直に話して見せた。
けれどルルは、気にしていないと話す。
それもそのハズ、そもそも中身を入れ違えた時点で彼女はシャーロットに魔法の腕を期待などしていなかったからだ。
「肉体と魂の違いがあれば、魔法や魔術の発動を阻害するのは知っていたわ。だからそんなことで私、いまさら落ち込むも何もないわよ。
でもニアの魔法を少なからず使えるのは、うれしい誤算というやつよ。アンタが少しも魔法を使えないことを想定していたけれど、時間を戻す魔法が使えるなんて完全に予想外。
ニアの魂を探す合間に、少しは私の望み──『永遠』について、なにかしら進展がみられるかもってね」
「そうなの、かな?」
「そーよ。だからシャーロット、落ち込むことは無いのよ。
それにあんたの話じゃ生前使っていた魔法っていうのも、私のよりもよっぽど初歩的な詠唱と術式らしいじゃない?」
「うん。僕は一般人でしかないし、そういう魔法しか使えなかったんだ。
ルルが王都でやっていた短い詠唱も、僕にはできない凄技だ」
「ああ、あれ? 簡略化は現代じゃあ、もう戦闘の基本よ。言葉に術式を組み込む詠唱は、長くすればするほど確かに効果は絶大になっていくけれど、戦闘中って実際そんな暇はないしね。
だからそのための簡略化詠唱。不足分は頭の中完結させて、最小だけ外界に触れさせれることで良しとする。最低限で最大限の効果をもたらすってね」
「でもあんまり長いと覚えられないんじゃない? その言い方からすると、魔法使いって長い詠唱ばっかり使ってるみたいだけど?」
そもそも短い詠唱の魔法を使うのではなく、長くした詠唱を短くして使用するという現代魔法使い。
『短くできる手段があるのなら、長ければ長いほどいい』と。その考え方はシャーロットからすれば、対面して最悪不発もありうる危険な橋渡り。
覚えられない自分が悪いと言われればそれまでだが……。
「どーかしら。まあ、使い分けよ使い分け。その時に応じてどんな魔法を使うのか、それを見極められる人間が優れた魔法使いってことよ。
──あ、あと……。間抜けな話だけど、日常会話でうっかり暴発しない様に長くしてるってのもあるのよ。昔はそれで家が吹き飛んでたとかザラだし、駆け出し魔法使いの死因の一番だったり……ね」
「ふふ、それは確かにそうだな。私も帝国にいた時はそれでうっかり、区画一つを消し去ってしまったのが懐かしい話だ。
周りに機械機構のヒトナシ以外誰も居なかったおかげで、被害はそれで済んだけれど……。ああ、懐かしい話だよ」
「な、規模違うのにアンタのと一緒にしないでよ!! 私まで化け物みたいになるでしょうが。それに大体、暴発したのだって子供の時の話よ私? せいぜい部屋の中が復元できないくらいに滅茶苦茶にしちゃっただけで……、そ、それだけよ!?」
「ルル?」
「あ、オホン……。と、とにかく、周囲200メートルを更地にしちゃうような子供がいてたまるかっての!!」
「ははは。制御ができない分、私が大人になってからの事件でよかったよ。
そう、周囲200メートルで済んでよかった」
「……うわぁ、そんなことあるんですね……」
マキナは言わずもがな。しかしルルにしてもそれはそれで恐ろしいと、シャーロットは魔法使いの倫理観に、時代の流れのとはまた違うギャップを感じざるを得なった。
その様子が怯えととらえられたのか、安心させるようマキナは静かに笑いながら、言葉をつけ加えた。
「怖いかい……? だが心配はいらない。私の場合、日常会話ではそんな事態にはなることはないとも。うっかりとは言ったが、そんなつもりはなかったとも言えないことだったからね。
それに、私はルルと違って無詠唱だ」
ぽつり、と。明らかに最後のそれは自慢げな声で囁いた言葉。
マキナは減速しだした馬車の外を眺めながら、『詠唱など、私にその必要は無い』と、ルルにむかってそう言った。
……おまけにして。
シャーロットはその無詠唱についても無知であったために、悪気なくルルに『無詠唱ってなあに?』という感じで聞いてしまう。
「無詠唱っていうのは……そうね、超能力とか異能の類よ。
生まれつき術式が外界に触れる位置に刻まれることで起こせる、知識要らずの魔法の事。
魔法も魔術もその力を外に向けるなら外界触れてなきゃいけない。だから私達は詠唱や術式を必要とするの。でも無詠唱は、術式があらかじめ外界に触れるように刻まれていてるから必要じゃない、すでに触れているから魔力流すだけで魔法の行使ができるっていう仕組み。
──よく聞くのは魔眼ね。見ただけで相手を石化させたりってやつ」
「へえー面白いね。それって、僕にもできたり……?」
「無理無理!! 術式を後天的に体に刻むとか、最悪死ぬっての。
確かに無詠唱は強力だけど、その所以は生まれつきだからなのよ。術式が体の一部みたいなもんだからすごく馴染んでるんであって、普通はあんなの異物よ異物。
いい? シャーロット。後から術式なんか体に書き込んだりしたら、拒絶反応で何が起きるか分かったもんじゃないわ!! いえ、私だって分かるわよ? 魔眼とかカッコいいし羨ましいけど……でも、絶対に真似してみようだなんて思っちゃダメだからね」
そしてちらりとマキナの方を見るルル。
ついさっきになって辺りは暗い森の中に入り、黒の眼帯と紫の髪は落ちた陰で黒く深く染まっていた。
そう、眼帯。マキナは眼を──隠している。
「……ま、まさか……」
「ふふ。不安がらなくても、私のは生まれつきだよシャーロット。
そしてルル。いくら訝しんだところでその事実は覆らないんだ、残念ながら」
「ふん、いいわよ。そんなの無くったって私は強いんだから」
ぷい、と。ルルはマキナの言葉にへそを曲げてしまう。
そんな様子にマキナは笑うが……しかし。無詠唱がいかほど強力なものか理解しきれていないシャーロットには、どうしてルルの機嫌が悪くなったのかというのは伝わっていなかった。
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