とんぼ返り燕返し ②
「では、お二人はここでお待ちください。登録だけですからすぐに済みますが、もしその間に報告することなどがありましたら、公共受付の方へお願い致します」
ホール隅のソファ近く。セリーナはジークとルルにそう言って、丁寧なお辞儀で階段へと向かっていった。
中央ギルド『塔』。
そびえ立つ無骨な外見と裏腹に、中はさながら宮殿のような絢爛さを備えている。
床は敷き詰められた大理石。壁の装飾は赤を基調に統一され、またそれが映えるよう、暗い色調の絵画や小物などが点在している。
そして入り口から円上に広がるホールは吹き抜け。天はしかし空を映すほど高くはなく、およそ3階の高さから吊るされた巨大なシャンデリアが、陽に代わって周囲を照らしていた。
踏み入れた一歩から、気品溢れる印象をシャーロットに植え付けた。
「お待たせしました。行きましょう」
そんな感想を抱く時間は、セリーナの声で中断された。
セリーナは早速とばかりにシャーロットの手を引き、そのまま階段へと足をかけると、不満げな顔を隠すことなく、実に雑な手招きで「『舞台裏』ギルドマスター、マキナ。あなたもついてきて下さい」と。
言葉は確かに丁寧。しかし振る舞いは比べるべくもなく、扱いの差はたまった鬱憤を示している。加えてシャーロットの隣を歩いていたマキナとの間に割って入り、まるで邪悪から守るかのように遮ったセリーナ。やはり彼女のマキナに対する感情というのは、露骨に態度に現れていた。
セリーナはそして、はあと、ため息交じりに話す。
「……君ね、一体どんな言葉でこの女に騙されたの? 忠告しておくけれど『面白い事』以外に動かないのよ、このマキナという女は。
君はその趣向に合致する何かを持っているのでしょうが、慌てずともきっと、他のギルドでも受け入れてくれます。
今なら引き返せますよ。ギルドに加入するのなら、ここじゃなく別の所にしておいた方が絶対にいいです。『舞台裏』専属の受付嬢たる私が保証します」
どこか和らげになったと感じる口調と共に、憂いの顔を見せるセリーナ。彼女は加入したら最後、シャーロットが後悔すると続けた。
マキナは否定するでもなく、二人の傍から静かに下がり、その暗い瞳でただ待つのみ。座して待つが如くの態度は、初めから結果を分かっているかのようにも思える落ち着きよう。だが実を言えばそれ以上にマキナは、シャーロットについてあれこれと口出しをする立場にない、というのが大きかった。
シャーロットは形式上ではルルの従者。であればマキナはルルからの頼みを断る理由がない限り、否定も肯定も何を言うこともない。従者の行く末、決めるのは主人なのだから。
その中で唯一マキナが決めることと言えば、『舞台裏』に加入することを許可するかどうかの一言だけで、無論彼女が『面白そう』なそれを否定する訳はない。
──だからこそ、マキナは黙してシャーロットの言葉を待った。
「お気遣い、ありがとうございます。
でも大丈夫です。もう決めたことですから」
純な瞳で、まっすぐ話したシャーロット。
セリーナは本人が決めたことならと、それ以上引き留めの言葉をかけることはなかった。
「……はあ。あなた、誰かに似て頑ですね。
分かりました。私のおせっかいはここまでにします」
その言葉終わりに、3人はタイミングよく2階へと到着した。
ぐるりと階段で上がってきたそこは、丁度正面の入り口から最も近い受付場所の真上にあたり、手すりから身を乗り出せば、入り口のすぐ横の公共受付がここから確認できる。
セリーナはそして、左右に分かれた廊下を迷いなく右へと進み、2つ目の部屋へと入っていった。
「どうぞ。……ああそう! 本来の受付の場所は1階の一番左側です。ここは臨時でお借りした部屋ですから。お間違いの無いようにお気を付け下さい」
「……? ということは、加入の際は借りるのが普通なんですか?」
「いいえ、そういうわけでは無いんですけれど……。マキナが、ね?
1階の受付だと、他のギルドの冒険者と問題を起こすので。それを避けるため、先ほど連絡してこの部屋をお借りしました」
それは何度かそのような事態に陥ったと、暗にセリーナは話していた。
「別に、私は構わないんだけどね。面白くない人間など、その存在は気にするようなことでもない」
「騒ぎが起こったら他の方の業務にも支障がでるでしょう! だからあらかじめこうしておく必要があるんです。それを理解してから意見を述べてください!!」
そんな風に声を張りあげたのち、部屋の奥の方へと歩いていくと、彼女はほどなくして戻って来る。
彼女はどこから取り出したか、黒い細フレームの眼鏡をかけ、早速とばかりにギルド加入の手続きへと段取りを移していった。
その顔はきりっとした仕事人の顔。口調も改まっている。
「ではまず、ここに名前の記入をお願いします。
ええ、そうです。一番上の、この四角い所──はい、ありがとうございます」
セリーナはそうして紙に記入されたその名を見て、……眼を細めどこかにまだ文字が隠れているんじゃないかと探し出す。
だが数十秒それをしたのち、これが全部だと分かったセリーナは、不思議そうに首を傾げて話した。
「──シャーロット…。ただのシャーロットでよろしいんですか?」
「はい。名前はそれだけで」
「……分かりました、この名前で登録させていただきます」
不思議そうな様子を見せたものの、彼女はテキパキと手続きを進めていった。
”異例に一々口を出していたら、日が暮れる”
それは『舞台裏』との付き合いで、彼女が学んだことの一つである。
「身分の証明についてはパスで頼むよ、セリーナ。私からの紹介だと言えば、嫌な顔をして登録を抹消せんとする奴もいるだろうし、その点は上手く頼むね。
最悪、私が動くことになっても構わないのだけれど」
「脅しでもするつもりですか? 必要ありません。
……はあ、いいですよ分かりました。身分については私の方でどうにかしておきます。ですが一応聞いておきますけれど、後ろめたいことは無いんですよね?」
「ああ、何も。ただ単に、彼の過去や現在を保障する物がこの場に無いというだけの話だ。後ろめたいことは無いよ」
「後ろめたいことは無いって……じゃあ、どうし……。
──そう、ですか。そういう事情でしたか。
ごめんなさい、シャーロット」
何かを理解し、悲しげな声でそう話したセリーナ。
この現代で、身分を証明できないのはよっぽどの事情が無い限り起こりえる事ではない。何故ならば魔法の発展した現代では、意図的でもない限りそんな境遇には立たされないのだ。
しかし。だというのにシャーロットには身分を証明できないという。
それに加え面白さのみに主眼を置くマキナが、『舞台裏』への加入を認める人物。
マキナはろくでもない性格をしていることをセリーナは知っているが、基本的には善なる側に立っている。犯罪者を面白いと考える感性は持ち合わせていない。
であれば考えられることは一つ。
彼は意図せずその身分の一切を失うことになったのだ。
事件か事故か、人災か天災か。その事情はセリーナには分からないこと。
しかし、とにかく彼女は大きなことに巻き込まれたのだろうとセリーナは考え、理解し、そうだったのかと納得した。
「……そうだったんですか、シャーロット。
辛かったでしょうね。いえ、私はこれ以上追及したりしませんから」
「そう、です……かね……? えっと、その」
きっとシャーロットは大変な目にあい、命からがら逃げてきたのだろうと。そしてその先で、彼は運よく(悪く)マキナに出会ったのだろう。
今に至る経緯をセリーナはそう結論付けた。
だが当のシャーロットは、1000年前の身分なら証明できるかもなあ、と。思っていたことはそれで、深刻で不安いっぱいな状況に置かれているわけでは無かった。
「いえ、私がこうしてぐずぐずとしているのは、それこそ負担になる事でしょう。
重ねて申し訳ございません。しゃきりと仕事をさせていただきます。
では最後に。シャーロット、今からセクレントンにおける冒険者が守るべきルールについてご説明しますね」
すんと、凛々しい顔へと彼女は切り替える。
「いいですか。セクレントンには3つのルールがあります。
一つ。『隷属を禁ずる。冒険者たるが故、即ち自由を侵す者に従ってはならない』
二つ。『混乱を排する。我らが都、その平穏と支配を乱す者に従ってはならない』
三つ。『誓約を重んずる。確定したいかなる取り決めは、従わなければならない』
──以上です。これらを守ることが、セクレントンの冒険者としてあなたに課せられる義務であり責任となります。よろしいですか?」
「は、はい!! 頑張ります!! ──けど、なんだか少し難し言い回しで、その……ちゃんと理解はできてないというか……」
「ふふ、これは通称、”従いの誓い”というものだ。かつてこの街を創めた一人の人間が、法の代わりに定めた大雑把な誓い、『従属せよ自由たれ』。
……酒に酔った勢いで叫んだともいわれている、格好のつかない頭の痛くなる言い伝えだが、現在の中央ギルドは真面目に言葉を継承し、現在の形、つまり3つのルールとしている」
「マキナ、その説明ををするのは私の役目ですから」
「ああ、すまないね」
「……つまり簡単に説明すると、セクレントンに不利益、あるいは害をもたらす行為を、我々中央ギルドではルール違反とみなします。
ルール違反とみなされた者は『違反者』と呼称し、個人ではなくギルド全体の行為であると認定された場合は、『違反者たち』との呼称となると覚えておいて下されば問題ありません」
「わ、分かりました。えっと、もし……もしですよ? 『違反者』になったら……どう、なるんですか?」
「『違反者』の烙印を押された冒険者は、セクレントンでは犯罪者の扱いとなります。冒険者としての生命も、4国の依頼の大半はセクレントンへと集まりますから、活動は不可能と言っていいでしょう。
それと、程度によっては『塔』地下の牢獄への収容処分が下ります」
犯罪者。その言葉を聞いてぐっと体に力の入ったシャーロット。
もちろん『思い当たる節があった』といったことでは無かったのだが、自分の置かれた特殊な事情が原因で、もしかしたらうっかり、ということもあるかもしれないと、彼は思わず緊張せざるを得なかった。
なにより、ルルのことを思えばより一層である。
しかし、マキナは小さく肩を落とすシャーロットを後ろから優しく抱擁し、『安心しなさい』と。
「私のギルド『舞台裏』に入ったからには、そう肩肘を張る必要は無い。盗賊の壊滅などという下らない依頼を受けざるを得ない程に落ちぶれた私達だが……違反者の地位に落ちるような間抜けはさせない。
そしてもちろん、君もその一人だ。私がいる限り守るとも」
「マキナさん……」
マキナのその言葉は力強く、そのためシャーロットを安心させるには十分だった。
「守る? それは踏み外すことが無いようにという意味でしょうか?
そうですか。よくもまあ違反者一歩手前にして、間抜けの一歩手前の分際でそんなことを言えましたね。厚顔ここに極まれりですよ。
シャーロット。清々しい恥知らずとはこのことです。どうかマキナの真似をなさらない様に」
「マキナさん……?」
マキナのその言葉は力強く、シャーロットに不安を植え付けるには十分だった
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手続きが終わりその後。
階段を下りる彼女を不意に呼び止めた声に、マキナはうんざりした顔で振り返った。
できれば無視をしたいという気持ちは強かったが、おかれた立場上、それは叶うことが無い。
……そのため。彼女は久しぶりに自分自身の行いを、過去の自分を本気で恨んだ。
「フール」
「新入りかい? マキナ。
君のお眼鏡にかなうとは、彼は余程の特殊か……あるいは災難か」
銀髪の男。
シャーロットへ向けた視線は哀れみが強く、その言葉はつまりそれの意味が強かった。眼をつけられて可哀そうに、と。
青の装いは役職の違いを表し、周囲の人間は通り過ぎる度に小さく礼をしながら歩いていく。
中央ギルド『塔』のギルド長。セクレントンの事実上の支配者。
それがこの男の肩書だった。
「は、壁にでも向かって勝手に言っていろ。お前が関与すると碌なことにならない。
上に立つことは認めたが、口を出すのは認めた覚えがないぞ」
「おやおや、このくらい世間話だろうに……相も変わらず冷たい女だな」
「お前は相も変わらず理解していないよ、フール。私達は世間話をする仲ではない。
これから仕事だ、何かあればセリーナに頼むんだな」
冷たくそう言い放つマキナ。
肩書に臆することが無いのは自らの実力が故であり、フールにしても態度だけで物事を決めるような愚か者でもない。
礼などその間に必要は無かった。
──僅かな会話は終わりに向かう。
さっさと離れたいとばかりにマキナは背を向け、足早に歩きだした。
「退屈は晴れたか?」
と。
フールから、返事を期待しない質問が、その背に向かって投げられた。
分かりきった回答を望んでいるでもなく、それは珍しく無駄な愚かな行為。名に恥じぬ行いは不穏を呼び、マキナは終えたはずの会話にただの一言を残す。
「企ては止めておけよ」
眼帯に指をかけ、マキナはそう言い残す。
僅かな会話は、それでやっと終わった。
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