退屈は駆け足で走り去る ②
それはさながら轟雷であった。
つんざく金切り声などという子供騙しではなく、それよりもっと本質的に恐ろしいモノ。逆らいようがなく、本能的に聞くものの身をすくませる野太い大音量は、それに相応しい圧倒的な体躯を持ち合わせていた。
王都の奥、あたりの家屋を覆いつくさんばかりの神々しい白。
ルルは一目見て、シャーロットは思わず二度見して。二人はそれが竜であると認識した。
「な、ななな……なんなんですかあのデカいの!!
ルル、あれ! あれですって! 王都に竜なんて誰が連れてきたんですか!?」
「うっさい!! 死にたくなきゃ、つべこべ言ってないで走りなさいっての!!」
地響きは近くの木を根元から、その地面をえぐり取らんばかりに揺らし、巨大な影から逃げる二人の視界はまるで空気が歪んでいるかのように落ち着かない。
まさしく天変地異。終末の先駆けを予感させる光景。
背後に迫る
まるで塔に閉じ込められたお姫様を守る守護者。それとも財宝を盗み取った不届きものを罰するためにか……。封印から解き放たれた竜は、また一つ、猛き咆哮を王都に轟かせた。
「ああもう、よりによって光竜ウレーヴェルだなんて。聖都の奴ら、倒さず封印するとか怠惰極まりすぎてるんじゃないの!? これだから聖女は嫌いなのよ!
……というか私、あんなもの蘇らせた記憶ないんですけど!!」
ルルのその絶叫はこれは何かの間違いだと、そう強く現状に訴えていた。
──少し前。
魂違いへの絶望は、数分ほど、少し俯いた程度で立ち直ったルル。
“起きてしまったものはしょうがない。むしろ、これからどうするのかが肝心だ“、と。これまでいくつもの成功と失敗を繰り返してきた彼女は、培われた前向きの精神で再び顔を上げた。
「ほらアンタ、行くわよ」
そう言って、ぼうとしたシャーロットの手を引いて、ルルは用済みとなった王都出るべく、荒れ果てた黒の先、正門へと歩き出した。
そんな中。正門へ向かう折、ぽかんとした表情のままルルについてく人、シャーロットは立ち直ったルルからあれやこれや、かくかくしかじかを丁寧に話された。
……それはつまりは魂違いであったことを説明され、歴史──1000年の月日の流れに驚いていた彼は、途中からその顔は居心地悪そうに、申し訳ないとばかりに目を閉じる。
「え、ちょっと。何でそんなにバツの悪そうに……」
「いえ、お話を聞く限りでは僕はお呼びではなかったようですから。……それで」
「あーなんだ、そういうこと。そもそも間違えたのは私の手違いだし、アンタが気に病むことでもないのに。
……なんというか、律儀? いや、こういうのなんていうのかしら。とにかくアンタ、いらぬ責任を負おうとするのね」
首を傾げ、長い黒髪を揺らすルル。
「でもアンタ、だめよそういうの。全部自分のせいだって思いすぎると病んじゃうんだから、人間。私に謝る必要は無いわよ。
……まあというか、むしろ謝らなきゃいけないのは私の方だったりするのよね。魂違いを起こしたのって、どう考えても今日初めて蘇生魔法を使った私のミスだろうし。こうして、アンタがニアの体でここにいるのは私の責任」
「せ、責任だなんてそんな!! 僕は生きていられることが嬉しいんです。
ルルさんが気に病む必要こそないですよ!!」
「病んでないわよ。もう一回生きる機会が得られたんだから、それは感謝してほしいって思うくらいには図太い精神よ。
勘だけど、アンタ私と歳はそう変わらないでしょ?」
「じゅ、17歳です……」
「やっぱり。私よりも1歳年下で、それしか生きられなかったアンタは、まだやりたいことだって色々あったはずよね。違う? 『生きていられることが嬉しい』んでしょ?」
「そ、その通りです!! それはもう本当に、僕は自由に生きたかったんです!!」
「はいはい。だからね──」
はあと口をあけ、やれやれとばかりにため息を漏らすルル。
けれどその瞳と後に見せたその笑顔は、呆れは程々に、確かな優しさを含んでいた。
「──言いたいのはね。アンタ……いえ、シャーロット。幸運っていうのは善行を積んだ人間に舞い込んでくる必然。だから難しく考えてないで、アンタは素直に喜べばいいのよ、ね?」
申し訳なさなど、そんな感情は抱く必要は無いとルルは言った。
そして笑顔で、「ただ。生き返らせてあげた以上、私のこれからには付き合ってもらうからね」と、そう付け加える。
ルルは抱えた負の思いなど、そんなのバカねと言った感じで、シャーロットの言葉を一蹴したのだ。
「そ、そうだね。君がいいというのなら、僕が落ち込んでいる理由は無いよね……うん。ありがとう、ルル」
「そ。それでいいのよ。こちらこそどういたしまして」
丁寧なお礼に丁寧にルルはそう返す。
魂違いを責め立てる訳でもなく、シャーロットは現状を認めそれでもなお、曇りなき感謝をルルへと述べた。
この世で再び生きられることが、シャーロットにとっては何よりも嬉しかったのだと。
「──はい。もうこの話はこれで終わり、いいわね?」
そう言って、小さな手でパンと手を叩くルル。
「じゃあ、早速だけとまずはその堅苦しい口調を改めてくれるかしら。
知り合いの探偵は年下だから、敬語を使われたところで別に違和感はないんだけれど、アンタ一応私よりも年上でしょ?」
「え、ええっ!? そ、それさっきと話が違いません? それに、今の話の流れからそんな話をするんですか!!」
「はあ!? 『そんな話』って何よ! いい? これは私にとっては重大なの。
それに、アンタの言う流れも何もそれは今断ち切ったでしょう。こう……ほら、手でぱんって具合に」
「でももっとあるでしょう? 具体的に何で失敗したのかとか、これからどうするのかとか、そういう!」
「ちょ、失敗言うな!!」
「それに大体、僕は17歳で、ルルさんはそれより1歳年下って──」
「シャーロット」
「あ、はい」
思わずシャーロットがたじろぐ本気トーン。
1000年前の人間に年上扱いされることだけは、いくら器の大きい語りをその前にしていようとも、ルルは譲れなかったらしい。
「じゃあその、砕けた話し方をしてほしい……ということですか?」
「ですか?」
「ひっ、いやえと……砕けた話し方がいいの?」
「……まあいわ。そーよ、年齢問題以前にこれから長く付き合うことになるっていうのに、敬語じゃ距離を感じてどーにも話しずらいったらないのよ」
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