第2話 退屈は駆け足で走り去る
一方その頃、封印王都前。
正門を守る聖都の兵士の姿はなく、代わりに少し離れた位置に堂々と場所を陣取るは、2人の人影と馬車のそれだけ。
機を見計らったルルの王都への潜入は難なく成功し、彼女を見送った彼らは穏やかな時間の流れの中でその帰還を待っていた。
「陽はもう傾いたね。ルルは終わった頃かな」
「かもね。それに、そうじゃなきゃ困るよ。いい加減見張りの仕事を思い出して、兵士たちが帰ってきそうだ。
綿密な計画を『時間通りに進まなかった』、なんて理由で台無しにするのは、俺達誰にとっても望ましい話じゃない」
「いや、それなら心配しなくていい。私の知る限り、ネクロマンサーとしてルルは世界最高だ。魔力の質も量も桁外れ、術式の扱いも同様に。よほどのことが無い限り失敗も遅延も起こらないとも。
ああ。そういえば君の故郷の紅国にも、ルルのような魔法使いがいたとどこかで聞いた覚えがあるが……ジーク? ──ジーク?」
約束を守ると言った手前、いつ帰って来るか分からないルルのためにも退屈だからとうろちょろと歩き回るわけにもいかないと。そうして珍しく大人しいマキナ。
しかし彼女はそれでも退屈であることは紛れもない真実であるために、隣に立つジークへ暇つぶしに話したのだが、『魔法』という単語から、ジークははじ、と黙ってしまった。
その様子に尋ねの言葉が届かなかったのかと、不思議そうにマキナは声かける。
「ジーク、私の相手をしてくれないのか?」
「……マキナ……。まあ相手はするけどさ、まずその前に。周りに俺以外、人がいないってのは分かっているけども、だ。
マキナ。あえて聞くけど、今俺に魔法の事を聞いた?」
呆れたような物言いはマキナの態度に向けて、半ばあきらめたようにそうジークは言った。
意外にも、受け取ったマキナの方は実に真面目な面持ちでもちろん、と。その調子は当たり前だろうとばかりに、むしろジークの正気を疑うようにそう言ってのける。
「ああ。ここに居るのは私達だけ、君の妹のカレンだってここにはいない。君の個人的事情について考慮する必要は無いはずだが……。
いやというよりジーク、私に対してもそういう感じだったか?」
「そうだよ。そしてそれはどこでだって同じさ。
まあいいや。とにかくもう一度言っておくけどね。俺に、魔法と魔術の事は聞かないでくれ……。魔法も魔術も使えない人間には答えようがないだろう」
「……。分かった。聞き分けよく、ひとまずそう納得しておこう。
ああそれと、さっきの君の心配は安心していい。いくら時間が経てど、今日の内に兵士は帰ってこない」
「ほーう、帰ってこない? 持ち場には戻らないって?」
「そう。彼らは戻ってこないよ、絶対にね。自ら楽しみを手放すような、そんな仕事熱心の兵士はそもそも持ち場を離れたりしないんだから」
「ふうん、そういうものかな? 確かに不真面目だとは言えるけど。
……だけど、楽しみに引かれるのは人としてごく普通のことだと思うよ? 今日は聖都じゃ封印祭が行われてる。破滅の魔女を封印した聖女を称える聖都の一大イベントにして、今日は記念すべき1000周年だ。そう考えれば、兵士がそっちに行きたがるのも分かる気がするけどね」
「いいや。私から言わせればあんなもの下らない。祭日だなんだと浮かれているが、王都の連中の思考は理解しがたいね。畏まった儀礼の、あれの一体何が面白いんだか……。
『仕事を放棄してでも参加したいと願う』。そういう意味では、それこそが”熱心で真面目な聖都の兵士”という事だろう」
吐き捨てるようにそう言うマキナ。
退屈、即ち唾。すべきものだと。心の底からの言葉。
しかしジークにはそれが少し引っかかった。
「あれ、祭りは嫌いだったっけ? あんたのことだから、俺はてっきり───」
「ジーク、ジーク。私と何年一緒にいるんだ? 楽しみとは、私にとって面白さとは、『演じてこそ』だと何度も言っているだろう。
聖都の封印祭。あれの、傍観のドコに楽しみを見出せという? 祭日の主役と出番は1000年も前から変わっていない繰り返しだ。あれはただ、盲目的に破滅の魔女の封印をなした聖女を称えるだけで、」
「──ちょ、まってまって! 嫌いのだってのは分かったから、そんなに熱くならないでくれ!
……はあ。でもマキナ、祭りとはそういうものだと俺は思うよ。そもそもが儀式の一種なんだから、厳かで畏まった祭りがったとしても不思議じゃない。それに俺はそういうのもあっていいと思うよ?
まあ。俺は実際を見たことは無いから、聖都の封印祭について言えるのはそれまでなんだけど」
「ああそうだ、その通りだ。厳かで畏まった祭りだってあっていい。
だがそれでも、聖都のあれは祭りなどという分類には無い。
いいかジーク。祭りの本質というのは神への祈りであり、繁栄への願望だ。決してただ年を重ねたことを祝う日ではない。だがもしそこに、祈りのなしのただの願望しかないのならば、聖都でやっていることは他人の誕生日会と何ら変わりがない。畏まった儀式の形をとる割に、その中身は実の所信仰の失せた退屈なひと時だ。
そうだな。興味があれば、ジーク。祭日は七日かけて行われる。その最終日、もし機会があれば聖都を訪れてみるといい。私の言っていることが理解できるはずだ」
「……ほーう。ならまあ、そうさせてもおうかな。
兵士が仕事をほっぽり出してまで参加したいと思う祭りってのにも興味があるけど……。それ以上にマキナ、あんたがそこまで否定したがる祭りというのも、それも拒絶したいほど過剰に言うのなら、それはそれは気になる話だね」
「ああ、その目で確かめてくるといい。聖都の現状もそれで分かるはずだ。ついでに近年の聖都の連中の不愉快な動きも、ジークが一緒に調べてくれるのなら──助かるんだけど?
「さらりとそうやって、また人に頼みごとをする……」
「ふふ、頼んだよ。
──しかし。ああ、だが実に哀れだ。君たちが守っていた、その背中にあった建物の方がよっぽど興味深いモノだろう……と──ん?」
「どうしたの?」
そう尋ねるジークの声はマキナに届いたが、「静かに」と、そう答えるばかり。
辺りの平原はまっすぐに薄緑の風景を映し、王都内部はその荘厳な城壁と門に阻まれ、中の様子を窺うことはできない。
マキナの、この平穏な時へ浮かんだ疑念。ただジークには分からなかった異常。
──が、しかし。その疑問はすぐさまに解決に。
腐っても彼もまた『舞台裏』の一員。そして、理性を有したモノを狩る達人であるからこそ、何かが──人ではない何かが近づいてくる気配を感じ取った。
「これは、破滅の魔女……? いや、違う。
間違いない。この感じ……竜種の魔力──!」
ジークは強く、確信をもっていまだ見えぬ脅威の姿をそう断定した。
「これは竜だ」と、そう断定できる理由が、ジークにはあったからだ。
竜による災害、竜災というものは多かれ少なかれどの国であろうと発生する。自然災害と同列に語られるそれは、しかし高い知性と理性を有する竜は、縄張りを犯されぬ限り人への危害を加えることは無いため、未だ各国で議論の続く区分けではある。
だが。それでも災害と称されるのには、同列に語れるほどの脅威と、その理不尽性の一致があることに他ならない。
竜種というのは年を取ると理性はそのままに、その知性を失っていく。人であれば認知症と呼ぶような状態になるのだが、これが竜だと人のそれとは比べ物にならない問題が発生する。
……それは自らのテリトリーを本来より広く誤認する、ということだ。
年老いた竜は理性に従うままに侵入する人を、あるいはその範囲にある国を襲い始めてしまう。
ジークの住む紅国は特にその竜災の多い地域。元は竜が住んでいた土地を平和的に譲り受けた場所がいくつも存在するために、知性を失った竜種から、理性のままに踏みつぶされる災害がいくつも起きたのだ。
そうなれば当然、そうした竜を狩る人間が生まれるのも当然であり、紅国が抜きん出て竜狩りのレベルが高くなるのも当然の成り行きである。
だからこそジークは紅国一の竜狩りとして、今近づく脅威が竜であると確信をもってそう言った。
「全くルル、勢い余って余計なものまで起こしたみたいだな」
マキナは、口ぶりこそ叱責する大人そのものだが、口角は抑えきれず、退屈が粉々に砕け散ったことに喜びを隠しきれずにいた。
「はあ。マキナもルルも、どっちも相変わらずだね……」
ルルのトラブルメーカっぷりは、魔法の失敗で店の酒のアルコールが抜けて台無しになったり、酒のつまみのキャベツが白菜になってしまったりと。笑い飛ばせるそんな可愛げのあるものから、今のようにとんでもない事案まで。
トラブル大歓迎なマキナと時折深刻なお茶目をしでかすルルというのは、ジークからすれ似た様なものであった。
「構えろジーク。……なに、盗賊退治の前の肩慣らしだ。まずは竜退治で、鈍った体を動かすとしよう」
「はいはい。まあルルのことだし、ニアのことは問題なく終わっただろうね。
だからそのお祝い代わりに、邪魔者はこっちが処理してあげようか」
ジークは『でも盗賊前の肩慣らしって。それ普通は逆なんだけどなあ……」と、マキナの言葉にそう呟いた。
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