退屈は駆け足で走り去る ③

「──じゃあ……そうなんだね。つまりもう1000年前になるのか、僕が生きていた時代っていうのは。随分長い時間、僕は眠っていたんだ……」

「そうね。死んだように眠っていたんでしょう、実際。

 そして私のおかげで目を覚ましたんだけどねっ!!」

「……。その、僕が言うのもなんだけど、ルルって立ち直りの早い性格なんだね」


 不思議そうに、シャーロットはそう話す。

 心底の絶望、落ち込んでいたかと思えば、今は実にケロリとした様子をルルは見せており、それがシャーロットには気になった。

 しかし。そんな純粋な疑問にルルは眉をひそめる。


「ふーん。なにそれ嫌味? さっきの仕返し? 今までの積み重ねを全部パアにした私にしては案外平気そうだね、って?」

「いやいや、そういう意味で言ってないって!! ルルの話を聞いて、十分にその背景をちゃんと理解したよ。ただその割に、」

「割に?」

「何て言うか、どこか安心しているように見えたから」


 ひそめた眉を元に戻し、意外そうにルルはへえ、と。感心したとばかりに隣を歩くシャーロットを肘で小突く。

 

「……鋭いのね。そうよ、私は安心しているの。

 ネクロマンサーにはね、死者を扱うための『枠』があるのよ。一生のうちに活用できる死体の上限ね。人や動物の活用をする普通のネクロマンサーのレベルだと、大体3枠あるかないか。妖精やより上位の獣の死体を活用するレベルともなれば、飛んで100以上は枠を保有しているわね」

「う、うーん? それは多いのか少ないのか僕にはいまいち……」

「3枠は少ないわね。でも、少なくてもいいのよ、だって死体なんだから。

 すでに壊れたモノはそれ以上壊れることが無い。物持ちがいいのがネクロマンサーの利点なのよ。そしておまけに、絶対服従の契約を結ぶことができるわ。

 まあ唯一欠点があるとすれば、死んでいることくらいかしら」


 何だか物騒な話になってきてはいまいかと、シャーロットは身構えた。

 さっきまで普通? の少女だと思っていたルルが、何やらどうも危ない気配を纏わせてきた気がしてならない。

 それより死んでいることが欠点とは、ネクロマンサーだというのに元も子もない発言である。

 

「その点、召喚士はダメね。契約すれば神獣を従えられるのだけれど、契約は軽いし、死ねば死ぬし、ネクロマンサーの下位互換よ完全に。それに──」

「あーー! えっと、ルル! ルルの話も聞きたいかな!!

 そう言うルルは、どのくらい枠を持ってるの!? 100? 200?」

 

 そう言って、いよいよ本格的に口が乗ってくる直前にシャーロットはすんでの所でルルの話を遮る。

 

「え、私? 私の場合だと、他の人よりその枠は多かったわ。生まれが特別ってのもあったし、魔法に関して努力は惜しまなかったから。

 ええ。でも、破滅の魔女を蘇生するともなれば保有してた枠の残り全部を使わなきゃ間に合わないくらい、だったわけ。つまり2993枠ね」

「……なんか、微妙な数字だね」

「知らないわよ、枠の要求はニアなんだから。

 それに枠が足りていなければ蘇生するのは不可能なの。ちゃんと契約できるだけの枠をそろえなきゃ、この魔法は成功しないわ」


 ルルの保有する枠、その残り全てを使って生き返ったニア。

 しかし話を聞いて、シャーロットは一つ疑問を持つ。


「まって、じゃあ魂の分の枠が足りなかったということは無いかな?

 体だけが生き返ったのもそう言う理由だったり……」

「魂分の枠が足りなかった、と。ええ、私もその可能性は考えたけれど、アンタの魂が移動している時点でそれは無いわ。

 それに、それだったら私が安心している理由にはならないでしょ?」

「あ、そ、そっか」

「そ。ニアの体がここにあるんだから、後は魂を探し出してその体に入れるだけ。

 ──これは少し専門的な話になるんだけど、簡単に言えば魂と体はセットなのがこの世のルールなの。つまりニアの魂にはニアの体、シャーロットの魂にはシャーロットの体って感じよ。でも今、そうなっていないでしょう?」

「うん、確かに。今の僕はニアの体にシャーロットの魂だ。

 けどその場合だとどうなるの? ルルのいうルールに反していると思うんだけど……」

「ルルルルって。アンタ今、語感で私の名前読んだわね……。

 えっとね、そういう場合──世界はバグを起こすの。あの世と現世に同じ存在が二人存在してしまっていると誤認して、あの世にある魂と体のどちらかを現世に戻すのよ。これは1000年前にもあった概念かは知らないけれど、所謂ドッペルゲンガーってやつね。全く同じ姿の自分、そしてそれを見た人間は死ぬ。分かたれた二つは、そうすれば元に戻せるから。

 ただ、本来ならこれは臨死状態や幽体離脱を経験した人間に起こることで、互い違いに魂が入れ替わるようなことは想定されていない。ドッペルゲンガーだって個人で完結する事象なのよ。

 だから今回の一件は例外中の例外。まあ常識的に考えて、別の魂と体を一緒にすることなんて無いんだから、世界さんがバグるのも当然よね」

「なる、ほど? えと……?」

「つまり簡潔に言えば、この世界のどこかにシャーロットの体で生き返ったニアがいるってこと。だからシャーロットの体を見つければ、私がアンタの魂を元の体に戻してあげれるし、おまけにそれで、ニアの魂も見つけられるってことよ」


 専門的な話はなるべく避けたいところだったが、どのみち通らなくてはいけないことは、この特殊過ぎる状況からも明白であった。

 ルルはそんな考えからこうして簡単にまとめて話してみたのだが、言葉にすれば自分の中でも整理がつけられ、気が付かずこんがらがっていた頭の中は綺麗に情報が揃えられている。

 しかし整理すれば悪い事も出てくるというのが、憂鬱にも避けられぬ事態であることを思い知らされる。

 それはつまり、そもそもの話。


「でも魂違いなんて、どうして起こしちゃったのかしら?」


 間違えるはずのない事を間違えたという事実が、ルルにとってはダメージが高い。おまけにそれ以外が完璧であるというので、どうしようもない失敗なんかよりも後悔の残る結果なのだ。

 そのためか、ルルはぽつりと愚痴を漏らしてしまう。


「一般の魔法使いと破滅の魔女なんて比べられないくらい圧倒的な差があるハズなのに……私、変なの……」

「そうだね。でも呼んだのは君だ。僕はそれに答えたまでだよ」

「っんん……、引っかかる言い方するわねアンタ。まあいいわ」


 愚痴をこぼしたことは反省すべきことであったのだが、しかし棘のある言い方をして見せたというのに、それを全く意に介さないどころか、その棘ごと返ってきたルル。それはつまり『見分けられなかったのは君だ』と、ルル自身でも分かりきった原因をそう改めて突き付けられていた。


 ……いやしかし困ったことに、シャーロットのそれは何の意図しているわけではないのだ。それは、シャーロットの顔を見てそう思えることで、まるで壁打ちしたボールがそのまま返ってきているような状態。そんな雰囲気と性格である。

 なによもう、調子狂うわね……。


 だがそれしきでめげるルルではない。やられっぱなしは性に合わないのだ。

 彼女は再びどうにか棘を言葉につける。


「私に劣らず、アンタも大概前向きね。さっきも言ったけど実際はお呼びじゃないってそう言ったのよ、私。それでも喜べるの? 偶然で、勘違いでも?」

「うん、そうだよ。例えそれが勘違いだとしても、生き返れたのは本当だ。ニアに殺されて終わった一生が、こうしてまた人生を歩めるのは、君のおかげなんだよ。

 ──だから僕は、心の底から感謝しているよ。ありがとう、ルル」

「……え、あ。そう? そうよね、まあ素直に感謝を受け取っておくわ」

 

 今度は冷たく言ってのけたというのに、しかし返ってきた100%の善意の言葉に、恥ずかしさから思わず頬を赤らめたルル。

 ──ナニコレ生きていた歴史の違いなの? 今まで会ったことのないタイプで、どうにも調子が狂う……。

 この様子だと悪意や嫌味というものをそもそも理解していないようにも思え、人生を新しく始めた彼は、紛れもなくたった今生まれ落ちた純粋無垢な人なんじゃないだろうか。


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