104 彼女の執着
やっとこの日常に戻ってきたけど、俺には一つの悩みがある。
それは前よりも一人の時間がなくなってしまったこと、胡桃沢さんは学校から家に帰る時までずっと俺のそばを離れなかった。くっつくのは構わないけど、着替える時とか……、トイレに行く時とか……、それくらいは俺一人でやってもいいんじゃないかなと思っていた。どこまでついてくるつもりだろう……。
「ゆ、雪乃……?」
「うん?」
「あのさ、どうして……ずっと後ろにいるのか聞いてみてもいい?」
「一緒にいたいからでしょ?」
「学校にいる時は何もしないから、友達と遊んでもいいと思うけど……」
「ううん……。朝陽くんと一緒にいたい! 今はそうしたい気分だからね〜」
「うん……」
何があっても俺から離れない胡桃沢さんが少し心配になる。
たまには友達と話とか……。女子同士でできることもたくさんあるはずなのに、どうしてずっとここにいるんだろう。俺の周りにはもう友達と呼べる人は残ってないから、せめて胡桃沢さんだけでもその時間を楽しんで欲しかった。
ずっと一緒だから、胡桃沢さんも大切な思い出を作って欲しいのに……。
またこうなるのかよ……。
「また、二人っきり? 宮下くん」
「あっ、委員長。今年もよろしくお願いします」
「もう委員長じゃないし……。いつになったらため口で話してくれるのかなと待ってたけど、全然ダメだね。宮下くん」
「じゃあ、頑張ってみます!」
「それより雪乃ちゃん寝てるの?」
「はい。先からあちこち歩き回って、疲れてるように見えます」
「ふーん。寝顔も可愛いね」
「そうですよね」
家に帰ってくると胡桃沢さんは「今日、変なことしてないよね?」と聞いてくる。
何もなかったことを知っていても、胡桃沢さんはずっとそれを聞いていた。もしかして、俺が彼女を離れるかもしれない可能性に怯えてるのかな……? あんな風に聞いてくるとあれしか思い出せないから、毎晩胡桃沢さんを安心させるしかなかった。
もちろん、今日もそうだ。
「ねえ……、今日学校で女の子と話してたでしょ?」
「あ……、委員長のこと?」
「違う。スカート短かった人……」
覚え方が……。
「えっと……、多分それは先生に呼ばれた時だと思うけど」
「何してたの? 二人っきりで」
「別に……プリントまとめただけだから」
「本当にそれだけ……? 朝陽くんは浮気とかしないよね?」
「そんなことするわけないだろ。なんでそんなこと考えてるのか分からないけど、何もしてないから……」
あれがあってから胡桃沢さんは何かにずっと怯えていた。
何度も、何度も……、安心させたのに。それでも足りないって顔をする。一体、どうすれば胡桃沢さんが安心するんだろう……? ベッドで俺を抱きしめる彼女の手がすごく震えていた。そこまで心配する必要はないのに……、なんか言わないと……。
「私……、朝陽くんがいなくなるのは嫌だから……。ずっと不安なの」
「大丈夫って。ここにいるよ? ずっと……」
「うん……。私の不安をどうにかしてほしい……」
「どうしたら……、いつもの雪乃に戻れるのか教えてくれない?」
「じゃあ、これ……いいかな?」
胡桃沢さんはベッドの下からロープと首輪……、そして手錠を取り出した。
どこからこんな物を手に入れたんだろう……?
もしかして、これを俺に……? そんなわけないよな? でも、落ち込んでいる彼女の顔を見て嫌な予感がした。
しばらく静寂が流れる。
「これって……?」
「これで……朝陽くんを縛ると楽になるかも……。だって、夢の中でも朝陽くんは私を離れようとするから……、こうした方が……」
「…………」
「ダメかな……?」
最近、けっこう疲れてるように見える。
ずっと悪夢を見ていたのか、俺にはよく分からないこと。でも、それが苦しいなら俺は彼氏としてやるべきだよな……? ロープ……。
「分かった……。雪乃がそれで楽になるなら、いいよ。好きにして」
「本当に……?」
「うん……」
顔色がすぐ変わるのを感じた。
それほど好きだったのか……?
「痛かったら言って……。まずは手足を縛って……そして首輪をつけたい……!」
「うん……」
ぼとぼと……。
薄暗い部屋の中で、涙が落ちる音が聞こえた。
「私は……朝陽くんのためにずっと我慢してきたから、これくらい我慢できるよね? 朝陽くん……」
「あっ、うん……。多分……」
首輪の紐が彼女の手に握られていた。
「はあ……、はあ……、どこにも行かせたくない。私はお母さんと違うから、絶対そんな間違いはしない……。私は……やっと手に入れたこの幸せな生活を死ぬ時まで守るから……。ちゃんと私に従って、朝陽くん」
「雪乃……」
長かったと思う。
今までいろいろあったけど……、それを全部胡桃沢さんと一緒に越えてきたっていうか……。もしそこで胡桃沢さんと会えなかったら、今頃どんな人生を送っていたのかな……。それもよく分からない。
「…………」
これは幸せな人生なのか……?
なぜか、心に余裕がなかった。毎日疑われて……、少しずつ俺もこの現実に疲れていく。
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