88 私のこと②

 どうして……?

 お父さんがいなくなってからずっと……、それだけを考えていた。理由が分からなかったから、どうしてお父さんがそんな事故に遭ったのかを……。でも、当時の私はそれを調べるほど賢くなかったから、そのまま受け入れるしかなかった。


「…………ただいま」


 家に帰ってくると、お父さんがいつも「お帰り」って言ってくれたのに……。

 暗くて誰もいないこの家は私が知ってるあの家じゃなかった。

 そして最後まで笑ってくれたお父さんの顔が忘れられなくて、ずっと虚しいその感情を抱えたまま……涙を流すだけだった。


 いつも……、ここにいたのに。ここに……、いたのに……。

 もういない。

 もういないよ……。


「…………っ」


 お母さんはあんなことがあっても当たり前のように仕事をしていた。

 だから、この家には誰もいない。

 私はもうこの家にいたくないのに……、特に行ける場所もなかったから何もできなかった。今更、友達ができるわけないし……。お母さんも私のそばにいてくれなかったから……、私はそのつらい時間を一人で過ごすしかなかった。まだ中学一年生なのに、私はその苦しい記憶を抱えたまま、生きていく……。


 悲しいけど、そうすることにした。


「うわ、今日も暗いな。胡桃沢……」

「いつも一人で勉強してるし……。話しかけづらい」

「だよね」


 それからクラスの中で完全に浮いていた。

 元々暗い人だったけど、私はお父さんの事故をきっかけで誰かと話すのが怖くなってしまった。ネットではこれをコミュ障って言ってるけど、本当に……何も言えなくて、すごく怖かった。ずっと抱えてきたトラウマが、私を苦しめていたから。


「はい! では、適当にクラスメイトとグループを組んでください」

「はい〜」


 そして私はグループワークが一番嫌いだった。みんなと上手く話せないから……。

 いつも一人ぼっちになってしまう……。

 私は暗い人、可愛くない人、誰とも仲良くなれない人……。どうして生きてるのかすら分からない人……。たった一人、私の大切な人がいなくなったことで……何もできなくなった。もう何もかも……全部嫌だ。


 生きてるけど、目的を失ってしまった日々が続く。

 二年生になってもそれは変わらなかったから、このままじゃダメって自分にその言葉を繰り返していた。


 だから、私も変わろうとした。

 そして一年生の時と変わったのは私自身が少しでもいいから可愛くなろうとしたこと。友達が一人もいないのは悲しいから、私も友達を作ろうとした。お父さんが言ってくれたから……、私は可愛いからきっと友達ができるって……。そう言ってくれたから。


「…………」


 だから、私は努力をした。

 でも、いくら努力をしても私が暗い人だった事実は変わらない。

 関わりたくない人……、みんなにはそんなイメージだった。確かに、私もこんな人なら嫌になりそう。それは仕方がないことだった……。


「ねえ、これ……落としたよ?」

「えっ……?」


 そしてある日、同じクラスの男子が私の名前を呼んでくれた。

 あの人は「雪乃さん」って……。私は誰かに下の名前で呼ばれたことがないから、震える声で「ありがとう……」って……。すごく恥ずかしかったけど、初めてちゃんと誰かと話をした。そして、あの人はなぜか私の名前が綺麗って言ってくれた。


「…………」


 そして教室に戻った後、ちらっと彼の教科書を見た。

 そこには「宮下朝陽」って、私はちゃんと彼の名前を確認した……。また、宮下くんと話をするチャンスがあったら、あの時は私もちゃんと「宮下くん」って名前を呼んであげたかった。私たち友達に……、なれるのかな? でも、不思議だったのは初めて出会った宮下くんから亡くなったお父さんの姿が見えたこと。


 なぜか、ドキッとした。


「…………み、宮下くん。おはよう! こ、声が小さいかな……?」


 人と話す時はすぐ緊張してしまうから、何度も何度も鏡を見て練習をした。

 今まで人とちゃんと話したことがないから、もし仲良くなったらお父さんみたいに一緒に美味しいものを食べたり……できるのかな? また、あの時みたいに私の頭を優しく撫でてくれるのかな……? 気になる人ができちゃったのは初めてだった。


 お父さん、私……宮下くんのことがすごく気になる。


「…………明日はちゃんと話をしよう。宮下くんと」


 でも、それは私の妄想で……宮下くんのそばにはすでに他の女の子がいた。

 一つ上の先輩。あの人は私と違って可愛いし、モテる人だったから……私には勝てない人だった。そしてそんな先輩がさりげなく宮下くんに抱きつくのがすっごく羨ましかった。二人は付き合ってるのかな……? 教室であんなことをする関係なら、やはり……。


 私は焦っていた。


「…………」


 そして先輩が教室に戻った後、宮下くんがクラスのみんなに話したその言葉。

 ただの先輩と後輩———。

 その言葉を聞いて、私は初めて勇気を出すことにした。


「あ、あの……! 宮下くん!」

「うん……?」

「す、好きです! 付き合ってください……」


 彼氏と友達の違いすら知らなかった私は、なぜか宮下くんをあの先輩に取られたくなかった。確かに好きって気持ちもあったけど……、宮下くんだけは私のそばにいてほしくて……。あの日はずっと一人ぼっちだった私が、初めて男の人に告白をした日だった。


 そして振られた———。

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