84 そこにいるのは…
俺は……今どこにいるんだろう……。
確かに、胡桃沢さんが倒れたのを確認した後……俺もその場で気絶してしまったような気がする。俺は後ろから感じられるものすごいショックに一度倒れた後、うちのソファで目が覚めたけど、そこでまた気絶された。その感覚だけを覚えている。
何があったのか、分からない。
ここは……どこ?
なんか、いい香りがするし……。
ふわふわして暖かいし、俺の家じゃなさそうな気がする。
「…………っ」
「あら……、起きたの? 先、宮下くんのご両親に電話をしたよ。心配してるかもしれないからね」
「ありがとうございます……」
この声は……、もしかして莉子さん……?
俺は胡桃沢さんの家に来ているのか……?
「いい香り……」
「それは寝る時につける香水、前にあげた物と少し香りが違うかもしれないよ?」
「は、はい。り、莉子さん……。どうして、ここに……」
「勝手に連れてきて、ごめんね。でも、宮下くんの実家は遠いし……。マンションは今調査中だから、そこで寝られるわけないし……。だから、ここに連れてきたよ」
「め、迷惑をかけてすみません……」
「そんなことないよ?」
「そうだ。ゆ、雪乃はどこにいますか……?」
「今、病院だから……心配しなくてもいいよ。お医者さんが包丁で刺されたところになぜか宮下くんの生徒手帳があって、奇跡的に命を取り留めたって。だから、今は雪乃ちゃんのことじゃなくて宮下くんの体調管理が優先だよ……」
じゃあ……、胡桃沢さんはまだ生きてるってこと。
よかった……。本当によかった……。
俺があの先輩に殺されるのは構わないけど、胡桃沢さんが死ぬのは絶対嫌だった。彼女は俺の大切な人だから、命をかけて守りたい人だった。なのに、ずっと守られるのは俺の方であの時も今も……、俺にできるのは胡桃沢さんのことを心配するだけ。情けないけど、それしかできなかった。
なぜか、涙が出る。
「…………」
「学校にも言っておいたから、今日はゆっくり休んでもいいよ。朝ご飯はこれでいいかな?」
炊き立ての白米とみそ汁、そして焼き鮭……。
それを持ってきた莉子さんがベッドの前に座る。
「ありがとう……ございます。そして迷惑をかけてすみません」
「いいって……、今は宮下くんが元気になって欲しい」
「はい……」
それよりここは胡桃沢さんの部屋ではなく……、莉子さんの部屋か?
入ったことがないからよく分からないけど、大人の部屋って感じだった。ぐっすり眠れるように、隣のランプとか……、寝香水とか、いろいろ気遣われている。それは全部俺のためにやってくれたことだけど、その気持ちはありがたいけど……、それでも負担を感じるのは仕方がないことだった。
俺の家じゃないし、こういうことに慣れてないからな……。
「そのパジャマ似合うね」
「えっ? パ、パジャマですか……?」
「そうだよ。宮下くん、汗かいていたからね?」
そういえば……、俺が今着ているこの服は俺の制服じゃなかった。
なんか、ドラマに出る俳優たちが着そうな高級パジャマ……。そして莉子さんも俺が着ているパジャマと似てるようなものを着ていた。気のせいかと思ったら、本当に同じデザインで少し慌ててしまう。なんだろう?
「あ、あの莉子さん。せ、制服は……?」
「あ、宮下くんの制服は……血まみれになって洗濯中だよ。そして寝てるうちに着替えさせたから……、今はそれでいいと思う」
「…………ありがとうございます」
莉子さんの好意に、俺は何も言えなかった。
そして食事の後、莉子さんは急いで家に帰ろうとした俺の手首を掴んで、さりげなくベッドに座らせた。
「宮下くん、ダメだよ……。まだ体が完全に回復してないから、もうちょっとここにいてもいい」
「いいえ。それはちょっと……」
「大丈夫……。ちょっとだけ、ここでゆっくり……するのよ」
頭を撫でてくれる莉子さんから、いい匂いがする……。
なんか、それに抗えないっていうか……。心臓が勝手にドキドキしていた。
今更だけど、胡桃沢さんとそっくりでいつも勘違いをしてしまう。目の前にいるのが実は胡桃沢さんじゃないのかと……、そんなわけないのにな……。そして薄暗い部屋の中で、胡桃沢さんと同じ匂いがする莉子さんが俺の前に座っていた。
「は、はい……」
「体を大事にしないと……。今日一日、宮下くんのそばにいてあげるから心配しなくてもいいよ。雪乃ちゃんのことも、あの先輩のことも……。全部忘れて、今はゆっくりこの部屋で寝るのよ……。分かった……?」
耳元で囁く莉子さんに、俺にできるのはただ「はい」と答えるだけだった。
「そういえば…宮下くんに聞きたいことがあるけど、いいかな?」
「は、はい……」
「制服を脱がせる時に見ちゃったけど、背中に傷が……たくさん……あって」
「あっ、はい。これは……」
「もしかして、あの子が……?」
「はい……。先輩は気に入らない時とか、ムカついた時とか、よくお仕置きって言いながらこんな傷を背中に残しました」
「…………痛くない?」
「はい。背中だからよく見えないし、もう慣れたことなんで」
すると、莉子さんが俺の体を抱きしめてくれた。
「え、えっ!? り、莉子さん?」
「痛かったよね……? あんな人にいじめられて、苦しかったよね……?」
「…………だ、大丈夫です」
「そんなわけないでしょ……? 分かるから……」
「は、はい……」
そう言いながら、莉子はこっそり微笑んでいた。
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