83 失いたくない物②
目を閉じる前に私は朝陽くんの方を見ていた。
声すら出てこない状況だったけど、朝陽くんの名前を呼びたかった……。私にはまだ朝陽くんに言えなかったことがたくさんある。あの時の私は……、朝陽くんのことが好きだったよ。理由はとても簡単だった。ただ……、声をかけてくれただけ。ずっと一人で、私は他の人みたいにみんなと仲良くするのができなかったから……。クラスの隅っこでずっとそうやって時間を過ごしていた。
ずっと憂鬱だったから、私はあの悲しみから離れるのができなかった。
でも、私は忘れていない。初めで話した時のことを———。
「ねえ、これ……落としたよ?」
「あっ、ごめんね。私……また……」
「緊張しなくてもいいよ。えっと……雪乃さん! 苗字は覚えてないけど、下の名前は綺麗だから……なぜか覚えてる」
「う、うん……。ありがと……」
初めて私の名前を呼んでくれた人……。
あの頃は勇気もなかったし、人と話すのも苦手だった。
だから、ずっと震えてる声で相手と話していた。
胡桃沢雪乃は暗いし、気持ち悪い……。クラスのみんなが私を見て、そう話した。もちろん、私も自分が気持ち悪いかもしれないって知っていた。同い年の女の子たちはみんな化粧とか、可愛い洋服とか……、そんな話ばかりで楽しい学校生活を送っていたから……。私だけが、あの子たちと違ってずっと落ち込んでいた。
お父さんがいなくなってから、私の人生には何も残ってないような気がしてとても悲しかった。私にはそれしかなかったから……。私のことを愛してくれる人がこの世にいないその現実が、中学生だった私をずっと苦しめていた。
きっかけはそれ、私は初めて声をかけてくれた朝陽くんが好きだった。
だから、私は直接……彼に告白をすることにした。あの頃の私はそれだけを、ずっと考えていた。心がドキドキして、朝陽くんが私のことを癒してくれるって思っていたから……。私のそばにいてくれたらいいなとずっとそう思っていた。
「だから……、私のそばにいて……朝陽くん」
「あらあら……。まだ生きてるの? へえ……、しつこい女だね〜。朝陽くん、しつこい女はタイプじゃないから……。死んでくれない? あの暗い女の子がいきなり可愛くなるなんて、困るよ。嫉妬しちゃうから」
「…………うっ」
「うん? 聞こえない〜。死にたいって言ったの?」
「…………」
「分かった。今度は確実に送ってあげるからね? 朝陽くんは私が連れて行くから、あの世まで私たちの喘ぎ声が届きますように……」
「…………あさぁ……」
「雪乃ちゃん!! お守りさん呼んだよ!」
「うん……?」
「カッターナイフを下せ!」
アヤネちゃんの声……、もうここに来なくてもいいって言ったのに……。
私が何を言ってもアヤネちゃんはそうする人だったから、仕方がないね。
「うん? あはははっ、遅い。もう終わったから……」
油断した私のせい……、こんな人に殺されるなんて……。
でも、最後は朝陽くんの顔が見たいな……。
「死ね! 胡桃沢雪乃!」
そしてナナは雪乃が落とした包丁で、彼女の心臓を刺す。
「うっ———」
「バイバイ……」
薄暗い朝陽の家で、予期せぬ殺人事件が起こってしまう。
「雪乃ちゃん!!!!」
「…………」
指先に感覚がない。
胸から感じられるこの苦痛は私が朝陽くんに振られた時と一緒だった。でも、今は痛いって言うより悲しいって言った方が正しいかもしれない。意識が薄れる———。
朝陽くんのために、私はあの人を殺したかったよ。
なのに……、できなかった。私は……。
「なり、たかった……」
「死ね…………!!」
あの人がいなくなれば……、朝陽くんもあの時のことを思い出せないはずだから。
ずっと苦しみの中で生きてきた朝陽くんを私が救ってあげたかったのに、それが最後だったのに……、まさか私がやられるとは思わなかったよ。ごめんね……。朝陽くん……死ぬ時までそばにいたいってそう約束したのに……。
心が痛いよ……。
痛くて、痛くて……、我慢できない。
助けて、朝陽くん……。
「雪乃ちゃん! 雪乃ちゃん! 起きて! 起きてよ!」
「離せ! 私はこの女に……!」
血まみれの床、そこに残っているのは倒れている雪乃と朝陽二人だった。
「…………」
その後は、何も覚えてない。
私は気絶したのか、あるいは死んでしまったのか……、感覚がなかった。
「あのね! 私……、朝陽くんのこと……好きだけど……」
「…………あ、あの……嬉しいけど、今は……す、好きな人がいるから。ごめん」
最後、私が思い出したのは朝陽くんに振れる時の恥ずかしい記憶だった。
やっと……朝陽くんの彼女になったのに……。
「人殺し……」
「あ、朝陽くん……?」
「先輩は……、ずっとそんな風に生きてきたから……。俺はもう先輩のことを信じたりしない」
「ち、違うよ? 私は朝陽くんのために……。全部、朝陽くんのためだったから! 離せ! 離せぇ……」
警察に逮捕されたナナが外で叫ぶ。
「…………」
「宮下くん! 大丈夫?」
「うん」
そう言ってから、すぐ雪乃の方に行く朝陽。
「雪乃…………」
返事できない雪乃が冷たい床に倒れていた。
「救急車は呼んだから!」
「ありがとう。委員長…………」
そして静寂が流れる。
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