十、冬

57 寒い季節

 文化祭が終わってもう一ヶ月も経ったけど……、俺はあの先輩が俺を探しているかもしれない可能性にすごく怯えていた。あの先輩ならきっとそんなことをするかもしれない。元々そういう人だったから……その間、俺は誰にも言えない不安をずっと抱えていた。すぐそばにいる胡桃沢さんにも言えないこと、元カノの話。


「うっ……。寒い」


 あっという間に寒い季節がやってきた。

 そしてこの一ヶ月間、俺と晶の間にはどんな会話もなかった。もう……友達じゃないからか、普段から言ってた「おはよう」も「ゲームしよう」も……。俺のラ○ンには胡桃沢さんとやり取りした時の履歴しか残っていなかった。俺は弱くて、何もできないから……ずっとお前に頼っていたのに……。友達っていうのはそう簡単に消えてしまうんだ……。今なら分かりそう、胡桃沢さんが俺に言ったその話を……。


「ううん……、寒い〜」

「週末なのに起きないの? もう9時だよ?」

「週末だし……、いいじゃん。それに……私今日予定ありません……」


 目を閉じたまま俺に声をかける胡桃沢さん。

 そして窓の外には雪が降っていた。


「バカ……」

「ううん……。でもね。最近、朝陽くんがこっち向いて寝てるからすごくドキドキするの。へへへっ」

「…………朝からそんなことを言うの? 雪乃……」

「だって、この前まで恥ずかしいからあっち向いてたじゃん。彼女がすぐ後ろにいるのにそれ悲しいよ……」

「冷静を取り戻すためだから、勘弁して!」

「でも、どんどん慣れていくのが見える。嬉しい!」

「少しなら……慣れたかも。まだ恥ずかしいよ」

「ふふっ。それに、昨日つけてあげたキスマークもちゃんとできてて好き!」

「うん? えっ! また? ゆ、雪乃ぉ———!」


 思わず、声を上げてしまった……。


「ふふっ」


 ぴーす、ぴーす。

 可愛い顔でダブルちょきを見せる胡桃沢さんに朝からやられっぱなしの俺だった。この人は俺のことをよく知ってるから、たまに彼女を見ると怖くなってしまう。不意打ちをするのが胡桃沢さんの専門分野で、今朝も首筋に自分のキスマークをつける彼女だった。ぎゅっと体を抱きしめて、軽く首筋を噛む……。


 恥ずかしいし、ちょっとかゆいかも……。


「そういえば……、昨日話したいことがあったけど……。朝陽くん先に寝ちゃったから言えなかったよ」

「そう? 何?」

「今日、ここにお母さんが来る」

「へえ……、そうなんだ。うん? ちょっと待って! 莉子さんがここに? どうして?」

「忘れちゃった。えへっ!」


 えへっってなんだよ! 冗談だろ……、ここに莉子さんが来るなんて!!

 と、心の底で叫ぶ俺だった。


「じゃあ、早く準備しないと……!」

「うん……。多分、もう着いたんじゃないかなと思うけど……」


 胡桃沢さんを見るとたまに怖くなってしまう。そういうところが一番怖い。

 そして私服に着替える時、誰かがベルを押した。

 向こうにいるのが莉子さんだったから、さらに怖くなってしまう俺だった。莉子さんはいい人だけど、まだあの人の雰囲気に慣れていないから……。しかも、今は胡桃沢さんの彼氏なのにこんな格好はちょっと……。


「あ〜。お母さんきたぁ」

「…………」


 いくら胡桃沢さんのお母さんだとしても全然慌ててないその姿に、むしろこっちが慌てていた。天然って本当に怖いな。


 ……


「あら、寝てたんだ〜」

「は、はい……」


 結局、パジャマ姿の胡桃沢さんと寝ぐせを直せなかった俺が……、今莉子さんと居間に座っている。こんな大事なことがあったら先に話してくれよ……。胡桃沢さん、これはきっとマイナスになるはず……。寝ぐせ……、莉子さんの前で寝ぐせなんて。いけない、魂が抜けてしまう。どうしたらいいんだ……。


「どうしたの? 宮下くん?」

「朝陽くん、どうした?」


 まじで……、どこから言えばいいのかすら分からなくなる。


「へえ……、雪乃ちゃんはそっちなの?」

「うん。いつもここ! 私の指定席」


 人の前では足の間に座るのをやめてほしいってそんなに言ったのに、実際俺のことは全然聞いてくれない胡桃沢さんだった。相手が莉子さんだからもっとそんなことに注意する必要があるのに……、何も言えない。この空気は苦手だ。


「今日は雪乃ちゃんが彼氏とどんな生活をしてるのか見にきただけだから、緊張しなくてもいいよ。宮下くん」

「は、はい……」

「そう言っても、いつも緊張しちゃうよね? 可愛い……」

「す、すみません」

「朝陽くん、お母さん優しいからそんなに緊張しなくてもいいよ!」

「う、うん……」


 可愛い胡桃沢さんとすごい美人の莉子さんがここにいるのに、緊張しない方がむしろおかしくないのかと思う。一応……胡桃沢さんには慣れていく俺だけど、二人がこの場に揃うと体が固まってしまう。


「家、ちゃんと掃除してるんだ」

「私! 朝陽くんと毎週掃除をしてます!」

「ふーん」


 胡桃沢さん、手を挙げる必要はありません!


「普段は何食べてるの?」

「朝陽くんと一緒に料理をして、普通の家庭料理を作ってます!」


 だから、手を挙げる必要ないって……!


「へえ……、二人は本当に仲がいいんだ」

「うん! 私、朝陽くんのこと大好きだから!」

「大好きだって、宮下くん」

「えっ? えっと……、はい。好きですぅ……」


 この流れは一体なんなんだ……。

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