56 分からない

「姫!」

「委員長〜」

「宮下くん、姫のことをちゃんとエスコートしたの?」

「は、はい……」


 委員長は胡桃沢さんの前でよく笑うイメージだった。俺と話す時とは違って……。

 でも、生まれてから初めて演劇部の演劇や軽音部の演奏などを目の前で見た。それを壁に貼られているポスターでしか見たことないから……、実際どうなのか気になったけど、あの頃の俺にはそれを見る自由すら許されなかった。


 あの人はどうして俺にそんなことを言ったのか分からない。

 胡桃沢さんが優しすぎるから、知らないうちにあの人と比較してしまう。彼女ができたのは中学生の頃が初めてで、その悪い経験を繰り返したくなかったからずっと避けていた。だから、晶にも興味ないって言うしかなかった……。でも、胡桃沢さんと出会ってから俺の人生が変る……。


 彼女は違った。


「朝陽くん?」

「えっ?」

「ぼーっとして、どうしたの?」

「宮下くん、姫の話をちゃんと聞け!」

「えっ、ごめん。それより委員長……、どうして姫って呼んでるんですか?」

「可愛いからに決まってるんでしょ!」

「あ、はい」


 それは否定できなかった。


「それより! 二人、教室で恋人繋ぎ禁止だよ!」

「えっ? ダメなの……?」

「代わりに私の手はどうですか! 姫!」

「じゃあ、委員長と恋人繋ぎする!」

「…………えっと」


 なんだ……。そのドヤ顔は……。

 委員長は俺のことをライバルだと思ってるのかな……? その顔を見るとなぜかムカつく……。胡桃沢さんと手を繋いでるのを見せつけるようなその顔……。それ絶対狙ってる。でも、委員長……胡桃沢さんのことを友達として好きだから、何も言えなかった。それに胡桃沢さんも委員長には優しく話すからな……。


 急にコーラが飲みたくなる。


「雪乃」

「うん?」

「自販機のところに行ってくるから」

「すぐ戻ってきてね」

「オッケー」


 ……


 みんなイキイキしてる。

 それが文化祭ってことか、窓の外を眺めると一緒に歩いているカップルや友達と楽しんでる人たちがたくさん見えていた。俺も高校生になったから、もっと楽しいことをやりたかった。中学生の頃にはできなかったことを、今は胡桃沢さんと出会ったからいろいろ人生の楽しさを味わいたい。


「…………」


 晶……、お前はどうだ? 楽しんでるのか?

 すると、自販機のジュースを買う音が聞こえた。


「あ、晶? どこにいたんだ。今まで」

「まあ、適当に……一人で回ってた」

「そっか……」

「うん」


 なんか気まずい……。

 普段はこんな雰囲気じゃなかったのに、いつからこうなってしまったんだろう。晶とはずっと友達だったのに、どうして俺は壁を感じるんだろう……? 分からなかった。同じ場所にいるのに、お前は何か足りないって顔をしている。ずっと……俺と一緒にいる時は何か足りないって顔をしていた。


「…………」

「…………」


 そして静寂が流れる。


「俺は……お前のことが羨ましい」

「えっ……?」

「お前が……。いや、もういい」


 そう言ってからどっかに行ってしまう晶だった。

 何かあったら、すぐ俺に話してもいいのに……このままじゃ俺もどうしたらいいのか分からなくなる。人間関係は本当に難しい、俺はあれがあってからずっと一人だった。あの人は俺が誰かと話すのを嫌がっていたから、俺にできるのはあの人と話すだけ。そしてたまにはお前と話していた。それくらいはあの人も許してくれたから。


「…………」


 羨ましい……、その羨ましいって……。

 やはり俺が胡桃沢さんと付き合ってることで、あいつも変わってしまったのか。

 ああ……、面倒臭いことが増えたような気がする。


「はあ……」


 ため息をついて教室に戻ると……、制服に着替えた胡桃沢さんが俺の頭を撫でてくれた。俺はこの状況をどうしたらいいのか分からない。それに胡桃沢さんには絶交するって言っちゃったから相談するのもできない……。本当に……こんな選択肢しかないのか……? 誰も失いたくないのに……、失わないためには選択をする必要があった。


 あいにく、みんなと仲良くする方法はなかったから。


「早く着替えて、朝陽くん」

「あっ、うん。どこに行くの?」

「後夜祭!」

「そっか……! 後夜祭が残ってたのか!」

「うん!」


 晶の気持ちは分からない……、本当に分からない。

 気になるけど、今は胡桃沢さんと後夜祭のキャンプファイアを見ていた。真ん中で踊る人、恋人や友達とそれを見ている人、たくさんの人がここに集まっている。俺は燃え上がるキャンプファイアの炎を見つめながら、それ忘れようとした。


 もう、ダメか。

 どれだけ悩んでも、いい答えは思い出せなかった……。


「みんなイキイキしてるね」

「うん。そうだね」

「来年は私たちもなんかやってみない?」

「雪乃がやりたいことならなんでも」

「うん! 朝陽くん好き! へへっ」

「俺も雪乃のこと好き……」


 そこから離れる時、向こうから聞き慣れた声が聞こえた。


「あははっ、そうだったの? へえ……、さすが。じゃあ、あの先輩と別れたの?」

「うん。浮気するやつと付き合うのは無理だよ」

「だから、ワンちゃんと付き合った方がいいってそんなに言ったのに。楽しいよ? ワンちゃんは主人に従うから」

「ふーん。そっちの方がいいかも」


 外で堂々とタバコを吸う不良。

 そこにいるのは……、俺の元カノだった。どうしてあの人がここにいるのかは分からない。ただあの人とは二度と会いたくなかった……。だから、俺は胡桃沢さんと人混みの中に戻る。バレないように、もう少しこのまま……胡桃沢さんといたかった。


「どうしたの? 朝陽くん」

「うん? もうちょっと……、雪乃とキャンプファイア見たかったから……」

「いいよ! 私も朝陽くんとキャンプファイア見るの好き」

「うん」


 後ろから胡桃沢さんを抱きしめて、そのままじっとする。


「うん?」

「どうしたの? ナナ」

「いや……、あっちに宮下がいたような気がして」

「あ、聞いたことある。確かに、中学時代のナナのおもちゃだったよね?」

「そうだよ。私も最近別れたから、ちょうどワンちゃんが欲しくて……」

「いいね。うん? 宮下? それ、もしかして宮下朝陽なの?」

「そうだけど?」

「じゃあ、ダメだね。あの子、彼女いるから」

「うん? そうなの?」

「うん。一年生の中で一番可愛い子と付き合ってるから。うちの高校では有名な子だよ? あの私が見ても可愛い子だった。否定できないほど……」

「へえ……。一番可愛い子か……」


 ナナは冷たい顔でキャンプファイアの方を見つめていた。

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