55 陰から、あなたを②

 朝陽……、俺はお前のことが羨ましいよ。

 だから、あの時はくだらないことを聞いてしまったんだ。二人はどこまでやったのか、俺がやりたかったのを……お前はすでにやったかもしれないから、それを聞いてみたかった。嫉妬って言えばいいのか、くだらないって知っていても……俺はお前がどこまで胡桃沢さんと仲良くなったのか知りたかった。


 ずっと気になってたまらなかったから……。


「…………」


 ため息をついて、上の階でじっとする。

 二人は……もうキスまでしたよな。あんな風にくっつくのは初めて見たから、余計に気になる。朝陽は俺が想像していたこと以上のことを彼女とやっているかもしれない。それを考えると両手が震えて、すごく悲しくなる。いつも二人っきりで帰って、いつも一緒に登校するから……、もう同居してるかもしれない。羨ましい。お前はどうしてそんなにモテるんだ……? 俺とは違って……。


「そろそろ行こうかな?」

「うん……」


 俺は……自分が馬鹿馬鹿しいことをやっているのを知っていた。

 でも、二人っきりになるのは気になるから……。俺も、知りたい。二人が普段からどんな風に過ごしているのか……、それが自分を傷つけることだと知っていても、俺は我慢できなかった。どうしてって自分に聞いても、好きってしか答えられない。


 愚かな俺が嫌いだ……。


 それでも、まだ迷っている。

 このままお前の顔を見ると、この劣等感が溢れてしまいそうだから……。

 なのに……、これは矛盾する。お前が彼女と何をしてるのか、ずっと二人の尾行をしていたから……。気持ち悪いって知ってるけど……、今の俺にできるのはこれくらいだったから……ずっとお前の後ろにいた。


「あーん」

「いい!」

「あーん!」

「…………」


 お前は俺がやりたかったことを全部胡桃沢さんとやっていた。

 一緒に美味しいのを食べるのも、思い出になる写真を撮るのも、二人が腕を組んで歩くのも……、俺はやりたかった。涙が出るほど悲しいけど、胡桃沢さんのその笑顔を見るたび、癒されるような気がした。もっとその顔が見たい、俺にもその笑顔を見せてほしい……。


「はあ……、こんな人生嫌だな……」


 いまだにお前のことを憎んでいる……。

 そして俺は建物の後ろに隠れて、二人が休んでいるのを覗いていた。

 胡桃沢さんは朝陽と話す時にいつも笑っている。なんでもない話にもずっとあいつに合わせて、よく笑うそんな人だった。今まであんまり話したことないからよく分からなかったけど、胡桃沢さんが誰かとあんな風に話すのは多分なかったと思う。不思議……。


「…………っ」


 そして、その瞬間。

 胡桃沢さんと目が合ったような気がした。いや、目が合った。俺がここにいるのをバレたのか……? そんなはずない。あっちは人が少ないかもしれないけど、こっちはけっこう人がいるからバレるはず———。


「あ」


 キスをした。


「えっ……? えっ?」


 目の前で二人がキスをした。

 否定できない、俺が見たのは二人がキスをする姿だった……。


「あ…………、あ…………、ありえない。ありえない……」


 胡桃沢さんの目はこっちを見ていた……。

 俺がここにいるのを知っていたんだ。だから……、わざとキスをするのを俺に見せたのか? そんなわけないだろ……。でも、その目はここを見ている。俺の方を見ている……。どうして、いつからバレたんだ……? ありえない、俺は……ちゃんと隠れたはずなのに……。


 目が合った。

 朝陽は胡桃沢さんにキスをされて、彼女の体を抱きしめていた。他の人にバレるかもしれないところで濃厚なキスをしている……。羨ましい……、どうして俺にはそんなことが起こらないんだ……? どうして朝陽、お前にはいいことばっかり起こってるんだ……? 俺にはないのを、お前は全部持っている。


「ああ……。あああ……」


 俺も欲しい、欲しい欲しい……。

 どうしてお前だけが……。


「…………」


 もう、尾行するのはやめた。

 先のことで……涙が止まらない。

 知っていたけど、やはり知りたくなかったかもしれないな……。馬鹿馬鹿しい。


「お前だけ、幸せにならないでほしい。朝陽」

「朝陽? やっぱり、宮下ここに通ってるの?」


 教室に戻ろうとした時、俺の前に見慣れた姿の女子が現れた。

 この声は……?


「あれ? 君は宮下の友達だよね? 私の勘違い?」

「えっと……。そうですけど、誰ですか?」


 この人……、まさか。


「へえ……、先輩のこと忘れちゃったのかな? まあ、君とはあんまり話してなかったから仕方がないか」

「…………」

「それで、宮下はこの学校に通ってんの?」

「はい……」

「ふーん。そうなんだ……」

「どうして、朝陽のことを?」

「それは知らなくてもいいよ。〇〇高校だったのか……、けっこう遠いところまで来ちゃったね……」


 わけ分からないことを呟いてるけど、やはり中学時代のあの先輩だった。

 朝陽の元カノ……。


「じゃあ、またね。後で連絡するかも?」

「はい? どうして?」

「私はね……。私の話にちゃんと従わない人は嫌いだから……、はいって答えてほしい」

「は、はい……」


 この先輩……元々、こんな雰囲気だったのか。

 朝陽と付き合ってた時は違ったような気がするけど、まあ……どうせ俺とは関係ないことだから無視してもいいよな。


 今は……この気持ちをどうにかしないと……。

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