54 陰から、あなたを

 俺にはずっと欲しかっていた物がある。

 手に入らない……、絶対入らない物がとても欲しくてたまらなかった。

 なぜなら友達の宮下朝陽がすごい人だったから、俺のこのちっぽけな夢はあいつの存在で破れてしまう。いや、それは絶望だったかもしれない……。夢を見るのもできない、二人は届かないところにいる存在だった。中学生の頃からあいつを見てきたのに、俺は隠せないこの劣等感を一体どうしたらいいのか分からなかった。


 羨ましかった……。

 彼女のそばにいるのが俺じゃなくて、お前だったのが……。

 とても羨ましかった。


「い、いらっしゃいませ……!」

「朝陽くん、もっと大きい声で!」

「い、いらっしゃいませ!」

「よろしい!」


 文化祭で、あの二人は本当に輝いていた。

 メイド服の胡桃沢さんに同級生や先輩たちが集まってきて、みんな可愛い胡桃沢さんに話をかけようとする。でも、あいにく彼女には彼氏がいた。それが俺の友達宮下朝陽……。本当にあの胡桃沢さんが彼氏を作るなんて想像すらできなかったのに。あの二人はいつの間にか、校内でよく知られているカップルになってしまった。


「はあ……、今日も可愛いな。雪乃ちゃん」

「それに宮下くんもカッコいいよね?」

「そうそう。普段とは全然違うイメージだから私もびっくりしたよ! 羨ましいな」

「だよね……? 私、宮下くんみたいな男がタイプかも?」

「そういえば、この前に誰だったっけ? 〇〇活してた人」

「あ……、小林のこと?」

「そうそう。あの人……めっちゃ気持ち悪かったよね?」

「うん、ちょっと怖かった。そんな汚いことをするなんて……」

「うんうん」


 あの人の話なら俺もちゃんと知っている。

 いっそ、お前が小林いちかと付き合ったら……俺もお前のことを憎んだりしないのに……。今はなんでも持ってるお前が羨ましすぎて、もう友達にはなれないと思っている。俺がそんなに「可愛い」「好き」って言ったのに、どうして胡桃沢さんはお前と付き合うんだろう……。どうして……、何が足りなかったんだ。俺に……。


「朝陽くん〜」


 教室から聞こえる彼女の声。それだけで心が壊れて、何もできなくなる。

 それでも、俺は胡桃沢さんを目で追っていた。ずっと好きだったこの気持ちをどうにかしたかったけど、俺は胡桃沢さんが好きだった。だから、その気持ちを否定するのはできない。友達の彼女って知ってるのに、それでも……好きだった。忘れられない、胡桃沢さんのことが……大好きだったから。


 お前は……俺に「頑張れ!」って言ったのくせに、どうして胡桃沢さんと付き合ってるんだよ。誰よりも俺の幸せを願ってたお前が……、今は一番幸せな人生を送っている。そんなお前が嫌だった。友達として裏切られたような気がする。元々、俺が好きって先に言っただろ? だから……、友達なら俺のことを応援してくれるのが普通じゃないのか……? これは言葉だけの……、ただ言葉だけの関係なのか。


 いっそ……、あのクッソ女と付き合った方がよかったよ。


「…………あの、清水くん」

「い、委員長……」

「外でこれ、任せていいかな?」

「中は大丈夫?」

「うん。あの二人がいてくれれば、問題なさそうだし……。今は校内で宣伝した方が良さそうに見えるから」

「そっか……」


 結局、俺は二人から離れてしまうのか……。

 余所者扱い。

 委員長からもらったチラシを校内にいる人たちに配る役割……、どんどん俺の居場所がなくなるのを感じる。それがそんなに悲しいとは思わなかった。主人公はお前だから、可愛い女の子とコスプレをして楽しい思い出を作るのもお前だから。俺は教室を出る前、二人のことをちらっと見ていた。


 羨ましい。


「行ってくる」

「うん。頑張れ、清水くん」


 ……


 こんな文化祭は本当につまらない。

 楽しくないし、なぜここにいるのかすら分からなくなる。中学生の頃にはこんなこと感じたことないのに……、お前も俺もずっとそのままだったはずなのに……。なのに……選ばれた人が俺じゃなかったことが、その事実が、ずっと俺を苦しんでいた。


「ここにいたんだ……!」


 教室に戻る時の階段、そこで胡桃沢さんの声が聞こえた。

 どうして胡桃沢さんがこんなところにいるだろうと思っていたら、そのそばには朝陽が座っていた。そして当たり前のように二人っきりの会話を続けて、俺は上の階でそれを聞くしかなかった。早くこの気持ちをどうにかしないと、このままじゃ先に壊れるのは俺の方だ。


「朝陽くん……好き」

「い、いきなり……?」

「ふふっ」


 あ、できない。

 俺も……そう言われたい、胡桃沢さんに好きって言われたい……。俺にも言ってほしい、言ってほしい……、晶くん好きって言ってほしい……。どうしてそれをお前が全部持って行くんだ……。中学生の頃もそうだった。お前だけがあの先輩と付き合ったから……、みんなお前のことをすごく羨ましがってたのに……。お前はあの先輩とすぐ別れて、何もなかったように……。彼女なんかいらないって顔をして……、ずっと「彼女はいらない」って言っていた。


「…………」


 二人の後ろ姿。

 そこに俺がいたら……、俺がいたら……。

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