53 文化祭の二人②
やっと二人っきりになって、一緒に文化祭を回ってるけど……。
俺……、文化祭は初めてだから胡桃沢さんと何をすればいいのか全然分からなかった。中学生の頃は教室でみんなが楽しむのを見つめていただけだから、こんな本格的な文化祭はやはり難しい。それにみんながざわざわしているのも、俺にはすごく不思議なことだった。青春ってこんな感じかなとそれだけは覚えているかもしれない。
「じゃん〜! わたあめ!」
「大きい……」
「あっちから買ってきたよ! ふふっ、どう!」
「美味しそう……」
「一緒に食べよう!」
「うん」
委員長に「その服やるから、姫と楽しんでこい。もし泣かせたら、殺す」って言われて、今はコスプレのまま歩き回る二人だった。普段から目立つ胡桃沢さんだから周りの視線がすごく気になるけど、胡桃沢さんはそんなこと気にせず、俺の前でわたあめを食べていた。
指先を舐めるだけなのに……、愛おしい。
何もやってないのに、顔が熱くなる……。
「あーん」
「いい!」
「あーん!」
人の前で「あーん」とか……、恥ずかしいよ。
でも、それを食べた後はなでなでしてくれる胡桃沢さんだった。赤ちゃんか。
「ひひっ。そういえば……、委員長に写真を撮ってくれる場所もあるって言われたけど……」
「そう? 雪乃写真撮りたい?」
「うん! なんかね。二人っきりで撮る写真じゃなくて誰かが撮ってくれる写真が欲しい!」
「うん。写真部なら二階にあるかも」
「行きたい!」
そして俺たちは二階にある写真部に行って、二人っきりの写真を撮ることにした。
普段は撮れない写真……、そこに行くと特別な写真になりそう。そんな気がした。
「雪乃ちゃんだ!」
「あっ! どうしてここに……?」
どこに行っても胡桃沢さんを知ってる人がいる……。
ある意味ですごいな。
「私、写真部だから!」
「そ、そうだったの……? あの……写真撮りたいけど……。いい?」
「彼氏と一緒に?」
「う、うん!」
「こっち来て! てか、今日の服可愛いね」
「へへっ、ありがとー」
パシャッ、パシャッ。
普通に写真を撮るだけだと思ったら、なぜか恥ずかしいポーズをさせる胡桃沢さんだった。人の前でお姫様抱っことか、くっついたままカメラを見つめることとか。こんなにイチャイチャしてもいいのかなと思っていた。
「可愛い〜」
「お似合いのカップル〜」
いや……、恥ずかしいからやめろ……。
「あ、そうだ。雪乃ちゃんのために用意したのがある」
「えっ! 本当に?」
「じゃーん!」
特別な写真になるかもしれないって考えていたから……、制服と動物のパジャマまでは理解できる。なのに……、これは一体なんなんだ……? どうして、俺と胡桃沢さんが結婚式の服装を着てるんだろう……? しかも、和式の結婚式だったから高級感が溢れる服を写真部の人たちが用意してくれた。
それにしても、写真部の人たちはこんな服をどこで手に入れたんだろう……。
さすが、リアリティが大事ってことか。
「あ〜。可愛い、似合う似合う」
「可愛い? 朝陽くん、私可愛い……?」
こっちを見る胡桃沢さんに言葉が上手く出てこなかった。
「き、聞かないで……今恥ずかしいから……」
「なんで答えてくれないの……?」
「それは……、可愛すぎるから……」
「ひひっ、好き。ねえ、写真撮ろっか?」
「なんか、負けた気がする……」
写真を撮った後、すぐ印刷して胡桃沢さんに渡す写真部の人。
そしてそれをもらった胡桃沢さんは、廊下を歩いている今もすごくニコニコしていた。それがそんなに好きなのかな……? 普段から写真をあんまり撮らないからよく分からなかった。
「そんなに嬉しい?」
「うん! だって! 私、和式の結婚式は初めてだから……。すっごく! 可愛かったよ! 私、可愛かったよね? 朝陽くん」
「うん。そうだけど、またそれを……」
「ひひっ、私は彼氏に可愛いって言われたい! いつまでも」
「…………家で、たまに言ってるから……。外では勘弁して」
「ダメです!」
「はい……」
そばから腕を組む胡桃沢さん、今が一番幸せかもしれない。
俺も胡桃沢さんがすごく好きで、彼女も俺のことをずっと好きって言ってくれるから、それが好きすぎてたまらない。あの人はそんなことを全然言ってくれなかった。ずっと俺に求めていたと思う。自分の欲求を満たすためのことを……、あの人と付き合った時はトラウマができるほど最悪だった。
「ちょっと……、休憩しようかな……?」
「疲れた?」
「うん……。あちこち歩いてたからね!」
「だから、そんなに急がなくてもいいって言ったのに……」
「だって……、私も彼氏と文化祭回るの初めてだから! ドキドキするのは仕方がない!」
「うん……。そうだよね」
学校の裏側にあるベンチ、通る人が少ないからしばらくここで休憩をする。
「…………」
静かな場所、胡桃沢さんが俺に寄りかかる。
「あ〜。でもね、私ずっと部屋に引きこもってたから……まだこんなの慣れてないかもしれない」
「そう? たまには友達とショッピングとか……いいんじゃね? 楽しいし。彼氏といる時とは違って、女子同士でできることもあるはずだから」
「でも……、友達っていうのはいつか消えてしまうかもしれないそんな…幻みたいな存在だから……」
「そう……? 俺は友達あんまりいないからよく分からないけど、人間関係は難しいよね?」
「うん」
そして、うっかりしていた晶のことを思い出してしまう。
あいつ……本当に大丈夫かな。
「朝陽くん」
「うん?」
「あーん」
誰に見られるかもしれないこの状況……。
なのに、胡桃沢さんは大胆なことをした。
「…………」
俺、こんなことに慣れてはいけないって頭ではよく知ってるのに……。
胡桃沢さんがキスをしてくれるたび、頭の中が真っ白になって胡桃沢さんの顔しか思い出せなくなる。外でこんなこといけないなのに……。俺に胡桃沢さんのことを拒否できる権利などなかった。
「誰もいないところでこっそりキスなんて、ドキドキするよね? 学校で、こんなことをするのはどう? 気持ちいい?」
「…………知らない」
「知らない?」
微笑む胡桃沢さん。
「い、いや。気持ちいいかも……」
「ふふっ。文化祭は楽しいよね? 朝陽くん」
「うん」
「私たちの忘れられない思い出……、それが欲しかったの」
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