九、文化祭

52 文化祭の二人

「委員長……、一応……聞いてみてもいい?」

「うん? 宮下くんに発言する権利はないけど……?」

「…………」


 委員長にはなんもしてないのに、ずっと彼女に嫌われてるような気がした。

 多分、俺が胡桃沢さんの彼氏からだろう。それに先からいろいろ話してるけど、そんなに好きなのか……胡桃沢さんのこと。男たちがしつこく付き纏ったりするのは分かるけど、女子にも人気あるのはさすがにすごいなと思っていた。


 くっつきすぎ……。


「これこれ! バッジ可愛い! つけてみて!」

「うん!」


 委員長は……本当に胡桃沢さん好きだな。


「ねえねえ……! 朝陽くん、これどー? 似合う?」

「えっと……、うん。似合う」

「今の一秒! 宮下くん悩んでたよね?」

「それくらいはいいじゃないですか……!」

「そうそう。委員長厳しすぎ〜」

「ゆ、雪乃ちゃん……」


 文化祭の当日。

 俺と胡桃沢さんは執事とメイドのコスプレをして接客することになった。絶対やらないってそんなに言ったのに……、結局俺の話は却下されて今教室の裏側で服を着替えている。


「わあ! 朝陽くん、髪型! えっ、さっきと違うじゃん! 整えたの?」

「こ、これは……」

「姫のそばにいるためには外見を磨く必要がある! それ、私がやってあげたよ!」


 姫……?


「へえ……、ありがと〜。委員長大好き!!」

「えっ!」


 その一言に顔が真っ赤になる委員長だった。いいな……。

 俺も、大好きって言われたい。

 もちろん……いつも彼女に大好きって言われてるけど、他の人にそんなことを言うとすぐ嫉妬してしまう。


「ねえねえ、せっかくだし。みんなで写真撮ろう! 委員長こっち来て!」

「えっ!? わ、私がま、ま……まま真ん中?」

「うん! この服も委員長が作ったから! ありがとう! おかげでいい思い出になりそうだよ!」

「ひ、姫……」


 涙を流す委員長と、三人で写真を撮った。


 ……


 とはいえ、文化祭でこんなことをするのは初めてだからどうしたらいいのかよく分からなかった。


「委員長……、俺何をすれば……」

「えへへっ、雪乃ちゃんからもらった写真……。これは死ぬ時までスマホの背景画面にする♡」

「…………」


 うん……。他の人に聞いてみようか。


「朝陽くん! これこれ! 三番テーブル! 私はあっちに行くから!」

「あっ、うん!」


 てか、ここに胡桃沢さんがいるからか……普段より男が多いな。

 確かにメイド服の胡桃沢さんは可愛すぎるから、仕方がないと思うけど……。それでも、胡桃沢さんをジロジロ見るのは不愉快だった。


「ねえ、宮下くん」

「は、はい?」


 名札を見て名前を呼んだのか……、足を組んで頬杖をつく二人の女子。

 見たことない顔、もしかして先輩かな……?


「ねえねえ、カッコいいじゃん。彼女いる?」

「えっ……? いますけど……?」

「へえ……、私は構わないからちょっと付き合ってくれない?」


 どん。


「はい。いちごパフェです! 先輩」

「びっくりした……。へえ……、君があの胡桃沢雪乃? 可愛いね」

「ありがとうございます。そして、朝陽くんは私の彼氏だから先の言葉はなかったことにします」

「え……、ちょっとだけでいいのに」

「先輩……ダメですよ?」

「…………」


 背筋に寒気が走る。

 そして手首を掴んだ胡桃沢さんが、俺を裏に連れて行く。


「ダメだよ……? はっきり言わないと」

「えっ……、ご、ごめん。いきなり声をかけられて、周りに人もたくさんいるし」

「気にしなくてもいい。私たちが付き合ってるのはクラスの全員が知ってるから、あの先輩たちの前ではっきり言ってね?」

「うん……」


 てっきり胡桃沢さんがナンパされると思ってたのに……、それが俺になるとは思わなかった。あのカッコいいセリフ……、俺も言いたかったよ……! 俺の彼女だ!みたいなセリフを……。なんで、あの先輩たち俺に声をかけたんだよ!!


「よしよし……」

「…………」


 それより今頃……晶は何をしてるんだろう。

 先から全然見えないし、一人で大丈夫かな。


「朝陽くん? どうしたの?」


 大きい目でこっちを見つめる胡桃沢さん、首を傾げて俺と目を合わせていた。


「ううん……。いや、なんでもない。ちょっと人の前に出るのが慣れていないっていうか……。それより雪乃は接客上手いね……」

「私はなんでもできる女だから! ふふっ!」

「何その顔……可愛いけど?」

「へへっ。だから、もうちょっと頑張ろう!」

「うん……」


 まだ仕事が残ってるから、晶のことを考える暇はなかった。

 今は目の前の胡桃沢さんに集中するだけ。

 そして……、先から注文多すぎるだろ!


「はいはい! 今行きます!」

「朝陽くん、これ!」

「はい!」

「これも!」

「はい!!」

「宮下くん!」

「はいはい!!!!」


 なんで、こんなに人が多いんだ?


 ……


 人けのないところでこっそり休憩を取っている。

 暑いし……、喉渇いた。早くあの場所から逃げたくて、お茶を持ってくるのをうっかりしてしまった。今更、戻るのも面倒くさいし……後で自販機のところに行ってみようかな……。


「ここにいたんだ」

「雪乃……?」

「どうして教室に戻ってこないの? みんなそこにいるのに……」

「今日は接客で疲れたし、人が集まってるところは暑いからね」

「そう? じゃあ、私もここがいい」

「うん……」


 そしてそばからお茶を飲む胡桃沢さんが、飲みかけのお茶を俺に渡してくれた。


「はい。朝陽くんも喉渇いたよね? 先から全然飲んでないから」

「うん……」


 間接キス……。でも、すでにキスをしたからこれくらいはいいと思う。

 別に……恥ずかしいことじゃないから。めっちゃドキドキしてるけど……、恥ずかしいことじゃないからな……。


「疲れたぁ……。イチャイチャしたいのにぃ」

「そうだ。これを委員長に提案したのは雪乃って言われたけど?」

「あっ! 私もこんなにたくさん来るとは思わなかったから……、むっ! なでなでして!」


 うわ……、話題を変えた。


「はいはい」


 誰もいない階段で、胡桃沢さんの頭を撫でる。

 教室から離れたこの場所は人の声が聞こえないほど静かだった。


「ううん……」

「疲れた?」

「うん……」

「一緒に文化祭を回るって約束は?」

「もうちょっと……時間をください……」

「うん」


 やはり疲れたよな……。

 しばらくそのままじっとする二人だった。


「ひひっ、朝陽くん好き」

「いきなり…………」

「ふふっ」


 そして上の階で、誰かが二人の後ろ姿を見つめていた。


「…………」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る