51 そして日曜日⑤

 いつ起きたんだ……?

 いや……、俺が気づいていなかっただけか……。後ろから急に声をかけられてびっくりした。別に悪いことをしてるわけじゃないのに……、どうしてこんなに慌ててるんだろう……。これは人の卒アルを勝手に見ようとした罰かな……?


 …………冷や汗をかく。


「ごめんね……。いきなり声をかけて……」

「ううん……。ごめん。起こしてあげたかったけど、疲れてるように見えてさ。本でも読もうかなと思って」

「ふーん。それで卒アル?」

「あっ、うん……。見慣れた色だったから」

「そうだよね? 〇〇中学校の卒アルだから……」

「じゃあ……ゆきっ———」


 あれ……? ん????

 そのまま本棚に押し付けられて、胡桃沢さんにキスをされる俺だった。どうしていきなりキスを……? しかも、普段より激しくて体に力が抜けてしまう。つま先立ちでキスをする胡桃沢さんは俺の体をギュッと抱きしめていた。俺が逃げないように、離れないように……、体をくっつけて手を使うのもできない状態になった。


「はあ……、あ…ゆ、雪乃? はあ……」


 息が詰まる。

 俺は考える暇もなく、床に座り込んで胡桃沢さんと目を合わせていた。


「…………」


 でも、胡桃沢さんは俺の話に答えてくれないまま……再びキスをする。

 俺……、もしかして胡桃沢さんを怒らせてしまったのか……? 普段ならここで終わるはずなのに、どうして今はこんなに激しく……。まるで、胡桃沢さんに食べられているような感覚。そして胡桃沢さんの中はとても温かくて……、どんどん人を狂わせるような気がした。


「はあ……」

「卒アルは見ないで」

「えっ……? ど、どうして?」

「人に見せたいものじゃないから……」

「そっか……、ごめんね。勝手なことをして」

「ううん……。私こそ、いきなりキスしてごめんね」

「いや……、そんなことない」

「でも、ドキッとしたよね? 私にキスされて」

「ち、違う……! ドキッとしてない!」

「そうかな……? ふふっ」


 彼女とキスをする時に軽く唇を噛まれて、それがすごく恥ずかしかった。

 胡桃沢さんはこんなの上手いから……、下手くその俺にはその一つ一つが刺激的でたまらないことだった。やっぱり卒アルを勝手に見ようとしたことで怒られたのか。まあ、誰にも他人に見せたくない過去ってあるし……。俺だって、あの時のことはあんまり思い出したくないから……、分からないとは言えない。


「あの〜。そろそろ入ってもいいですかぁ〜」

「えっ……! お、お母さん? いつからそこに!」

「えっと……、宮下くんがエロい声で……雪乃って呼んだ時からかな……? ごめんね。夕飯ができたよって言うつもりだったのに、二人とも……激しく……キスをしていたから邪魔するのもあれだし……」

「お! お母さん!!!! そこにいたら声かけてよ!!!!」


 小さい声で話す莉子さんと、顔を赤めて声を上げる胡桃沢さん。

 俺は何も言わずにじっとしていた。


 あ、まさか……莉子さんにバレるなんて。

 めっちゃ恥ずかしくて、もうここに来られない……。


「あら……、ごめんね。だって、雪乃ちゃんがあんなに積極的に……。若いっていいよね〜」

「お、お母さん!! 大嫌い!」

「あら……、嫌われた。じゃあ、冷静を取り戻したらご飯食べに来てね?」

「…………」

「…………」


 扉を閉じる莉子さん、そして部屋の中に残された二人。

 静まり返るこの場所で俺たちは何も言えないままじっとする。


「あ、朝陽くんのせいだよ! お、お母さんにバレたじゃん!」

「えっ……? キスをしたのは雪乃の方なのに……?」

「知らない! これは全部朝陽くんが悪いんだから! 謝って!」

「ご、ごめんなさい……」

「よろしい! 次はちゃんと注意してね!」

「は、はい…………」


 すべては俺のせいになって、胡桃沢さんに謝る。

 俺は何もしてないけど、一応俺が謝らないといけないのが普通になってしまった。


 ……


 胡桃沢さんとキスをするのを莉子さんにバレて、食卓で顔を上げるのができない。

 恥ずかしすぎて何も言えない。

 しかも、今夜はステーキ。一人暮らしの俺は絶対食べれない高級食材で作った高級料理……。一口食べただけで、「美味しい」が出てしまうほど、それはすごい味だった。一人暮らしの俺がこんな美味しいステーキを食べるなんて、莉子さんに感謝するべきだった。


 本当に、美味しい。


「どう? 口に合う? 宮下くん」

「は、はい! お、お、お……美味しいです」

「ふふっ、よかったね。そういえば、宮下くんの家はここからそんなに遠くなかったよね?」

「はい! そうですけど……」

「よかったら、また来てくれる?」

「い、いいですか?」

「もちろん! 宮下くんが来てくれたら、雪乃ちゃんも喜ぶからね」

「はい!」


 なんか、認められたような気がして心の底から「よっしゃ!」と叫ぶ俺だった。


「あっ、朝陽くん。水いる?」

「うん! ありがと!」

「うん!」


 鼻歌を歌う雪乃が棚からグラスを取り出す時、ステーキを食べていた莉子がちらっと朝陽の方を見る。


「あら、宮下くん。食べるの苦手だね? ソースついてるよ?」

「えっ……? す、すみません。こんな高級料理を食べるのは初めてで……」

「あははっ、そう? また作ってあげるから食べてくれる?」

「は、はい! お、お願いします!」


 向こうに座っていた莉子さんが……、親指で俺の唇を拭いてくれた。


「たまにはこんなことも悪くないと思う。みんなと一緒にご飯を食べるのはいいことだよね?」

「は、はい……」


 俺の唇を拭いた指は、なぜか莉子さんの口に入った。

 また……もやもやする。でも、俺は何も言えなかった。そのまま微笑む莉子さんと目を合わせるだけ、胡桃沢さんが水を持ってくれるのを待つだけ。なんだろう……。一体これは……なんだろう……? 分からない、俺の頭でどれだけ考えても結論を出せない状況だった。


「ふふっ」


 そして莉子さんは笑っていた。

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