44 イタズラ好きな胡桃沢さん

 俺が胡桃沢さんと付き合ってるのはほとんどの人が知っていた。

 もう隠す必要もないからみんなの前で堂々とくっつくようになったけど……、問題はくっつきすぎだ。手を繋いだり、一緒にお昼を食べたりするのは問題ない俺はそれだけで十分だと思っていた。でも、胡桃沢さんはそれだけじゃなかった。


 それで今は———。


「ねえ、朝陽くん。週末に予定とかあるの?」

「雪乃と……一緒に時間を過ごす予定……」

「よろしい! そして日曜日はお母さんが来るから、うちに行こう」

「うん、分かった。で、雪乃」

「うん?」

「そろそろ席に戻ってほしいけど……」

「私はここがいい!」

「そう言われても……、雪乃の席すぐ後ろじゃん」


 胡桃沢さんは俺の膝に座ったまま話していた。

 普段なら家でしかしないはずの胡桃沢さんが、今はみんなの前ですごく恥ずかしいことをしている。恋人同士でやるべきことを……。いや、一応俺たち恋人だけど、それでも学校でこんなことをするのはやめてほしかった。


 彼女は気にしないけど、今周りの人たちにめっちゃ見られている。

 みんな胡桃沢さんのこと気になるからな……。

 昨日、席を替えてすぐ後ろが胡桃沢さんの席だった。なのに、どうして俺の膝に座るんだろう……。たまには女子のことがよく分からなくなる。でも、当然か。俺には普通だったことが胡桃沢さんには普通じゃないから……。ため口とか、下の名前で呼ぶこととか……。まだまだ、分からないことばかりだった。


「私、重い?」

「べ、別に重くないけど……。ちょっと恥ずかしいから」

「いいじゃん。彼女だし〜」


 本当に周りの視線など気にしてないな……。


「私ね、実は学校でこんなことしたかったの。そして後ろから抱きしめられるのも少し期待してる……」

「雪乃……、教室でそんなことしたら先生に怒られるよ?」

「チッ……。ねえねえ……、この動画見てみ!」

「うん?」


 スマホをいじっていた胡桃沢さんが微笑む、彼女が俺に見せてくれたのはめっちゃ太った猫があくびをする動画だった。とはいえ、ここじゃよく見えないからさりげなく彼女の肩にあごを乗せた。とても近い二人の距離……。そして全然気づかなかったけど、いつの間にか俺が胡桃沢さんを抱きしめてるような姿勢になっていた。


 胡桃沢さんの小さい体を……。

 我慢するのだ。朝陽。


「可愛いよね?」

「へえ……。ゆ、雪乃は猫好きだった?」

「うん! 一番好きなのは朝陽くんで、その次が猫だよ!」

「俺のことは言わなくても……」

「ふふっ、照れてる? ねえ、照れてるの?」


 片手で俺の頬をつねる胡桃沢さんがくすくすと笑っていた。


「二人とも! くっつきすぎ!」

「えっ!?」


 そして顔を赤める委員長が声を上げた。


「委員長だ!」

「雪乃ちゃん! く、くっつきすぎだから……! 宮下くんから離れて!」

「え……、いいじゃん! 委員長のケチ!」

「うっ……」


 あっ……、そう。

 委員長ってクラスの男たちにはすごく厳しいけど、胡桃沢さんにだけ優しい言い方で話すからな……。今まで胡桃沢さんが他の男とイチャイチャしてなかったから、あんまり言われてないと思うけど、最近けっこう言われてるような気がする。これはいわゆるファンってことだな。


「教室でいやらしい行為は禁止だよ! 宮下くん!」

「雪乃……、聞いたよね? 委員長がこんなことダメだって」

「ううん……。休み時間だからいいんじゃね? ねえ……委員長〜」

「くっ……! とにかく! 宮下くん!」


 いや……、委員長に話したのは俺じゃなくて胡桃沢さんだけど……。

 どうしてこっちを見てるんだろう……。


「えっと……。俺、何も言ってないんですけど……?」

「だから! 教室でそんなことしないで!」

「…………しないで!」


 なんで胡桃沢さんが委員長の真似をするんだろう……?


「悪いのは宮下くんだから! ちゃんと……! 注意して!」

「…………して!」

「は、はい……。すみません」

「よろしい!」

「…………よろしい!」


 それ胡桃沢さんの言い方じゃん……。


 考えるのを諦めた朝陽、そして二人の間でくすくすと笑う雪乃だった。


「一言言われちゃった!」

「だから、教室でくっつくのはよくないってそんなに言ったのに……」

「聞こえません〜。私は彼氏のそばにいたいんですぅ〜」

「その気持ちは分かるけど……、先委員長に怒られたよ? 俺だけ……俺だけ」

「へへっ。委員長、私には甘いからね〜」

「どうして……」

「そんなに落ち込まないでよ。朝陽くんには私が毎日甘えてるからいいじゃん———!」


 委員長に「そんなことしないで」って言われたばかりなのに、すぐ胡桃沢さんに抱きしめられる俺だった。なんか、いろんな意味でごめんなさい委員長。校則を守りたい気持ちは俺もちゃんと分かってるけど、胡桃沢さんがそうさせないのは仕方がないことだから……。不可抗力です。


「あ……、あ……、羨ましいな」

「雪乃ちゃんはどうして宮下と付き合ってるんだろう……」


 イチャイチャする二人を、クラスの男たちが見つめていた。


「あっ、清水じゃん」

「お、おう」

「お前、宮下と仲良いよな?」

「そうだけど……?」

「あの二人、どう思う?」

「うん……。どうかな」

「え……。なんだ。その反応は」

「まあ、どうでもいい」


 そして二人の方をちらっと見る晶だった。

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