42 もやもや②

 キスのやり方……よく分からないけど、それでも頑張っていた。

 俺は……。映画やドラマでしか見たことないそんな恥ずかしくて気持ちいいキスを……、今胡桃沢さんとやっている。最初は床に手を置いたまま唇を重ねるだけだったのに……、いつの間にか胡桃沢さんの体を抱きしめていた。


「…………」


 彼女の中は……こんなに温かいんだ。

 その感触と温もりがとてもエロい……。いくら胡桃沢さんに「キスして」って言われても、俺はこの恥ずかしい状況に耐えられなかった。息をするための三秒、お互いの顔を見つめるその短い時間……。恥ずかしすぎて、胡桃沢さんから顔を逸らしてしまった。俺は下手くそだからよく分からないけど、胡桃沢さんは勉強もキスもすごく上手い……。だから、そこを胡桃沢さんにバレたくなかった。


「うん? どうしたの?」

「い、いいえ……。こ、これでいいんじゃないかなと思って……」

「誰がそう言ったの?」

「えっ……、えっと……すみません」

「今日は私がやりたいことをやるから……、文句ないよね?」

「あ、ありません……」


 距離を置きたいのに、胡桃沢さんが俺の膝に座ってる……。

 まさか、またキスをするつもりか……?


「じゃあ、じっとして」

「は、はい……」


 早く、冷めないうちに食べないと……。

 でも、食べられるのは夕飯じゃなくて俺だった。


「…………っ」


 床に倒れて……、胡桃沢さんとキスをした。

 今度は俺がやられる方……。床に落ちる胡桃沢さんの黒くて長い髪の毛が、耳元と頬に触れてすごくいい匂いがした。彼女とキスをしながら他の人を思い出すのは良くないと思うけど、それでも……小林さんとやった時とは全然違って……すごく気持ちいい。好きな人とキスをするのはこんなに気持ちいいんだ……。


 顔が熱くなって、体もどんどん熱くなるような気がする。

 なんか……、他の意味で限界だった。


「はあっ」

「…………」

「どう?」

「…………どうって?」

「気持ちよかった?」

「は、はい……」

「私とキスをするのは好き……?」


 なんで、そんなことを聞くんだ……。

 胡桃沢さん、わざわざ俺に恥ずかしい言葉を言わせるつもりなのか……!


「は、はい……」

「先からずっと心臓がうるさかったからね?」

「はあっ! そ、そうでしたか! えっと……、ドキドキして……ちょっと」

「うん……。私の鼓動も伝わったのかな……? 私もすっごくドキドキしたよ?」


 体を抱きしめる胡桃沢さんが微笑んでいた。

 温かくて柔らかい感触が伝わって、すごく落ち着く……。これが安心するってことか? 俺もこっそり彼女の体を抱きしめた。今は「ごめんなさい」しか言えない俺だけど、胡桃沢さんと一緒にいるためならなんでもする……。俺も胡桃沢さんから絶対離れたくなかった。今のまま……、ずっと胡桃沢さんといい思い出を作りたい。


 それだけ。


 ぐうぅぅぅ———。


「朝陽くん、お腹から恥ずかしい音がしたよ〜」

「……す、すみません。お腹空いてて……」

「ねえ……、朝陽くん」

「はい?」

「朝陽くんは……ずっと私のそばにいてほしい。何があっても私のことを信じて、私の言う通りにするのよ……。分かった?」

「は、はい……。俺も胡桃沢さんが大好きだから……、そばで胡桃沢さんのその笑顔が見たいんです」

「うっ……。恥ずかしい」

「自分から言っておいて……今更?」

「うるさい! 夕飯食べよう!」

「は、はい……」


 ……


 てか、今日も胡桃沢さん……うちに泊まる予定なのか?

 まだ聞いてないけど、さりげなくお風呂に入ったのは……多分うちに泊まるつもりだよな。それより一緒にご飯を食べて、二人っきりの家でキスをするなんて……。いけない、口の中にまだ胡桃沢さんの味が残ってるような気がする……。変態か、一体何を考えてるんだ俺は……?


 洗い物を終わらせた後、お風呂から上がる胡桃沢さんのためにココアを作る。

 テーブルにおいて、この前に買ってきたクッキーも用意した。


「気持ちいい〜」

「…………あの、胡桃沢さん……?」

「うん?」

「それ……、俺のパジャマですけど?」

「私、パジャマ持ってないから借りたよ!」


 堂々と話すのはいいけど……、またズボンを忘れたのか……!

 ううん……。うちに泊まる日が増えるのは構わないけど、ずっとその格好じゃ俺も困るからな……。暇あったら、胡桃沢さんとパジャマを買いに……。ちょっと、俺今何を考えてたんだ……?


 落ち着け、宮下朝陽……。そんなことはよくないぞ。


「あっ、ココアの匂い! それにクッキーもある!」

「はい。ゆっくり食べてください」

「うん!」


 そしてそばからクッキーを食べる胡桃沢さんが、俺に声をかけた。


「ねえ……」

「はい。胡桃沢さん」

「私、朝陽くんには雪乃って呼ばれたい」

「えっ……? い、いきなり下の名前でですか?」

「うん。だって、朝陽くんは出会った時からずっと敬語だったよね? それに彼女にさんはちょっと……」


 下の名前で胡桃沢さんを呼ぶなんて……、そんなことできるわけねえだろ。

 今のままでいいんじゃないのかな…と思っても、やっぱり彼女にこんな言い方は悪いかもしれない……。とはいえ、俺にはこれが普通だったから……全然気づいていなかった。多分……、あの人のせいでずっと敬語のままだったと思う。


「雪乃って呼んでみ」

「……まだ、時間がかかります! ゆっくり……」

「呼んでみ」

「あの……、すぐそう呼ぶのはちょっと……」

「呼んでみ」


 何だろう。このわけ分からないプレッシャーは……。

 胡桃沢さんの目がこっちを見ていた。


「…………」

「呼んでみ」

「…………ゆ、雪乃……」

「そう。私は朝陽くんの彼女だから、雪乃って呼んでほしい」

「…………はい」

「ふふっ」


 そう言ってからこっそり手を握る胡桃沢さん。


「それと、私なでなで大好きだから……忘れないでね?」

「は、はい……」


 自分の頭に俺の手を乗せた。


「もちろん、朝陽くんも大好きっ♡」


 幸せだ。

 それしか言えない。

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