41 もやもや
なんか、いい匂いがする……。
俺はまた気絶してしまったのか……? 先まで……。そう、先まで……!
「あっ!」
すぐ体を起こした俺は、小林さんとあったことを思い出す。
それより……、小林さんと何を……? やばい雰囲気だったのは覚えてるけど、その後は思い出せない。ベッドで……下着姿の小林さんが俺を抱きしめて……、そのまま意識を失ってしまった。まさか、気絶している間に小林さんとあんなことを……。
「…………」
息が詰まるほど、緊張していた。
いや……、そんなことねえだろ。
そして、居間から聞こえる包丁の音にビクッとする……。
そこにはエプロン姿をしている胡桃沢さんが、夕飯の準備をしていた。この状況は何だろう? 夢と現実の見分けがつかないほど、疲れたのか……。先まで小林さんがここにいたはずなのに、どうして今は胡桃沢さんがいるんだ……?
確かに……、小林さんと一緒にいたはず……。
「あっ……! 起きたの?」
「は、はい……。こ、こんばんは……」
それに……いつの間にかパジャマを着ている。
制服じゃないんだ。
一線を越えたその行為にあまりにもショックを受け、何も考えたくなかった。いっそ、そのすべてが夢だった方がいいと……。現実から逃げて、目の前の胡桃沢さんに集中したかった。俺がやったことは胡桃沢さんに絶対許されないことだったから。
悩んでいた。
「朝陽くん……?」
「は、はい?」
「今日は急に鍋料理が食べたくて……、勝手に食材を買ってきたけど……。朝陽くん鍋料理好き?」
「は、はい! 好きです!」
「遅くなってごめんね……。家のことで……」
「いいえ。大丈夫です」
何もなかったようなその顔……、それは本当に夢だったのか……?
よく分からなかった……。否定したいのに、否定できないこの感覚……。その気持ち悪い感覚がずっと体に残っていた。やっぱり、無視できないよな……。どうやって今の状況になったのか気になる。
それを俺が聞いてもいいのか……。
「ねえねえ……、朝陽くん! こっち来て!」
「はい!」
キッチンで俺を呼ぶ胡桃沢さん。
そして何も言わずにぎゅっと抱きしめてくれた。
「ど、どうしましたか……?」
「…………」
と、胡桃沢さんに聞いても黙々と俺を抱きしめるだけだった。
そのまま夕飯を食べる時まで……胡桃沢さんは何も話さず、俺のそばでじっとしていた。俺もバカじゃないから、今の空気を読んでいる。それにご飯を食べる前……、鏡の前で体を確認したから。やはり……、それは夢なんかじゃなかったんだ。小林さんが残した数多い傷痕は、言い訳すらできないほど俺の体を汚していた。
この息苦しい雰囲気は俺も嫌だから……。
もし、彼女に振られることがあっても今は素直に話すべきだと思っていた。とはいえ、俺は何もしてないのに……、本当に何もしてないのに……。こんな心配をしている俺が嫌だった。本当に馬鹿馬鹿しい。
「あの……胡桃沢さん」
「うん?」
「す、すみません……」
「何が……?」
「じ、実は……」
「私が来る前に、何かあったよね?」
「し、知ってましたか?」
「うん。ここに来る前にあの人と話したから」
なら、全部知ってるってことか……。
「なのに……、どうして一緒に夕飯を食べるんですか? 普通は怒るはずなのに、どうして胡桃沢さんは何もなかったように……。普段と同じことをしてるんですか?」
「怒って何が変わるの……? 何も変わらない……。だから、口に出せなかったよ」
「はい……」
「じゃあ……、私が一つ聞いていい?」
「はい?」
「朝陽くんはあの人と過ごした時間……、楽しかった? 一応……風邪ひくかもしれないからパジャマを着せてあげたけど、随分楽しんだような気がしてね……」
「いいえ……。いいえ…………」
また思い出してしまった。
いっそ、夢だった方が良かったかもしれない。
悪い夢を見ていたって———。
「…………っ」
それはほんの一瞬だった。そばからあごを持ち上げる胡桃沢さんにキスをされたのは……。
俺は何もできず、そのまま床に倒れてしまった。
「…………胡桃沢さん……」
「私は……朝陽くんがいないとダメ」
「…………」
「そして、朝陽くんも私がいないとダメだよね……? キス…、初めてやってみた」
「…………あ、はい。胡桃沢さんがいないと……、俺もダメです」
「ずっとそばにいたい……。私にとって朝陽くんは誰よりも大切な人だから……」
俺は胡桃沢さんを裏切ったのに……、胡桃沢さんはこんな俺を大切な人って言ってくれた。情けない俺に胡桃沢さんはずっと優しくしてくれてる……。許せないことをやらかしたのに、それでも笑ってくれた。あの人とは違って……、俺のことを慰めてくれた……。こんな……、大切な胡桃沢さんを俺は失いたくなかった。
胡桃沢さんがいないと……、ダメ。
本当に好きな人……。
「私もバカじゃないから……、浮気じゃないってことくらいは知っている。だから、そんなに緊張しないで……。今日あったのは忘れて、あの人が悪いんだから……」
「…………」
「もちろん、知っていても許せない……。私の彼氏だから……」
「は、はい……。すみません、次はちゃんと注意します……」
「ねえ……、私まだ怒ってるけど……!」
「あっ、あの……どうしたら……」
「唇!」
人差し指で俺の唇をぎゅっと押した胡桃沢さんが微笑む。
「えっ! 俺……そんなの初めてだから、ちょっと……時間をください」
「いいじゃん……。先、私とキスしたじゃん!」
「…………」
「彼女が夕飯も作ったのに、彼氏はキスもしてくれないんだ……」
「いいえ……! やります! や、やります……」
「うん! それに抱きしめてなでなでしてほしい」
「は、はい!」
すぐ体を起こして、胡桃沢さんを抱きしめた。
まだ緊張してるけど、彼女の頭を撫でながら彼女という存在に癒される俺だった。
「…………好き♡」
「俺も……好きです」
「キスして……」
そして俺の目の前には目を閉じている胡桃沢さんがいた。
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