39 不意打ち②

 あれ……? 俺……気絶していたのか……?

 確かに、小林さんがうちに来て……彼女と挨拶をしたことまでは覚えてるけど、その後はどうなったんだろう? 分からない。今は何も見えないし……、ここがどこなのかすら俺は分からなかった。


 扉を開けた時、何かに触れたような気がした。

 それがなんなのか、俺にはよく分からなかったけど、多分……それに触れてから気絶したと思う。もしかして、小林さんに何かをされたのか……? まさか……、いくら小林さんだとしてもそんなことはやらないと思っていた。


 なら、今の状況はなんだ……?


「……っ」


 でも、一つだけ……、誰かの温もりが感じられた。


「あ……、起きた?」

「この……声は?」

「やっと、二人っきりになったよね? 宮下くん……」


 マジか……、どうして小林さんがここにいるんだ……?

 目を覆われて何も見えなかったけど、この声は小林さんの声だった。なら、今は危険な状態に陥ったんじゃ……? それより体が動かない。テープに手足が縛られて、何もできなかった。


「あ……、あの……」

「うん?」

「どうして……、こんなことを……?」

「どうしてって……、私……ずっと宮下くんにいラ○ンをしたよね? でも、全部無視して……」

「それは……」

「私を傷つけたのは宮下くんだよ……? ずっとずっとずっとずっと……、待っていたのに……」


 やはり、これは全部小林さんの仕業だったのか?

 こんな、犯罪に近いことを……。


「うっ…………」

「言い訳は聞きたくない。だから……、今日は私と二人っきり……楽しい時間を過ごすのよ……」

「俺には……」

「何? 彼女がいるって言いたい?」

「…………」


 片手で首を絞める小林さん、その声がどんどん低くなっていた。


「ねえ……、あの女とやったよね?」

「…………けほっ!」

「宮下くんの部屋で……、胡桃沢雪乃の匂いがする……。あの女の甘い匂いが……宮下くんの部屋に広がってる……。どうして……、私のいないところで二人っきりそんなことをするの……? ねえ!! どうして……?」


 今の小林さんは正気じゃない……。


「あの女じゃなくて、私と気持ちいいことをしよう……。宮下くん……」

「ま、待ってください。小林さん……! あの、まずはこのテープから外してくれませんか?」

「嫌だよ。私は今の宮下くんが好きだから……、私の前で何もできないその格好がとても可愛いから……。興奮しちゃうの……」

「…………」


 何も見えないけど、すぐ前に小林さんがいる……。

 体を起こしても真っ暗で……、これからどうすればいいのか分からなかった。

 そして俺のあごを持ち上げた小林さんが、反対側の指を口に入れる。


 いちかは親指で朝陽の舌を押していた。


「うっ……」

「舐めて……。そして今日から私が宮下くんの彼女になるからね……。あの女はもう忘れてほしい」

「…………」

「ねえ……、答えてよ! あの女と別れるって!!」

「…………こ、こばやひ……さん」

「うん」

「や、やめてください……」


 胡桃沢さんを裏切ることなんて、そんなこと俺にできるわけない。

 俺は……胡桃沢さんの彼氏だから。


「宮下くんは胡桃沢雪乃の彼氏だよね? なのにこんな状況で私に欲情するの……? あはははっ。これを胡桃沢雪乃が見たらどんな反応をするのかな……? 楽しみだよね? 動画を撮るからじっとして〜」

「あっ……、こ、小林さん!!」


 ズボンを脱がす小林さんに、全部見えてしまう状況……。

 クッソ! 手足が動かないから抵抗すらできない。最初からこうするつもりだったのか? 小林さん……どうしてこんなことを……? 知ってるはずなのに……、こんなことをしても何も変わらないって知ってるはずなのに……。どうして。


「はい〜。こっち見て!」

「…………」

「彼女がいるクラスの男子が他の女の子に欲情してます〜♪」

「…………や、やめてください」

「だから……、私の言う通りにしてよ。それだけでいいから」

「…………」


 答えられない。


「やりたくない……?」


 ため息をつく小林さんは持っていたスマホを床に投げ出した。

 

「うっ……」

「…………」

「はあ……」


 すぐ、見えないところで彼女にキスをされる。


「うっ……」

「好きだよ……。ずっと、宮下くんと出会ったあの時から……ずっと好きだった。私の虚しい心を満たしてくれる人だから……、私……宮下くんだけは誰にも取られたくない……。取られるのが怖い」

「……どうして、そんなことを……。俺には胡桃沢さんが……」

「じゃあ……、どうしてあの時…私に優しくしてくれたの……? 無視してもいいのに……。私は女の子が苦手なところが……、優しいところがすごく好きだったよ? 宮下くんはあの人たちとは違うから……! 私には優しい人だったから! 私はずっとそんな宮下くんを……見ていたのに……」


 話も終わってないのに、キスをする小林さんだった。

 彼女でもない女子と……二度目のキス。

 その気持ちが分からないとは言えないけど……、それでも今の行為は犯罪だった。


「……っ」

「私の方が……もっと上手いよ? あの女より……、上手いから……」

「…………」


 何を言っても聞いてくれないし、ずっと小林さんの一方的な話を聞きながらキスをしていた。こんなこと、生まれてから初めてだった。同じ場所で何度もキスをしたのは……初めてだった。小林さんの中は温かくて……、涙が出るほど心が痛い。


「ねえ……、気持ちいいでしょ?」

「…………」


 息ができない、つらい。

 胡桃沢さんを裏切ってしまったことに……、言い訳すらできないことに……、情けなくてこんな俺が嫌になる。


 ベッドに倒れたまま、小林さんが俺の上に乗っていた。

 そして服を脱ぐ音が聞こえる。


「あの女とやったことを、私にもやってほしい」

「…………」

「宮下くんはどこにも行けない……、ここで私の言う通りにするのよ。そしてその罪悪感をちゃんと覚えてて……。今日あの胡桃沢雪乃を裏切ったのは……一生忘れないよね?」

「…………っ」

「好きだよ……。宮下くん♡」

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