38 不意打ち

「クッソ……! 胡桃沢雪乃、見せつけるようにイチャイチャしやがって……。元々私と付き合うはずだった! 宮下くんは私と付き合うはずだったよ……!!」


 便器に座って独り言を言ういちかはスマホを取り出して、朝陽の写真を見つめる。

 ぼとぼと……、スマホの液晶に落ちる涙。

 

「どうして……、私に優しくしてくれたの……? ラ○ンも無視して、毎回誘っても無視して……、そんなの……つらい……。つらいよ……宮下くん。女の子を弄ぶのはダメだよ……。ねえ、私は……一緒に…楽しいことをしたかっただけなのに。どうして? どうして私はダメなの? 私のことを大事にしないと、そのうち天罰が下るから……」


 朝陽にラ○ンを送るいちか、彼女は涙を流しながら笑っていた。


 ……


「嫌だぁ———!」

「え……、それは仕方がないことですよ」

「私も…し、知ってるけど……。でも……、一緒にいたいから……!」


 午後の休み時間、胡桃沢さんが小さい拳で俺の背中を叩く。

 今日もうちで二人っきりの時間を過ごす予定だったけど、あいにく胡桃沢さんはお母さんに何かを言われたらしい。普段なら「すぐ戻って来るから、家で待ってて!」と言うはずだったのに、今日は家のことであの胡桃沢さんもためらっていた。


「今日じゃなくても……、時間はありますから」

「ううっ……。はあ……、仕方がないよね。じゃあ、私欲しい物がある!」

「えっ……、欲しい物?」

「うん!」

「なんですか?」

「私、朝陽くんの家の鍵が欲しい!」

「家の鍵……? うちの鍵?」

「うん! 鍵!」


 うちの鍵かぁ……。

 それ、お母さんも持ってないのに胡桃沢さんに渡してもいいのかな。

 目の前ですごく期待してるその顔を見て、少し悩んでいた。

 正直、鍵を渡す行為は胡桃沢さんと同居するのを俺が認めることだったから……素直に渡すのができなかった。でも、胡桃沢さんとあんなことまでやっちゃったから渡さないのもあれだし……。記憶にはないけど、証拠がちゃんと残っていて……逃げ道はなかった。これをどうしたらいいんだ……?


 それに胡桃沢さんが可愛い顔で「欲しい」って言ってるから断りづらい。

 彼女だから渡してもいいと思うけど、渡した後に何が起こるのか分からないからそれが怖くなる。頭の中では「彼女だからさっさと渡せ!」を言う俺と「二人はまだ高校生だから、ちゃんと考えてみて!」を言う俺が言い争っていた。


 そして雪乃の前でぼーっとする朝陽。


「ダメなの……? 鍵……欲しいのに……」


 しょぼん……。


「俺は……、ずっと家にいますよ? ベルを押すと……すぐドア開けるから鍵はいらないんじゃ……?」

「ねえ、鍵を渡せない理由とかあるの……?」


 ビクッとした。


「いいえ……。特に……ありませんけど……」

「ねえ……、私は朝陽くんの彼女だから彼氏の家に行くのは当然だよね? そうだよね?」

「はい。その通りです」

「そして、私が行きたい時に行くのも当然なことだよね? うん?」

「……は、はい。そうです」

「だから、鍵をもらうのも当然だと思う! だって、私は朝陽くんの彼女だから!」

「…………」


 ??????????

 ??????????


 よく分からないけど、論理的には完璧だと思う胡桃沢さんだった。

 どうすれば、そうなる……?

 一応……全然理解していないけど、理解したふりをする。


「……何? その理解できてないって顔は……」


 目を細めて俺の頬をつねる胡桃沢さん。


「な、なんでもないです……。わ、分かりましたぁ……」

「ふふっ」


 すると、微笑む胡桃沢さんが俺に手のひらを見せる。

 仕方がなく……、持っていたサブキーを彼女に渡した。これは、最初から悩む必要もないことだと思う。どうせ、胡桃沢さんの話通りになるから……、彼女は俺が渡すのを前提で話していた……。


「よろしい! そして、今日行く時にはちゃんと連絡するからね!」

「は、はい……」

「この鍵は私の宝物にする……」

「いいえ。そこまで大事にしなくても……」

「ふふっ。好き!」

「うっ……、ずるいです」


 いきなりそんなことを言われると何も言えなくなる俺だった。


 ……


 帰り道は一緒だったけど、胡桃沢さんがすぐ家に帰るのは久しぶりだった。

 一人になるのは何年ぶりだろうと思ってしまうほど、最近は胡桃沢さんとずっと一緒だったから……。たまにはこの自由を味わうのも悪くはないと思っていた。どうせ明日になると、いつものようにくっついてくるはずだからな。


「おっ! まだ残ってる!」


 冷蔵庫を開けて、胡桃沢さんがいない時に食べようとした冷凍チャーハンとコーラを取り出す。二人っきりの時はいつも料理をするから、たまにはインスタンスが食べたくなる……。この味も懐かしくなるほど……、インスタントを食べていなかった。


 もぐもぐ。


「胡桃沢さん……今頃、何をしてるんだろう……」


 自由を味わうのはいいけど、いきなり一人になるとなぜか寂しくなってしまう。

 人間はそんな生き物だよな……。


 ピン〜ポン〜。


「あれ? 誰だろう……?」


 胡桃沢さんからまだ連絡が来てない、それにいきなり晶が来るわけもないし……。


「誰ですか?」


 と、声をかけても返事は来なかった。


「うん……?」


 間違って押したのか……? ちょっと気になってしまう。

 無視してもいいことなのに、余計なことが気になっちゃう俺ってやつ……。


 念の為、扉を開けてみる。

 すると、その前には見慣れた人が立っていた。


「あれ……? こ、小林さん……?」

「見つけた……宮下くん♡」

「えっ……?」

「遊ぼう♡」

「うっ———」


 あれ……? 体に力が……。


 ———あの時、俺はとんでもない人を家に入れてしまった。


「…………」


 意識が……。


「遊ぼう…………♡」

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