七、二人っきり

37 目立つ二人

 テストが終わり、廊下の掲示板には成績上位者の順位が貼られていた。

 当たり前のように胡桃沢さんは一位を維持して、俺は彼女のおかげで五位まで成績を上げた。まずはお母さんのプレッシャーから解放されて楽になったけど、ずっと一位を維持できるなんて……本当にすごいな。


 本人はあんまり気にしてないけど、それでも胡桃沢さんはすごい。


「あっ、朝陽くん〜!」

「胡桃沢さん、来ましたか」

「どれどれ……。おっ! 私、そのままじゃん!」

「頑張りましたよね……。本当に胡桃沢さんには敵わないんです……」

「ふふっ、私の力を思い知れ!」

「なんですかその言い方……」

「ねえねえ……、せっかくだし。ご褒美ないの?」

「ご褒美ですか?」


 こくりこくりする胡桃沢さん、その目がなでなでしてほしいって言っている。

 本当に……。


「はいはい……。やりますから」

「へへっ、彼氏になでなでされるのは気持ちいいな〜」

「…………早く戻りましょう」

「うん」


 掲示板の前に人が集まっているのに、さりげなく手を繋ぐ胡桃沢さん。


 あの日……、俺は本当に胡桃沢さんとあんなことをやってしまったのか? 聞きたいのに、怖くなって聞くのができなかった。でも、胡桃沢さんの反応や使用済みのゴムまで……、証拠がちゃんとそこに残っていたから否定できない。俺は……知らないうちに胡桃沢さんと恥ずかしい行為をやってしまったのだ。


 そして首筋に残された赤い痕も……、まだ消えないままそこに残っている。


「ねえ、そろそろ文化祭だよね? なんか、ワクワクする!」

「へえ……、文化祭好きですか?」

「私は初めてだから、彼氏と一緒に回る文化祭」

「確かに……俺も彼女と回るのは初めてかもしれません」

「へへへっ、ワクワク!」


 腕をぎゅっと抱きしめる雪乃。

 二人の後ろ姿を見て、周りの人たちがザワザワし始める。


「あの二人……やっぱり付き合ってるよね?」

「どう見ても恋人じゃん……」

「私、この前に二人が一緒に帰るのも見たよ!」

「あ……羨ましいな」


 ……


 俺と胡桃沢さんはまだ付き合ってるって話したことがない。

 でも、二人の雰囲気を見ればすぐ分かってしまうから、少しずつ俺たちが付き合ってるって噂が校内に広がる。胡桃沢さんはそんなこと気になくてもいいって話したから、俺も普段と変わらないそんな学校生活をしていた。


 でも———。


「朝陽くん!」

「はい?」

「お昼食べよう!」

「は、はい!」


 お昼を食べる時も。


「朝陽くん!」

「はい?」

「移動教室! 一緒に行こう!」

「はい!」


 移動教室の時も……。


「どうかな! 朝陽くんみんなとバスケしてたから、こっそりジャージー着てみたけど! 似合う?」

「やっぱり大きいですね……」

「へへっ」


 そして体育授業の時も……そうだった。

 バスケをやっていた時はずっとベンチで眺めていたからあんまり気にしてなかったけど、終わるとすぐ声をかける胡桃沢さんだった。なんか、いつもそうやって声をかけてくるからめっちゃ可愛いし……。口に出せないけど、幸せだった。彼女がいるってこんな感じか……。もちろん、人たちの視線もすごく気になるけど、それは無視してもいいことだから……。今は彼女だけを見ている。


「ところで胡桃沢さん……」

「うん」

「そろそろ返してくださいよ〜。ジャージー」

「嫌です〜。これ、私の物だから! あははっ!」

「え……、子供じゃあるまいし」

「ひひっ、雪乃ちゃんは子供なんです〜」


 廊下にいる時も、教室にいる時も、胡桃沢さんは俺のそばにいてくれた。明るい声で抱きついたり、後ろからびっくりさせたり……、いわゆる青春って感じ……。あの人と付き合った時とは全然違うから、俺は胡桃沢さんのことがすごく好きだった。人を大事にするってこういうことかな……、どうしてあの時の俺はこんな感情を感じられなかったんだろう。


 たまに……一人の時間が欲しくなるけど、それでもこれは「愛」だよな?

 多分……。


「ねえ、雪乃ちゃん。ちょっと話があるけど」

「どうしたの?」

「あっち行こう!」

「うん! あっ、朝陽くん! 私ちょっと友達と話してくるから!」

「は、はい」


 ……


 女子たちが集まっている廊下側の席。


「なになに? 雪乃ちゃん! 彼氏? 彼氏なの?」

「うん! 彼氏!」

「へえ……、いきなり? ずっと断ってきたんじゃないの?」

「へへ……、好きな人がいるからずっと断ってきたの」

「恋をする雪乃ちゃん可愛い———! 私も雪乃ちゃんの恋人になりたい!」

「なんだよ〜。女の子と付き合うのはできませーん」

「あははっ」


 ざわざわする女子たちの後ろから、いちかが奥歯を食いしばる。

 彼女は二人が付き合ってるのをすでに知っていた。

 あの日から二人の雰囲気が変わったから、それに気づいたいちかが疑問を抱く。そしていつもと違う雪乃の振る舞いと朝陽の首に残されたわけ分からない傷痕。いちかは二人があんなことをしたかもしれないと一人で推理していた。


「どうして……、あんな女と付き合うの? 宮下くんには私がいるのに……、私がいるのに……信じられない」


 拳を握って、怒りを抑えるいちか。


「うん? いちか?」

「あっ、うん! ど、どうしたの?」

「先からぼーっとしてるから……、どうした?」

「ううん……。ね、寝不足かな?」


 苦笑して、すぐSNSの世界に逃げ込むいちかだった。


 〇〇さんがいいねしました。

 〇〇さんがあなたをフォローしました。

 〇〇さんがいいねしました。

 〇〇さんがいいねしました。

 〇〇さんがいいねしました。


 すると、最近減っているいいねの数と増えないフォローの数に気づく。


「欲しい。私も……欲しい……。宮下くんが欲しい……」


 我慢できず、小さい声で呟く。


「ねえ、聞いた? あの二人付き合ってるって」

「えっ?」

「宮下と雪乃のこと」

「うん……」

「でも、宮下って消極的だけど、けっこうイケメンだし。それよりあの雪乃が同級生と付き合うとは思わなかったよ」

「そ、そうだよね……」

「いいな。もし私が雪乃だったら、フォロワーも増えるかな?」

「…………ちょっと、トイレ行ってくる!」

「あっ、うん」


 教室を出る前に、いちかは晶と話している朝陽を見つめていた。


「…………」

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