36 逆転③

 深夜の三時、誰もが夢を見ているはずの時間。

 部屋から出てきた雪乃が、朝陽のそばに座る。


「…………朝陽くん?」


 小さい声で何度も彼の名前を呼んだ。

 でも、雪乃の声が聞こえないほど深い眠りに落ちた朝陽は、彼女の声に反応できずそのまま体の向きを変える。


「朝までそばにいてくれるって…言ったくせに、私から離れようとするなんて……」


 右手で朝陽の首筋を触ると、温かい彼の温もりが雪乃の指先に伝わる。

 そして、少しずつ雪乃の表情も変わっていく———。


「はあ……、はあ……。嘘つき……。ねえ、朝陽くん。お仕置きの時間だよ?」


 こっそり布団に潜り込んだ雪乃は、朝陽を襲う。

 どんな状況が起こっているのかすら気づいていない朝陽は、そのままずっと眠っていた。雪乃が自分の上に乗っていても、すやすやと寝ていた。


「私……、朝陽くんのこと大好きだから……。これも、これも……愛情表現の一つだよ? そして朝陽くんは私の物だから、許可などいらないよね?」


 着ていたTシャツを脱がした雪乃は肌の匂いを嗅ぐ。

 二人は同じ風呂に入ったから、肌と服には入浴剤の匂いが染み付いていた。


 真っ赤になった顔で朝陽にくっつく雪乃。

 その胸に頭を乗せて、しばらくじっとしていた。心臓のドキドキする音、肌のいい匂いと温もり……、そのすべてが雪乃を興奮させている。もう我慢できないほど、雪乃は朝陽を欲しがっていた。


「全部欲しい、私だけを見てほしい……。死ぬ時まで私のそばにいてほしい……」


 その寝顔を見て、雪乃はどうすればいいのかを考えていた。


「私の物……」


 手のひらでゆっくり朝陽の上半身を撫で回す雪乃が、その雰囲気に乗って彼にキスをした。恥ずかしい自覚はあったけど、それでも止まらなかった雪乃は朝陽の体を抱きしめてその首筋や頬などにキスをする。


「…………はあ」


 顔が真っ赤になってすごく気持ちいい雪乃だったけど……、ずっと何かが足りないと思っていた。今のは朝陽にキスをするだけで、自分の跡を残そうとしてもそれはすぐ消えてしまうことだから……。雪乃は消えない証を朝陽の体に残したかった。


「可愛い……、朝陽くん」


 すると、いい方法を思い出した雪乃がこっそり朝陽の首を吸う。

 真っ赤な証ができるまで……ずっとずっと、何度も彼の首を吸う雪乃だった。


「はあ……。うわぁ♡ 綺麗にできた♡」


 制服で隠せないところに真っ赤なキスマークをつける雪乃。

 そして、彼女はブラの中から四角形のビニルを取り出した。


「はあ……♡」


 止まらない雪乃の笑い、ずっと朝陽を見ていた雪乃はもう我慢できなくなる。

 それに尻の下から感じられる何かが雪乃の欲求をくすぐっていた。


「私の物……♡ 大好き♡」


 口でビニルを破る雪乃が、朝陽の耳元で囁く。


「ほら……、早く起きないと彼女に食べられちゃうよ……?」

「…………」

「ふふっ、忘れられない思い出を作ろう……。朝陽くん……。二人っきりの……。死ぬ時まで私の物でいてね♡」


 微笑む雪乃、目を閉じて静かに息を吐く。


「私には……朝陽くんしかいないから……っ♡」


 ……


 朝の六時、スマホのアラームが鳴る。

 なんか、悪い夢を見たような気がした……。

 それに眩しい日差しに目を開けるのができなくて、しばらく目を閉じたままじっとする。


「……重い……」


 暑いし……体も重い、なんだろう……?


「ううん……」


 すると、そばから女の子の声が聞こえた。

 まさか……胡桃沢さんなのか?


 俺は冷静を取り戻して、今の状況を把握する。

 昨日胡桃沢さんをベッドに寝かせて……、俺も居間で寝たはずだ。なのに、どうしてベッドで寝ているはずの胡桃沢さんが俺のそばにいるんだ……? 知らないうちに何か起こったのか? 胡桃沢さんを寝かせた後、俺もすぐ寝たから何もなかったはずなのに……、どうして?


「……ううん」


 なぜか、腕枕をしている。


「く、胡桃沢さん……?」

「朝陽くん……、おはよう。ううん……、眠い……」

「ね、ね……寝られなかったんですか?」

「ちょ、ちょっとね」


 目を開けたところには白色の下着をはいている胡桃沢さんがこっちを見ていた。

 それに目が合った……。

 もしかして……、俺たち一緒に寝たり……? そんなことをしたのか? いやいやいや……、俺は何もしていない。本当に何もしなかったはずだ……。


「朝陽くん。昨日……気持ちよかったよね……♡」


 すぐ枕に顔を埋める胡桃沢さん。

 気づいた時は俺も半裸になって、体のあちこちがすぎすぎした。


「えっ?」

「うん? 思い出せないの……? あんなに激しかったのに……」


 真っ赤になる彼女の顔に、俺は何を言えばいいのか分からなかった。


「へへっ、朝ハグ〜」


 頭が回らないほど強いショックを受けて、そのまま俺に抱きつく胡桃沢さんと寝床に倒れてしまった。それに朝だから……あいつが勝手に元気になる。でも、すでに頭が真っ白になった俺にはそんなことを気にする余裕はなかった。全然なかった。


「えっ……! 朝陽くん、朝から……?」

「えっ? い、いいえ……。は、離れてください! こ、これは誤解です!」


 俺はこの状況を受け入れられなかったから、すぐ体を起こしたけど……。

 胡桃沢さんの後ろには使用済みのあれをおいていた。

 使用済みの……。

 あれが……。


「…………ま、まだ時間あるからね。朝陽くんが欲しいって言うなら……わ、私も……嫌じゃないから……」

「えっ?」

「ううっ———。恥ずかしいこと言わせないで!」

「…………」


 あ、やっちゃった。

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