34 逆転

「あ……、あ……」


 まずい、どうしたらいいんだ……。

 電話の向こうにいるのが胡桃沢さんのお母さんだから言葉が出てこない。


「もしもし、宮下くん?」

「は、はい!」

「ねえねえ、宮下くんは雪乃ちゃんのこと大好き?」

「えっ? えっと……、そうですけど……」


 それから聞くんだぁ……。


「へえ……、いい時だね」

「…………あ、あの……胡桃沢さん今日ここに……」

「うん。聞いたよ」

「は、はい!」

「うちの娘は……中学生の頃から一人で家にいるのが嫌いって言ったからね? 普段は私が帰る時まで待っていたけど、今日は出張があって今ちょうどホテルにチェックインしたから、ここで雪乃ちゃんを安心させるのはできない。でも、宮下くんは雪乃ちゃんの彼氏だから……うちの娘、任せてもいいかな?」


 何かあったってわけか……。


 結局、オッケーってことじゃないかこれ……。

 その声はすごく優しかったけど、わけ分からないプレッシャーを感じる。声だけなのにどうして……、それに胡桃沢さんもうちに泊まりたいって顔をしてるから仕方がなく「はい」と答えるしかなかった。


「ふふっ。雪乃ちゃんのことよろしくね。宮下くん」

「は、はい……!」

「あっ、そう。これは心配になるから言っておきたいけど、雪乃ちゃんとやりたいならゴムはちゃんとつけてね。彼女のことを大事にすること! 分かった?」

「…………えっ?」

「うん?」


 ??????????

 ??????????


 今何を……? 聞き間違い? んなわけないな……。

 胡桃沢さんのことを大事にするのはともかく、胡桃沢さんのお母さんに一体何を言われたんだろう。正直、健全な高校生の俺にはすごいショックだった。これじゃ、まるで胡桃沢さんとあんななことやそんなことをやるかもしれないってことだろ。そんなことが起こらないように注意するのはいいことだと思うけど……。その……「ゴムはちゃんとつけて」は……、もし胡桃沢さんが許してくれたら胡桃沢さんのお母さんも別に気にしないってことかな……。


 いろいろ頭が複雑になる。


「宮下くん?」

「あっ、はい! すみません」

「うちの娘、大事にしてくれるよね?」

「は、はい! ま、任せてください!」

「いい彼氏ができてよかったね。雪乃ちゃん。そうそう、よかったら……! 今度雪乃ちゃんと一緒に来ない?」

「胡桃沢さんの家ですか?」

「そうだよ。宮下くんの顔が見たいから、暇あったら雪乃ちゃんと来てくれない?」

「はい。分かりました」

「うん。じゃあ、おやすみ。宮下くん」

「はい……」


 あっという間に胡桃沢さんのお母さんに許可を得てしまった。


「お母さんと何話したの?」


 シチューを作っていた胡桃沢さんが俺にくっつく。

 そして胡桃沢さんの「何話したの?」に顔が熱くなってしまう。胡桃沢さんもすごい人だけど、胡桃沢さんのお母さんもある意味ですごい人だった。でも、言われたことを素直に話したらまた変なことを言われるかもしれないし。恥ずかしいけど、それはなかったことにして今は夕飯を作ることに専念しよう。


「胡桃沢さんに許可を得ました」

「本当に? じゃあ、私今日朝陽くんのベッドで寝るぅ!」

「はいはい……」


 こういう時は本当に子供みたいだからな……。


「いただきます」

「いただきます〜」


 そういえば、俺はいつ彼女と離れたのかよく思い出せない。

 学校で授業を受ける時とか、家で寝る時など……そういう状況を除いたら、ほとんどの時間を胡桃沢さんと過ごしていた。二人っきり……みんなの知らないところでイチャイチャする時間……。そして夕飯を食べる時もそうだった。付き合う前には向こうに座って食べていたけど、付き合ってからは左手を使えないほど俺に体を寄せてくる胡桃沢さんだった。


 なぜか向こうではなく俺のそばにいる胡桃沢さん。


「美味しい?」

「はい! 胡桃沢さんの料理はすっごく美味しいです!」

「はあ……、好きっ!」

「うわっ……」


 抱きつく雪乃。


「くっつきすぎです……! 胡桃沢さん」

「これがいいの。だって彼氏だから……! 女の子がこうしたいのは当然だよね?」

「ですけど……」


 少食家の胡桃沢さんは食べ終わったらすぐ俺にくっつく。

 だから……、いつもテレビを見つめながら一人でご飯を食べる状況になる。もちろん、一緒にいるけど……。俺とくっついてスマホをいじったり、声をかけたりして、彼女はソファでやってもいいことを俺のそばでやっていた。たまには彼女の愛情表現がきついと思われる時もあるけど、好きだから…イチャイチャしたい気持ちも分からないとは言えなかった。


 箸を下ろして、テーブルを片付ける。


「そろそろ……」

「お風呂だよね!」


 なんで、テンションが上がる?


「お風呂♪ お風呂♪」

「じゃあ……、胡桃沢さんの着替えはすぐ用意しますから先に入ってください」

「えっ? 一緒じゃないの?」

「えっ?」


 ど、どこまで行くつもりですか……!

 そんなことできるわけないじゃないですか!と、言いたいのに……。堂々と聞いてくる胡桃沢さんに、顔が真っ赤になる。それに胡桃沢さんのお母さんに言われたことまで思い出して、頭の中にエッチなことしか入っていない俺だった……。落ち着け朝陽……、今日は彼女がうちに泊まることになったけど、泊まることといやらしいことをするのは別の話だから……。落ち着け……俺。


「一緒がいい! 一緒に入りたい!」

「…………」

「私のこと嫌い? 嫌いだから、断るの? 今は彼氏だし、別にいいじゃん!!」

「……俺はぁ……、そのぉ……、まだ洗い物が……。それに布団と着替えも用意しないといけないのでぇ……。先に入ってください……、お願いします……」

「…………うん」

「入浴剤もあるから、よかったら使ってください……」

「…………うん」


 しょぼん……。


 なんか、一気にテンションが下がったような……。

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