33 勉強会②

「ううん———。朝陽くんこっちこっち!」

「はいはい……。待ってください」


 すっかり慣れちゃったのか……、すぐソファに座る胡桃沢さんが隣席をポンポンと叩いた。それより……今日は一緒に勉強をするって言ったはずなのに、いつの間にか買い物をしてしまう俺たち。それに買ってきた食材を当たり前のように俺が冷蔵庫に入れている……。なんか…俺もこの状況に慣れた気がして、ちょっと怖かった。


 もしかして、今日も二人っきりで夕飯を食べるのかな……?


「おそ〜い」

「うわっ! び、びっくりさせないでください」

「ふふっ、びっくりしたの? ねえ……、早く片付けてよ。一緒に勉強しよう〜」


 後ろから抱きつく胡桃沢さんに、持っていたカップを落とすところだった。

 こんなこと別に嫌いじゃないけど、二人っきりの時はすごく無防備だから……。胡桃沢さんは恥ずかしいところが触れているのを全然気にしていなかった。いつも純粋な顔で笑っていて、むしろそういう話を口に出す俺が変な人になりそうな雰囲気だった。くっつくのはいいけど、たまにちょっとくっつきすぎだと思う。


「…………居間で待ってください」

「嫌です〜。このままがいいです〜」

「…………」


 お茶を淹れてから、やっと勉強をする二人。

 でも、胡桃沢さんは俺にくっついたまま勉強をしていた。それからおよそ2時間、ノートに何かを書いていた胡桃沢さんがあくびをしながら俺に寄りかかる。さすが、学年一位。普段から勉強をしていたからか、英語や数学など……難しい科目は勉強せず、暗記科目に集中していた。


「ううん……、つまんない……。ねえ、遊びたい〜」

「まだ……、こっちは終わってないんですけど……」

「何してるの……?」

「数学と……化学です」

「へえ……、それならすぐ終わるはずなのに……」

「胡桃沢さんは頭がいいからそうかもしれませんけど、俺には難しいんです……。そしてこの問題がよく分からなくて悩んでます」

「ふーん。どれどれ……」


 シャーペンを握っていた俺の手を握って、問題を解く胡桃沢さん。

 とはいえ……、俺はその解答ではなく彼女の横顔を見つめていた。


「こうやって解くの」

「へえ……、そんな方法もありましたか!」

「難しくないでしょ?」


 その隣に書いてくれた胡桃沢さんの解説。

 やはり頭のいい人は説明するのも上手いってことか……、数学と化学、この二つの成績を上げたらきっと成績順位を維持できるはず。見えてきた。俺はわけ分からない自信が湧いていて、そのままずっと勉強をしていた。


「…………」


 じっと朝陽を見つめる雪乃。


 知らない問題は胡桃沢さんが教えてくれて、思ったことより順調だった。

 そして、俺は遊びたいって言った胡桃沢さんの言葉をうっかりしてしまう。


 ……


「あ、ありがとうございます。胡桃沢さん……!」

「終わったの?」

「は、はい」

「じゃあ、夕飯を食べようかな?」

「はい!」


 今日の夕飯はシチュー、エプロンをかけた胡桃沢さんが台所で野菜を切っていた。

 包丁にはまだ慣れていないけど、頑張る姿がとても可愛くて俺も彼女のそばで作るのを手伝っていた。怪我をするかもしれないし……、まだ心配になるからほっておくのができなかった。


「あ、そうだ。私、これ言うのをうっかりしていたけど……」

「はい?」

「あのね……。今日うちのお母さんが出張で……、ホテルに泊まるって電話が来たから……」

「へえ……。じゃあ、家に帰っても今日は誰もいないんですか?」

「うん。だから……」


 包丁をまた板に下ろして、ためらう雪乃。


「どうしましたか……?」

「きょ、今日……! 朝陽くんの家に泊まっていい……?」

「えっ?」

「家に誰もいないから……、寂しくて……なんか嫌な感じだから」


 うちに胡桃沢さんが……、泊まる?

 うん? 聞き間違い……? 違うよな。

 胡桃沢さんはどうして想像すらできないところで不意打ちをするんだろう……。


「ダ、ダメだよね? やっぱり……、いくら彼女だとしても男の子と女の子が一緒に寝るのは良くないよね?」

「え、え…………」


 思考回路停止。


 うちに胡桃沢さんが……。

 うちに胡桃沢さんが……。

 うちに胡桃沢さんが……。

 うちに胡桃沢さんが……。


 もちろん、こういうのはダメって決まってるのに……。

 心は「それくらいいいんじゃね?」と俺を騙そうとしている。

 そう、いい方法が思いついた……!


「ちょっと待ってください。でも、そういうのは! えっと……まず! 胡桃沢さんのお母さんに電話をして……もし、胡桃沢さんのお母さんがオッケーって言ったら俺も素直に受け入れます。どうですか?」

「…………」


 当たり前だけど、すぐ断るのはできなかった。

 だから、効率的なルートを探すしかない。


 これは100%、ダメに決まってることだった。

 娘がまだ高校生だから、胡桃沢さんのお母さんも「ダメ」と言うしかない状況だった。そうだ。俺はその答えを引き出すために『電話』というカードを出したのだ。これはダメに決まってることだから、いくら胡桃沢さんだとしても、自分のお母さんには逆らえないはず……。俺はそう思っていた。


 電話をかける胡桃沢さん。


「もしもし……、お母さん? 私、今日彼氏の家に泊まる予定だけど……お母さんの許可がないとダメらしい。うんうん……」


 そして胡桃沢さんが俺にスマホを渡してくれた。


「はい。お母さん朝陽くんに話があるって」

「えっ?」


 ??????????

 ??????????


 なんか、とんでもない状況になってしまったけど……。

 俺が狙っていたのはこれじゃなかったはず……、どうしよう……。


「…………」


 手のひらには胡桃沢さんのスマホが置いていて、その向こうには胡桃沢さんのお母さんがいる……。

 マジか。

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