32 勉強会

 最近胡桃沢さんといろいろあって、テストが迫ってくるのをうっかりしていた。

 成績順位学年一位の胡桃沢さん、その下には学年六位の俺がいる。

 友達が少ないから家にいる時はほとんど晶とゲームをしたり、一人で勉強をしたりする。選択肢もその二つしかなかったから悪くない成績を維持しているけど……。問題なのは、胡桃沢さんとの距離が縮まらないままどんどん離れていく。二位でもいいから、もっと成績を上げたかった。


「ねえ、朝陽くん」

「はい?」

「今日もそっち行っていい?」

「今日……」


 そういえば……、俺たち。付き合ってからずっと一緒に時間を過ごしてたんじゃねえか……? そろそろテストの時期だから、少なくともテストが終わる前までは勉強をしたかった……。いつも一位を維持する胡桃沢さんなら心配しないかもしれないけど、俺にはちょっと……今の成績順位を維持しないといけない理由があるから……。


「ダメ……?」

「あ……、ちょっとべ、勉強がしたいから……」

「今までずっとくっついていたのに、いきなり勉強……?」

「は、はい……」


 これは全部胡桃沢さんのせい……だと思う……。

 授業に全然集中できなかったのも……、俺が胡桃沢さんのことばかり考えていたのも……、あ…ちゃう。俺のせいだったのか。とにかく、二人で遊びたい気持ちは分かるけど、今はテストに備えてしっかり勉強をしておかないと……そのうち、現実のラスボスが来るかもしれない。


 考えるだけで怖いな。


「浮気」

「えっ?」

「浮気……」


 目を細める胡桃沢さんがこっちを見ていた。


「ぜ、全然! 浮気だなんて……」

「じゃあ、どうしていきなり勉強なの……?」


 胡桃沢さんが気になって勉強に集中できません……。

 その理由を言うのが恥ずかしかったからずっと言ってないのに、俺に言わせるつもりか……? でも、他に良い理由を思いついた。


「実はギリギリなんです……」

「何が……?」

「勉強全然できてないから……、もし成績順位が落ちるとお母さんに怒られますよ」

「へえ……? そうなの?」

「はい……。だから、テストが終わるまでは一人の時間が欲しくて」


 これなら、理解してくれますよね? 胡桃沢さん……。


「却下する。私が嫌だから」

「…………どうして!」

「私は朝陽くんと一緒にいたいから……、そしてただ勉強をするだけなら二人でやってもいいんじゃないの? あるいは、私以外の誰かと一緒に勉強したいわけ?」

「いいえ……! そんな……、ただ一人で……静かに……」

「うん? それ、私がいても問題ないでしょ?」

「は、はい……。確かにそうです」


 やはりそうですね……。

 胡桃沢さんと離れるようとするのはそう簡単に許されませんよね……。

 でも、胡桃沢さんがいたら、それ…勉強できるのかどうかよく分からなくなる。確かに彼女は頭がいい人だけど……、問題は存在だけで集中できなくなるのを胡桃沢さんがまだ分かっていないことだ。


「じゃあ……、朝陽くんの家に行ってもいいよね?」

「はい。今から行きますか?」

「あっ……朝陽くん、私……。今から職員室に行ってその後は掃除当番だからね? 下駄箱の前でちょっと待ってくれない?」

「は、はい……」


 そう言ってから教室に戻る胡桃沢さん。

 結局、二人で勉強することになった。


「誰……? 雪乃ちゃんだったの?」

「えっ? 小林さん……」

「何話してた?」

「いいえ……。別に何も……」


 小林さん……。

 最近しつこく俺のことを誘ってるけど……、もう話しかけないでほしいのに。

 どれくらい断ったら分かってくれるんだろう。


「宮下くん……。私、宮下くんと一緒に遊びたいから……今日は……」

「…………あの———すみません」

「…………」


 なんで、この人は諦めないんだろう。

 分からない……。でも、「もうやめてください」とかそんなことをはっきり言えなかったから……、ずっと言い訳を口にする俺だった。彼女がいるのに、他の女子を傷つけたくない発想をするのは……俺がまだ甘いってことだよな……。


 まあ……、どうせ俺には胡桃沢さんしかいないから変なことしないけど……。

 こうやってしつこく声をかけるのはもうやめてほしかった。


「おう! 朝陽! もう帰るのか?」

「あっ、うん。お前は?」

「今日、親戚の子供たちがうちに来るからな〜」

「ええ……。そっか、そろそろテストだし……。お前も勉強しとけ」

「ふふっ、完璧だぜ」

「…………そ、そっか」

「じゃな」

「おう……」


 自販機から買ってきたコーラを飲みながら、ゆっくり胡桃沢さんを待っていた。

 今頃……、何をしてるんだろう。


 雪乃ちゃん「ごめんね……。私、もうちょっと時間かかりそうだから!」

 朝陽「はい。外にあるベンチで待ってます」

 雪乃ちゃん「ありがと〜」


 それからほぼ十分くらい……、ぼーっとして空を眺めていた。

 すると、後ろから冷たい何かが感じられる。


「うわっ!」

「あっ! バレちゃったぁ〜」

「く、胡桃沢さん!」

「ごめんね。遅くなっちゃって……、これあげる!」


 コーラじゃん……。


「あ、ありがとうございます。それより、また先生に呼ばれたんですか? 掃除ならすぐ終わるはずなのに……」

「ううん! 違う! ちょっと……、友達と話があってね」

「へえ……」

「あっ! で、でも! わざとじゃないから……!! ご、誤解しないでね!」

「はいはい」

「じゃあ……、行こうかな?」

「はい」


 そばからさりげなく繋いだその手。

 冷たい缶を握っていて、少し冷えているその手。

 帰り道、俺はこっそり手のひらを合わせて……指を絡ませる。それが今の俺にできる最大限の挑戦だった。


「ふふっ。恋人繋ぎしたかったの……?」

「えっ……? は、はい……」

「じゃあ……、すぐ家に帰って朝陽くんとイチャイチャしよっかな〜?」

「そこまで言ってません……!」

「へへっ、冗談だよ〜」


 油断したら……、また変なことをされるかもしれない。

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