30 彼女

「おはよう」

「お、おはようございます……。胡桃沢さん」


 目の前で笑みを浮かべる胡桃沢さん、初日から一緒に登校するなんて……。

 俺たちは本当に付き合ってるんだ……。

 そして、家を出る前に「今日一緒に行きたい!」ってラ○ンが来たけど、その一分後……胡桃沢さんがうちに着いてしまった。それ、ラ○ンを送った意味ある……? いつも可愛い胡桃沢さんだけど、今日はなんっていうか……友達の視線と恋人の視線が違うっていうか……。いつもと同じ胡桃沢さんなのに、俺だけが普段より倍に緊張していた。


「朝陽くん! 寝癖!」

「えっ……! どこですか? ちゃんと直したはずなのに……、うわぁ……。す、すみません……」

「ふふっ。え……、謝らなくてもいいよ。可愛いから」

「…………」


 寝癖を直してくれた胡桃沢さんと電車に乗る。

 でも、俺はまだ二人の関係について心配をしていた。二人っきりの時は何をしてももう付き合ってるし関係ないけど、問題なのは学校ではどうすればいいってことだ。一応……、胡桃沢さんには学校でいつもと同じように優しく話してほしいって言われたから……、周りの視線など無視した方がいいよな。


 すると、そばから俺の頬を触る胡桃沢さんにビクッとする。


「えっ……?」

「まだ、学校のことを心配してるの?」

「ど、どうして……分かります?」

「電車に乗ってからずっと何かを考えてるように見えたから……」

「やはり……バレていましたか」

「心配しなくてもいいよ。私は家にいる時も話したけど、朝陽くんさえいれば他の人はどうでもいいの。最初から興味なかったからね?」

「は、はい……」


 ……


 学校に着いた二人。

 そして胡桃沢さんはみんなに見せつけるように、下駄箱の前で俺と腕を組む。


「ちょ、ちょっと……。は、恥ずかしいですけど!」

「ええ……、いいじゃん〜」


 胡桃沢さんがそうしたいなら仕方がないけど、これを晶にどう説明したらいいんだろう……。ただ彼女ができただけなのに、いろいろ考えなければならないことが増えてしまった。ちょっと頭が痛くなりそうな気がする。


「ゆ、雪乃ちゃん……!」

「雪乃ちゃんだぁ〜」

「みんな、おはよう」


 やはり、前とは違って男たちが寄ってこない。

 まあ、俺にはいいことだけど……。

 それに今胡桃沢さんに声をかけた女子たちはいつも声をかける友達だから……、胡桃沢さんのことももう心配しなくてもいいよな。それより……、写真のことだ。それはただの写真なのに……、どうすればそこまで言えるのか俺にはよく理解できなかった。


 胡桃沢さんが誰かとデートをするのは胡桃沢さんの意思だからいいんじゃね?と、思っている俺とは違って、陰からみんな胡桃沢さんの悪口を言う。ほとんどの男たちは自分のことを拒否した胡桃沢さんにがっかりしたって言うけど、なぜか数少ない女子たちも胡桃沢さんのことを嫌がっていた。きっと……、彼女のことを生意気な人だと思っていたんだろう。目障りとか、そう言う意味で。


 それを劣等感って言うのか……。

 馬鹿馬鹿しい。


 胡桃沢さんのことは後にして、俺には小林さんが問題だった。

 ラ○ンはすでにブロックしたのに、この人……ずっと俺に声をかけてくる。


「ねえ! 宮下くん、今日もダメなの……?」

「はい……」

「え……」

「すみません……」


 今の俺は小林さんと何かをするのができない。いや…、もしそれが小林さんじゃなかったとしても俺は他の女子と関わるのを避けるしかなかった。

 そんな約束だからな……。

 それは二人で夕飯を食べる時のこと、俺は胡桃沢さんから「他の女の子と距離を置いてほしい」って言われた。別に仲がいい女子もいないし。俺も彼女がいる男が他の女子と話すのは良くないと思うから、その場で「はい」と答えた。


「あ……! 朝陽くん!」

「く、胡桃沢さん……」


 教室から出てきた胡桃沢さんが廊下で声を上げる。


「声が大きいですよ!」

「え? そうなの?」

「なんか、今日テンション高いですね」

「あのね、朝陽くん」

「はい……?」

「先、誰と話してたの?」


 気のせい……? 一瞬、空気が変わったような……。

 先までキラキラしていた彼女の目が、いつの間にか死んでいた。


「あ……、小林さんです」

「あの人、どうして朝陽くんに声をかけるの……?」

「よ、よく分かりません……。実はそれについて考えていたんですけど、この前からカフェとかに誘われて困ります」

「へえ……、あの人とは関わらない方がいいよ」

「はい……。俺もそう思っていますから、心配しないでください」

「本当に……?」

「はい!」

「じゃあ……、それが本当ならここでなでなでして……」

「…………そんな難しいことを!」

「やってくれないのはその話が嘘ってことだよね?」

「ち、違います!」


 全く……、廊下には人目が多いのに……。

 そんなこと一切気にせず、なでなでしてほしいって……。ある意味で胡桃沢さんらしい。それより…二人で映画を見ていた時も……、胡桃沢さんはさりげなく足の間に座って「食べさせて」「飲ませて」「なでなでして」「抱きしめて」とか……、付き合ったばかりなのにいろいろやらせたよな……。


「嬉しい……、幸せ……!」

「胡桃沢さん……なでなでは家にいた時もいっぱいやってあげたのに、まだ足りないんですか?」

「彼氏がなでなでしてくれるのは! 女の子にとってすごく幸せなことだからね?」

「こんなところで恥ずかしいことは言わないでください……」

「それにね……、なでなでしてくれると気持ちいいし……。私のことを大事にしてくれるのが感じられる……」

「…………っ」


 頬を染める胡桃沢さんに、俺は両手を上げた。

 それに恥ずかしいからまだ言ってないけど、胡桃沢さんになでなでしてあげるとすごく可愛い顔になるから心臓が持たない……。それはすごく可愛い小動物を撫でる感じだった。

 だから、胡桃沢さんはやばい人……。

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