六、泥沼

27 彼女の家で

 夏休みが終わった後、クラスの雰囲気は一気に変わってしまった。

 知らなかったけど、クラスには俺と胡桃沢さんがデートした時の写真が広まっていて、みんなSNSでその写真を見ていた。俺は元々陰キャだし、みんなとあんまり話さないからダメージはなかったけど、問題は胡桃沢さんのことだった。


 この空気はちょっと苦手。


 クラスの扉を開けた時、その中にいるみんなが俺を見つめていた。

 そしてその写真とともにクラスのある男が俺に聞く。二人は本当に付き合っているのかと、それが単なる誤解だったら俺もすぐ答えたはずなのに……。今の質問には俺と胡桃沢さんが関わっている。だから……上手く答えられなかった。


 その噂はあっという間に広まって、クラスの人気者だった胡桃沢さんは以前とは全然違う扱いをされてしまう。彼女は何もしてないのに、周りにいる人たちが裏切られたような言い方をする。俺は否定した方が良かったのか、あるいはそのまま黙っていた方が良かったのか……。正直、分からない……それが一番難しかった。


「…………」

「お、おい。朝陽、お前……胡桃沢さんとデートしたのか?」

「まあ……、たまたま」

「そっか……。てか、SNSに今めっちゃ広まってるけど……その写真」

「うん……」


 俺はSNSをしない。それが楽しくないのもあるけど、この世に何が起こってるのかなど……別に気にしていなかったから……。だから、今日の事件も学校に来る前までは全然知らなかった。


 そして何も言わない胡桃沢さんはそのままじっとしていた。

 こういう時は男の俺がなんとかやってあげないといけないのに……。


「…………」


 あ…………、どうしよう。

 学校が終わる時まで……俺に声をかけた人は胡桃沢さんに振られた男たち。彼女とは全然話さなかった。ずっと机に突っ伏していて、午後も体の具合が悪いって先生に話したから……。そんな彼女を見ていた俺は心配ばかりで落ち着かなかった。


 みんな、そこまでしつこく付き纏う必要はあるのか?

 俺にも胡桃沢さんにも、今日一日ずっとしつこくそればかり聞いていたから……。


「くっ……!」


 放課後、彼女は急いで家に帰った。

 廊下の方を見つめていた俺はこのモヤモヤする気持ちをどうしたらいいのかよく分からなかった。そして、初めて胡桃沢さんに嫌われたくないって感情を感じる。彼女は何も言ってないのに、勝手にそんなことを妄想した。俺は胡桃沢さんと約束をしたから、彼女がつらい時は俺がそばにいてあげないといけない。そうするためには……家に帰って電話をかけるしかなかった。


「宮下くん、今日カフェ行かない?」


 急いで帰ろうとした時、小林さんが声をかけてきた。

 今はそんなことをする気分じゃないのに。


「……すみません。今日はちょっと」


 ……


 電話をかけるつもりだったのに、どうしてボタンを押すのができないんだろう。

 もし、嫌われたらどうしようと……。

 帰る時、ずっとそう考えていたからか。


「はあ……、俺ってやつは」


 雪乃ちゃん「甘いの食べたいから、うち来て!」


 俺がベッドで頭を抱える時、胡桃沢さんからラ○ンが来た。

 今……胡桃沢さんの家に行ってもいいのか。でも、来てって言われたから……行くしかないよな。ずっと電話をかけたかったけど、勇気が出なかった俺は何もできず、「はい」と返事するだけだった。


 そして胡桃沢さんに甘いものが食べたいって言われたから、近所のケーキ屋さんに寄る。


「いらっしゃいませー」

「あ、あの……。女の子が好きなケーキとか……自分はよく分からないんで」

「あっ、もしかして彼女ですか!」

「えっ……? あ、あ……、似たような……。えっと……、よく分かりません」

「あははっ。じゃあ、こちらのケーキはいかがですか?」

「あっ、お、お願いします」


 ケーキを買うのは初めてだから、なんか恥ずかしいっていうか……。

 俺は店員さんがおすすめしてくれたケーキをたくさん買ってから、胡桃沢さんの家に向かう。


 ピンーポンー。

 俺はベルを押しただけなのに緊張していた。


 そして……、玄関まで走ってくるような気がする。


「宮下くんだぁ……!」

「は、はい!」

「ご、ごめん……。ね、寝落ちしちゃって……」

「あ……、えっ!? ど、どうしてパジャマですか! 胡桃沢さん……」


 薄桃色の可愛いパジャマ……。

 マジですか? その格好……。


「えっ! 私、パジャマなの?」


 なんだろう……この流れは……?

 でも、学校にいる時より明るくなったからほっとした。


「上がって!」

「はい……」


 そういえば、俺……女子の家に来るのは初めてじゃねえのか?

 なんか不思議だ。

 そして……、胡桃沢さんの家はいい香りがする。


「あれ? もしかして、それ……甘いもの?」

「は、はい! あの、胡桃沢さんが甘いものが食べたいってラ○ンを……」

「えっ! あ! それ。うちにあるから、買ってこなくてもいいのに……。ごめんね。私の説明が足りなかったかも……」

「じゃあ! い、一緒に食べましょう!」

「うん! 一緒に食べよう。宮下くんはお茶? コーヒー? どっち?」

「お茶で……!」

「オッケー」


 知らなかったけど、胡桃沢さん…家ではメガネをかけるんだ……。

 もしかして、勉強していたのかな……? 普段は勉強しかしないって言ったから。

 とにかく、今はソファでペンギンさんと一緒に胡桃沢さんを待っていた。


「宮下くん〜」

「どっち? チーズとチョコ!」

「チーズでお願いします!」

「うん!」


 持ってきたお茶とチーズケーキをテーブルに下ろして……、さりげなく俺のそばに座る胡桃沢さんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る