22 多分デート②

 学校にいる時も知っていたけど、胡桃沢さんは歩くだけで周りの視線を集める。

 俺が見ても……今の状況は信じられないほど幸せだった。あの胡桃沢さんと一緒に歩き回るなんて……。あの日、もし俺が声をかけなかったらこんなこともなかったはずだのに。そんなくだらない想像をしながら、彼女のそばで歩いていた。


 偶然は本当にすごいことだった。


「あの子、可愛くね?」

「うわ、すげぇ……」

「そばにいるやつ彼氏か?」

「多分」


 なぜか、心配になる。

 周りの人に「釣り合わない」とか、そんなことを言われるかもしれない可能性にすごく怯えていた。いくら頑張っても、俺は俺だから……胡桃沢さんくらいのレベルにはなれない。彼女に好きって言われたのはすごく嬉しいけど、それでも心の底にある不安は消えないまま残っていた。


「わぁ———! ここ! ここよ! ずっと来たかった!」

「普通のカフェ……じゃないんですか?」

「私、カフェ来るの初めてだけど……?」

「えっ……?」


 嘘、女子高生がカフェに来るのが初めてって信じられない……。

 中学時代にも行ったことないのかな?


「甘いの食べたい! 宮下くん、甘いの好き?」

「はい。あんまり食べないけど、好きです」

「じゃあ……! 何食べる! メニュー多いから悩んじゃう……」

「ゆっくり……、ゆっくりでいいです」


 本当に初めて来たような顔をしている。

 女子たちは休みの日に友達とカフェとかよく行くから……、胡桃沢さんもきっとそうだと思っていたのにな。彼女は違った。メニューをじっと見つめて悩む姿がとても可愛い。本当に彼女とデートをしているような感覚……、俺はドキドキする気持ちを隠して胡桃沢さんをじっと見つめていた。


「注文しに行ってくる! 宮下くんは待ってて!」

「は、はい……!」


 胡桃沢さんがいない間、俺はスマホで「デートが上手くいく方法」を検索する。

 まさか、俺がこんなことを読む日が来るとはな……。

 しばらく席で胡桃沢さんを待っていたら、急いで戻ってくる彼女が俺に声をかけてきた。


「早く! こっちこっち!」

「は、はい?」


 いきなり手首を掴まれて、どっかに連れて行く胡桃沢さん。

 そこには笑みを浮かべるカフェの店員がフィルムカメラを持っていた。


「えっ? えっ?」

「はい〜。では、ポーズお願いします!」

「えっ? ポーズですか? いきなり?」

「早く! 手でハートを作るのよ! 宮下くん!」

「ハートをですか?」

「うん!」


 なぜこんなことをしてるのか分からないけど、一応胡桃沢さんの話通り……くっついて俺の右手と彼女の左手がハートを作っていた。そしてパシャリと写真を撮る店員さんに、俺の顔がすぐ真っ赤になってしまう。なんで、今の恥ずかしい状況を撮ったんだろう……? どうして……、なんのために……。一瞬、頭が真っ白になって何も思い出せなくなった。


「はい。こちらカップルイベントのパフェでございます〜」

「わぁ———! ありがとうございます!」

「そしてこちらの写真もどうぞ!」

「はい!」


 席でぼーっとしていたら、胡桃沢さんが俺にパフェを食べさせた。

 落ち着かない……。


「何ぼーっとしてるの?」

「あっ、なんか……すごい何かがあったような」

「へへっ、このカフェね! 今日だけ、カップルが来るとパフェをサービスしてくれるって書いていたから! それに記念写真ももらったし! すっごく楽しい———」

「よかったですね」

「どー? 可愛いハートだよね?」


 先撮った写真を見せてくれたけど……、恥ずかしくてすぐ胡桃沢さんから目を逸らしてしまった。こんなこと初めてだからまだ慣れていない。それにすぐそばにいる胡桃沢さんと写真を撮るなんて、心臓が持たないから誰か助けてくれぇと心の底で叫んでいた。


 さすが陽キャはすごい……。


「あーん」

「い、いいです!」

「あーん」

「…………」


 またパフェを食べさせてくれた。


「ふふっ……、嬉しい。私……幸せだよ……」

「カフェ……、また行きましょう。あっ、胡桃沢さん口角についてます……」


 親指で口角についているクリームを拭いてあげた。


「あ、ありがと……」

「いいえ……」

「うん……。私ね! 宮下くんと一緒ならどこに行っても構わないから……」

「今日も行きたいところたくさんありますよね?」

「うん……。一緒に行ってくれるの……?」

「はい……」


 カフェを出た後はすぐクレーンゲームができる場所に向かった。

 そこにいる大きいペンギンさんがほしくて、そばから目をキラキラしている胡桃沢さんは本当に可愛かった。


 そして……、俺はめっちゃ上手いからな。これ。

 すぐあのでかいペンギンを取ってしまった。


「わぁ……! お、大きい! ありがと、宮下くん! こ、これ大事にするから!」

「はい。なんか、嬉しいですね」

「私、これ下手だから……。でも、このペンギンさんここにしかいないし……」

「へえ……、そうでしたか」

「やっぱり! 宮下くんはすごい!」


 その無邪気な笑いにめちゃくちゃやられてしまう。

 どうしようもない……。


「ねえねえ! せっかくだし、プリクラ撮らない?」

「…………」

「うん?」

「そ、それはちょっと……。俺、写真撮るのが苦手で……」

「……私は撮りたいのに、宮下くんは嫌なんだ……」

「…………」


 まずい、あんな顔をする胡桃沢さんには「ダメ」って言えない。

 それに女子と写真を撮るのは初めてだから、すごく恥ずかしかった。

 先も店員の前で撮られちゃったし、胡桃沢さんも女の子だから写真を撮るのが好きだよな。これはいい思い出を作るためだから……、我慢するしかなかった。がっかりしている顔を見るのもつらいし……、せっかくだしな。


 胡桃沢さんといい思い出を作るためだ……。


「ねえ、緊張しすぎ! 宮下くん、笑って!」

「は、はい……」


 そばにくっつく胡桃沢さんと笑みを浮かべてVサインをする。


「はい! 次!」


 片手で俺の頬を掴む胡桃沢さんが笑っていた。

 可愛いドヤ顔。そばから聞こえるその笑いは、彼女がどれだけ楽しんでいるのかを教えてくれた。俺も胡桃沢さんの笑う姿が好きだから……、つい笑いが出てしまう。


 けっこう写真を撮ったような気がする。

 緊張しすぎて、そこにいられなかった。


「…………そ、外で待ちます」

「あっ、うん」


 冷静を取り戻すために外で待っている朝陽、そして中に残された雪乃は一人で何かを書き始める。


「よっし……、これでいいかな?」


 プリクラ機械から写真が出るのを待つ雪乃。

 そこには「あさひくん♡ゆきのちゃん」と書いていた。


「ふふっ」

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