19 ピリピリ③

 呪われた幽霊に主人公の友達が殺されるシーン。

 そこでびくっとした胡桃沢さんが体の向きを変えて、俺の腕を抱きしめる。


「うう……、可哀想……」

「…………」

 

 確かにホラー映画って言われたけど……、先のシーンしか思い出せない。

 てか、こんな状況で映画の内容とか頭に入るわけねえだろ……! なのに……そんなこと一切気にせず、持ってきたポップコーンを食べる胡桃沢さんだった。


 俺だけが緊張している……。


「ねえねえ……、あんな幽霊は本当にいるのかな?」

「ないと……思います」


 それより胡桃沢さんのこの匂い。

 制服を着た時はシャンプーのいい匂いがしたけど……、私服を着る時は香水をつけるのか……。ずっとくっついているから、その匂いに意識してしまう。それに腕を掴んでいる手の温もりとか……、何も言ってないのに存在だけで人を狂わせる胡桃沢さん……それが彼女の怖いところだった。


「ええ……、後ろからあんな風に追ってくるのはちょっと……」

「…………」


 そして不思議なのは男女がくっついて映画を見てるのに……、胡桃沢さんだけが平気だったことだ。おかしいと思うのは俺だけかな。まるで……、最初からそうだったような気がする。さりげなくボディタッチをしたり、間接キスをしたり……、胡桃沢さんは当たり前のように体を寄せてくる。それは彼女の可愛さとともに……俺を襲ってきた。


 俺はドキドキする気持ちを抑えるだけで精一杯だったから、胡桃沢さんに反論するのは無理だった。もちろん、このままじゃダメって知ってる……。知ってるけど、口に出すのができない。今の状況は、一体なんだろう……。


「はい。宮下くんも食べて、キャラメルポップコーン美味しいよ?」

「は、はい……」

「あーん」


 なんで……、一々それを食べさせてくれるんだよぉ……。

 いや、今はそれより……もっと大変なことが起こっている。

 先からずっとくっついていて、知らないうちに……俺のそこがすごく苦しいって主張していた。どこにも行かせない胡桃沢さんは、映画が始まった時からずっと俺の手首を掴んでいたし……。今もその両手で俺の手首を掴んでいる。


 少しでもいいから距離を置きたかったのに……、足の間に座ってるから逃げ道がなかった。これは男だから当然なことだと思うけど、やはり女子には汚いって思われるかもしれない。別に変なことを考えているわけじゃないけど、男は……そういう動物だからな……。だから、心の底から彼女が気づかないように祈っていた。


「……宮下くんってさ」

「は、はい……?」

「私と映画を見るのはあんまり楽しくないの?」

「いいえ! た、楽しいです……。すっごく楽しいです」

「そう? でも、先から口数が減ってるけど……気のせい?」

「そ、それは……」


 体の向きを変えて、こっちを見つめる胡桃沢さん。

 また俺の膝に座って両手を肩に乗せる。


「…………映画、見ないんですか?」

「先から楽しくないって顔してるから、ちょっとムカつくけど……?」

「そ、そんなことしてない!」

「本当に……? じゃあ、なんで私に何も言ってくれないのよ……。私は宮下くんと一緒に映画を見るのがすごく楽しいのに……」

「えっと……」


 言ってもいい……? いや、ダメか。


「あ———! また、何か隠してる! 早く言ってよ」

「えっと……、な、情けないことだと思いますけど……。先からずっとくっついていて……映画に全然集中できません……。少しでもいいから、俺から離れてください。胡桃沢さん……あの、俺たちはまだ付き合ってる関係じゃないから……これはさすがにやばい状況だと思います」


 よくやった、朝陽……!

 今まで我慢してきたことをちゃんと胡桃沢さんに話した。これなら彼女も、きっと理解してくれると思う。言い出すのが難しかった日々はもうバイバイ……。それにいくら可愛い人だとしても……、こんな行為は慎んだ方がいいと思うからな。全部胡桃沢さんのためだ。


「やばい状況……? どうして? 分からない、詳しく説明して」

「……今みたいにくっつくことです」

「ダメ……? どうして?」

「えっ……?」


 そ、そこから……? いや、普通ならくっつくだけでやばいと思わないのか?

 その「どうして」に、俺はためらってしまう。


「ねえ、宮下くん。どうして?」

「俺たちは男と女ですから……、こんな風にくっつくのはよくないと思います」

「誰がそんなことを決めたの? 男女がくっつくとよくないって……?」

「……それに恥ずかしいのもあります」

「ぷっ。あはははっ、恥ずかしかったの? 宮下くん」

「は、はい……。胡桃沢さん、可愛いし……学校でモテる人だから……。こんな風にくっつくのは恥ずかしいし……、ちょっと困ります」

「…………ふーん」


 その目が俺を見つめていた。

 なんか、胡桃沢さんの瞳を見ると……まるで心臓を握られたような気がする。

 息が詰まるっていうか……、彼女の雰囲気にすぐ圧倒されてしまった。


「宮下くん……」

「はい……?」

「先から……ずっと触れてるけど……。何が触れてるのかな……?」

「…………」

「苦しく見えるけど……、大丈夫そ?」

「…………っ」


 もしかして、知っていたのか……?

 ずっと……それを知っていたのか……?


 声が出てこない。


「あっ……」

「うん?」


 そして、胡桃沢さんは笑みを浮かべていた。

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