18 ピリピリ②
ゲームを終わらせた後、俺たちはソファでアイスを食べていた。
しかし……、アイスを食べてるだけなのに……どうして両手がベタベタになるのか分からなかった。ぼーっとして自分の指を舐める胡桃沢さん……、その姿がちょっと可愛かった。そして食べるのが遅いのもあるけど、食べ方が下手すぎるからアイスがすぐ溶けてしまう。
「…………」
これはやばいなと思って、胡桃沢さんから目を逸らした。
すると、そばにいる彼女が俺に声をかける。
「ねえ、拭いてくれない……?」
「…………」
「赤ちゃんでもあるまいし……。早く食べてくださいよ……」
「お、怒ってるの……?」
「い、いいえ……」
今のだらしない姿を誰かに見せたら、きっと俺が想像していた状況が起こるかもしれない。アイス食べるのを初めて見たから、普段からこんな風に食べてきたのかは分からなかった。ただ、心配になる。そしてその弱々しい姿に、男として変なことを想像してしまうのもとても怖かった。俺も……、胡桃沢さんが可愛いってことはちゃんと知ってるから。
「…………」
ずっと緊張していた。
でも、学校では見せない姿だから。たまに『胡桃沢さんの弱々しい姿を俺しか知らない』と、そんな優越感に浸る……。もちろん、そんなこと馬鹿馬鹿しい妄想だって知ってるけど、二人っきりの時はこの感情を抑制できなかった。
今はクラスで一番可愛い人と一緒にいるから……、精一杯我慢するだけ。
「なんか、ごめん……」
「いいえ! あの……、すみません。言い方が悪かったんです」
「…………」
俺はただ心配しただけなのに、彼女には怒ってるように聞こえたかも……。
「宮下くん、あーん」
「はい……?」
「私食べるの下手だから、残ったアイスは宮下くんが食べてくれない?」
「えっと……、捨ててもいいんですけど」
「ダメ! もったいないじゃん!」
「そ、それもそうですね。はい……分かりました」
食べかけのアイスを食べながら、ウェットティッシュで胡桃沢さんの指を拭いていた。その小さい手を見つめると、本当に彼女ができたような気がする。指も細いし、手首も細い胡桃沢さん……。いけない……指を拭いてるだけなのに、顔が熱くなってしまう。
「…………」
そして朝陽を見下す雪乃は何も言わずに微笑んでいた。
「へへ……、ありがと。宮下くん〜」
「いいえ……。胡桃沢さん……、次はカップアイスにしましょう」
「ううん……。じゃあ……、あの時も食べてくれるの?」
「そ、そんなこと…できるわけないじゃないですか……!」
「今日だけなの……?」
「当然です! 捨てるのは……その…もったいないから」
「で! そのアイスどんな味だったの……?」
にやつく雪乃。
「…………」
今の話は……、本当にアイスの味を聞いてるのかな……。
なぜか、胡桃沢さんを疑ってしまう。
俺が食べたアイスは普通のメロン味だったから、わざわざ聞かなくてもいいと思うけど……。どうしてそんなことを聞いてるんだろう。
もしかして、何かを意識させるために……? そんなわけないよな。
首を傾げる胡桃沢さん。
どんどん近づく彼女に、慌てて声が出てこなかった。
「宮下くん……?」
「メ、メロン味……でした」
「…………甘い?」
「…………」
胡桃沢さん……。
「は、はい……」
「だよね? ふふっ」
「はい……」
次はちゃんとダメって言っておかないと……、このやりとりは俺に致命的だった。
他の男ならすぐ勘違いしそうな振る舞い。
目の前にいるのはあの胡桃沢さんだから、もっと注意しないといけない。とはいえ今日……胡桃沢さんが帰る時まで俺の心臓が持てるかな……。
「ねえ……、そろそろ映画見ない?」
「あっ! そうですね。準備します!」
夕飯まで時間的余裕もあるし。
テーブルを片付けて、胡桃沢さんと映画を見る準備をしていた。そして胡桃沢さんに見られないところでこっそり、先からドキドキしていたこの気持ちを抑える。静かに息を吐いて、再び冷静を取り戻した。
「あっ! 終わったの?」
「はい。えっと……、どうしてカーテンを?」
「ホラー映画はね。部屋が暗い方が楽しいから!」
カーテンを閉める胡桃沢さんが明るい声で話している。
そりゃそうだな……。
冷静を取り戻したばっかりなのに、また緊張感してしまう。
「私はここに座るね」
「どうして……?」
「えっ……? だって、私ホラー映画苦手だもん」
「苦手……ですか? なのに、どうしてホラー映画を!」
「男女二人でホラー映画を見ると何か起こるって言われたよ! クラスメイトに!」
確かに、今なら何が起こっても変じゃない。
俺に寄りかかる胡桃沢さん、腕を伸ばすとバックハグになりそうな状況だった。
普段なら肩が触れるくらいだったのに……、今は足の間に座ってるけど……? どうしてこうなる……? もしかして、意識してないのか? これはボディタッチのレベルじゃなくて、ただの恋人だろ……! はっきり言わないといけないのに……、また何も言えない俺だった。
クッソ、情けねぇ!
「これ、けっこう面白いってクラスメイトに言われたから……」
「は、はい……」
「どうしたの? 宮下くん、調子悪い?」
「いいえ……。どうして、俺の前に座ってるのか気になるっていうか……」
「あっ……。私、ホラー苦手だから……後ろに誰かいてくれないとダメなの……」
「あ……!」
納得……、できなかった。
「宮下くんが後ろにいてくれると、心強いからね! こんなの怖くない!」
「はい」
「だから、映画が終わるまで……後ろにいてね?」
「は、はい……」
このまま……、映画が終わるまで……?
俺には今の状況がホラーそのものだった。
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