四、胡桃沢さんがやりたいこと

17 ピリピリ

 そして夏休み———。

 高校生にとって夏休みは特別な時期だとみんなそう言ってるけど、予定がない俺にはあんまり特別じゃなかった。いつもと同じ日常を繰り返すだけで……、特に面白いと言えることもないそんな一日を、一人で過ごしている。机の上に置いている教科書とシャーペン、ノートに書き散らしたわけ分からない文章。正直、俺も楽しい何かを求めていたかもしれない。


 雪乃「歩いてるだけなのに暑いよ……」

 朝陽「熱中症に気をつけてください。胡桃沢さん」

 雪乃「早くそっち行きたい〜」


 昨年はゲームしかなかったけど……、今年の夏休みは胡桃沢さんと遊ぶことになった。そして不思議だったのは胡桃沢さんに夏休みの予定がなかったことだ。胡桃沢さんくらいの人なら海とか……祭りとか、そういうイベントが待ってるはずだと思ってたのにな……。


 そしてこの前に胡桃沢さんと話した時、彼女は今まで楽しい夏休みを送ったことがないって言ってくれた。だから、俺と楽しい夏休みを過ごしたいのが彼女の目的。それに今日うちで遊ぶことになったけど、まだ時間があるから冷房をつけたまま彼女がくるのを待っていた。


「ううっ……。外暑いよ……」


 白いワンピース、目をどこに置いたらいいのか分からない。

 胡桃沢さんの私服姿はやはり天使様としか言えないレベルだった。

 本当に可愛い……。


「わざわざここまで来なくても……、カフェとかでいいんじゃないですか?」

「それね! カフェのことは後にして、私が今までずっとやりたかったのは男の子の家で一緒にゲームしたり映画を見たりすること! お菓子といろいろたくさん買ってきたよ! ふふっ」

「えっ……! そんなぁ。けっこうお金かかったんじゃ……、半分は俺が払います」

「いいよ! それと私今日お母さんにちゃんと言っておいたから! 夜遅くまで楽しんでねって言われたの」

「えっ?」


 娘が男の家に行くのに、楽しんでねって……それでいいのか。

 まあ、胡桃沢さんに手を出すつもりはないけど、なんっていうか彼女の距離感がおかしいから逆にこっちが緊張してしまう。いつもそうだけど、今日は丸一日胡桃沢さんと過ごす予定だからな……。そしてこれは胡桃沢さんに言われたことだ。俺が言い出したことではない、そのラ○ンもちゃんと残っている。


「ねえ、宮下くん。ゲームしよう!」

「はい!」


 早速、二人のレーシングゲームが始まる。

 俺もあんまりやったことないけど、胡桃沢さん意外と上手かったから二人の距離が縮まらなかった。


「どうしたの〜? 遅いんですけど〜」

「うっ……」

「あははっ。宮下くん遅い!」

「も、もう一回!」


 次のラウンドも負けてしまって、なんだろうと思っていたら……そばにいる胡桃沢さんがさりげなく体を寄せてくる。「ふふふっ」と笑うその笑顔と、楽しそうに俺をからかう声。俺にはありふれた景色だけど、胡桃沢さんには初めてだったかもしれない。ゲームで勝った時の顔も、負けたくない時の顔も、その表情が可愛くてずっと見たくなる。そしてよく笑う人は本当に綺麗だな……と心の底でそう思っていた。


「あーん」

「はい……?」

「お菓子、これ私の好きなもの」

「は、はい」


 そばからポッ○ーを食べさせる胡桃沢さん。

 なんかいい匂いがする。

 てか、意識したくないけど、これはちょっと……恋人っぽくない? なんで胡桃沢さんはさりげなく「あーん」とか言うんだよぉ……。断るのもできないし、それより胡桃沢さんの前で顔を赤めるのが一番恥ずかしい。誰か助けてくれぇ……。


「美味しい?」

「は、はい……」


 いけない……。少し、胡桃沢さんと距離を置こう……。

 そうしないとなんか危ないことになりそうだ。


「…………」


 すると、自分から距離を置く朝陽にすぐ気づく雪乃だった。


「何してんの?」

「えっ……? 何がですか?」

「なんで私と距離を置くの……? うん?」

「夏だし……。やはりくっつくのはちょっと……」

「冷房つけたからいいよ。そんなに暑くないし……、もしかして私から変な匂いがするのかな? だから、距離を置くの?」

「そ、そんなことじゃなくて……」


 逆にいい匂いがして集中できなくなるんだけど……、これを言ったら胡桃沢さんに変態とか言われそう。


「宮下くん、こっちおいで……」


 隣席をポンポンと叩く胡桃沢さんが俺を呼ぶ。

 そしてまた「あーん」と、持っているお菓子を俺に食べさせた……。男だからこんなことを意識してはいけないって知ってるけど、胡桃沢さんがくっつく時……たまに触れてはいけないところに触れてしまう。彼女はそれに気にしていないようだけど、その感触がちゃんと伝わるから……落ち着かない。


 腕を抱きしめる行為は友達同士でセーフなのかな……、俺には分からなかった。

 ゲームで負けた時、胡桃沢さんが「負けたね」と言いながら俺にくっつくから……コントローラーを何回も落としてしまう。


「ふふっ。宮下くんにお菓子食べさせるの楽しいっ! ペットみたい」

「えっ……? 俺、一応人間ですけど……」

「でも、もし宮下くんが私のペットになったら……。毎日可愛がってあげる自信あるよ……! 試しにやってみない? 私のペット!」

「えっ……? ペットのことですか?」

「うん! 首輪をつけて、その紐を引っ張ったり……」

「…………胡桃沢さん、ちょっと怖くなりました」

「あははっ、冗談だよ〜。冗談〜」


 それは本当に冗談なのか……、胡桃沢さんはたまに怖いことを言い出す。

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