16 誰かの物

 やはりそれは余計な心配だったかもしれない。

 今まで全然なかったことだから、初めてそんなことを言われるともやもやするのが当然だと……。家を出る前の胡桃沢さんにそう言われた。からかってからそんなことを言うのはずるいけど、胡桃沢さんも俺のことを心配していたんだ……。


 雪乃「朝だよ! 宮下くん、寝坊しちゃダメ!」


 そして、彼女からこんなラ○ンが来るようになった。

 少しは嬉しいかも……。


「おい、朝陽!」

「晶か……」

「どうだった? カラオケ! 聞かせてくれよ」

「え……、別に…何もなかった」

「てっきり告白とか、そういうの来ると思ってたのに……! がっかり……」

「なんで、お前ががっかりするんだよ……」


 結局、小林さんのラ○ンには返事できず、彼女のことをブロックしてしまった。

 俺はちゃんと断ったからそれでいいと思うけど、その「ずっと待ってるから」が気になって仕方がない。そして胡桃沢さんに「あの人と連絡しないでほしい」って言われたから、俺から何かを言うのもできない状況だ……。だから忘れよう、今の俺にはそれしかできない。


「朝陽、ラ○ン来たぞ」

「お、おう……」


 雪乃「あのね。今年の夏休み……予定あるの?」

 朝陽「予定は特にないんですけど……」

 雪乃「じゃあ……、私行きたいところあるけど……」


 そして「どこですか」と打っている時、小林さんが俺に声をかけた。


「宮下くん」

「はい……?」

「どうして、私のラ○ン無視したの?」

「えっ……?」


 やはりそれか、確かに返事をしないと気になるよな……。

 とはいえ、胡桃沢さんにブロックしてほしいって言われましたとか、そんなこと言えるわけないよな。適当に誤魔化した方がいいと思う。


 それにちょっと怒ってるような気がするけど、もしかして俺のせいかな。


「ちょっと……、私のラ○ンにも返事してよ! ずっと待ってたから……昨日」

「…………えっと、どうしてそこまで」

「好きって言ったでしょ? 昨日はいきなりそんなことを言われたから、慌てたかもしれない。だから……私はもっと時間をあげたよ? 宮下くんに……」

「…………」


 彼女の言い方はちょっとおかしく聞こえる。

 なぜだろう。

 俺はちゃんと断ったのに、彼女は自分のやってることが正しいと思っている。まるで、自分が好きになったから相手も自分のことを好きにならないといけないって言ってるような……そんな雰囲気。小林さんは無理やり自分が聞きたい答えを俺に言わせようとしている。


「どうした? 朝陽。あれ? 小林さん」

「ちょっと話があるからついてきて、宮下くん」

「しかと……」


 人目が多いから一応場所を変えたけど……、それでも彼女が話しているのは変わらなかった。


「どうして? 私じゃダメなの? 好きな人いないって言ったじゃん!」

「小林さん、一応落ち着いてください。そんなことを言われても、俺の答えは変わらないので……」

「だから、どうしてって言ってるでしょ!!」


 声を上げる小林さんは理性を失ったような気がした。

 多分、小林さんは誰かに断られたのが初めてかもしれない……。だから、その結果を受け入れるのができなくて、こうなっちゃったかも……。俺は強制的なその言い方に何から言えばいいのかをずっと悩んでいた。


「なんで、何も言ってくれないの? ねえ! ねえ! ねえ!」

「そこで何してるの? 宮下くん」

「……誰?」


 いちかが振り向いたところには、雪乃が手を振っていた。


「胡桃沢さん……? どうしてここに?」

「えっと。宮下くん……ずっと返事しないから何かあったのかなと思ってね」

「は、はい……。すみません」


 いちかのことを無視して、さりげなく朝陽に声をかける雪乃。

 朝からニコニコする彼女に二人は慌てていた。


「それより、夏休みのことだけど!」

「…………」


 まるで、最初からここにいなかったように……。

 雪乃はその狭い場所でいちかの存在を完全に消してしまった。


「なんだよ! 胡桃沢雪乃! 今は私が話してるけど? 空気を読んでくれない?」

「うん?」

「私、宮下くんと話したいことがあるから!」


 微笑む雪乃。


「宮下くん」

「はい。胡桃沢さん……」

「こっちおいで」

「はあ? 私の話はまだ終わってない!」

「…………」

「ちょ、ちょっと! どこ行くの?」


 俺には選択肢がない。

 それは昨日———二人で夕飯を食べる時だった。


「ねえ、宮下くん」

「はい……?」

「私、やはり面倒臭いよね?」

「いいえ。全然……」

「宮下くんに嫌なことを言ってる自覚はある。だから……、もし嫌だったら今ここで私たちの関係を終わらせよう」

「どうして、そんなことを……?」

「私が面倒臭い女だからだよ……。選択は宮下くんに任せる」

「俺は……このままでいいと思います」

「本当に……?」

「はい……」

「じゃあ……、宮下くんは私の言う通りにやってくれるよね……? 

「はい……」

「うん、本当に嬉しい。そして甘えん坊でごめんね」


 だから、俺が握ったのは胡桃沢さんの手だった。

 小林さんには悪いけど、今は胡桃沢さんのことがもっと大事だからな……。


「そろそろ教室に戻ろう! 宮下くん」

「は、はい……!」

「それでね! 私、ネットでいいところ見つけたから———」


 話しながら後ろを見る雪乃。

 いちかはこっそり微笑んでいる彼女に気づいてしまう。


「な、何……? あの顔……」

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