14 相談

 なぜか、心のもやもやが消えない。

 こんなことは初めてだった……。

 これが苦しい感情か……? 他人の気持ちを断っただけなのに、すごくつらい。まるで、悪いことをやらかしたような……。俺はわけ分からない不安にずっと怯えている。それがなんなのか……俺も上手く説明できなくて、誰かとこれについて相談がしたかった。


 もちろん、相談できる友達はいないけどな……。


「あっ……、明日土曜日だったのか」


 電車から降りて、近いところにある自販機に向かう。


 しっかりしろ……朝陽。もう終わったことだから気にしない方がいい……と自分に何度も繰り返していたけど、何も変わらなかった。このわけ分からない気持ちをどうしたらいいのか、全然分からない。


「はあ……」


 そして自販機のジュースを取る時、世界が真っ暗になる。


「だ〜れだ?」

「えっ……? な、何も見えない……」


 小さくて温かい手、それに聞き慣れた声。

 この声は……、もしかして胡桃沢さんか?


「く、胡桃沢さんですか……?」

「はい! 正解〜」

「…………えっ、どうしてここに? 胡桃沢さんも友達と遊びましたか?」

「うん? あ———、私は本屋!」

「へえ……、参考書とか?」

「そうだよ〜。そして電車から降りたらジュースを買ってる宮下くんが見えてね。急にいたずらがしたくて……! ふふっ」


 偶然だな……。

 でも、胡桃沢さんと過ごした時間があったからか……まだ緊張してるけど、どんどんそれに慣れていくような気がした。多分……。


 じゃあ、胡桃沢さんに相談を……。

 いや、そんなこと言えるわけないな。


「うん……? 宮下くん、悩みとかあるの?」

「えっ……? どうしてそんなことを……?」

「先からぼーっとしてるから……」

「別に……、悩みとかじゃないんですけど……。ただ気になることがあって……、それだけです。他人には言えないことだから……ずっと一人で考えていました」

「私はダメ……? この前にね。私のこと支えてくれるって言ったから、宮下くんがつらい時は逆に私が支えてあげたい!」


 さりげなく俺の手を握る胡桃沢さん、やはり天使様は優しいな……。

 その両手から感じられる温もりは、この人なら悩んでいることを話してもいいって気がした。心のもやもやがずっと消えないから、誰かに相談した方がいいと……もちろん知っていた。でも、言いづらい……。一人だけじゃずっと苦しいだけなのに、素直になれない俺だった。


「は、はい……。ありがとうございます」

「ねえ! 今日もそっちに行っていい……?」

「は、はい……」


 ガチャ……。

 今日も静かな家、だけど……胡桃沢さんが来てくれた。


「相変わらず……、この家の玄関は好き……」

「えっ? 玄関ってどの家も一緒じゃないですか?」

「そうかな……? でも、ここが一番落ち着く……。分かる……?」

「そ、そうですか? いつもの玄関で、俺にはよく分かりません」

「あのね……」

「はいっ———」


 うん……? な、なんでこうなってしまったんだろう。

 それはあっという間だった。

 後ろから手首を掴まれた感覚はあったけど、気づいたら壁に押し付けられて……動けなくなった。とても近いこの距離で、彼女の目が俺を見つめている。静かな玄関で緊張感が高まっていた。


 今すぐ何かが起こりそうなこの雰囲気……。

 息をすることすらできないこの状況で、彼女の瞳に俺の姿が映っていた。


「す、すみません……。俺、変なことでもしましたか?」

「あのね……。先から聞きたかったけど……、なんで宮下くんから知らない女の子の匂いがするの……?」

「あ……、それが分かります?」

「うん。分かるよ」

「今日はクラスメイトと……、カラオケに行ってきました」

「クラスメイト……?」

「は、はい。クラスメイトの小林いちかさん」


 なんか、機嫌を損ねたような気がする。


「楽しかった……? 女の子とカラオケに行って、楽しかった……?」

「あっ、胡桃沢さん……なんか怒ってるように見えますけど……」

「私は怒ってないよ……? ただ、気になるから聞いてるだけ」


 その目がすでに怒ってるけど……、聞いたらまた怒られるかもしれない。


「私には甘い言葉を言って、外では他の女の子とイチャイチャしてるんだ……。へえ……すごいね。宮下くん……」


 胡桃沢さんの目が……すごく怖かった。

 もしかして、小林さんとカラオケに行ったことが気に入らなかったのか……。ただカラオケに行ってきただけなのに、そこまで怒る必要はあるのかな。でも、胡桃沢さんが嫌がるから……俺もそれについて言い訳とか言う状況じゃなかった。


「そ、そんなことじゃなくて……」

「私宮下くんの匂いは好きだけど、他の女の匂いは嫌い。私と一緒にいる時はその匂いを落としてほしい」

「す、すみません。胡桃沢さん……匂いに敏感だったんですね……」

「うん。すごく敏感だよ。だから……私の言う通りにやってくれるよね……?」


 さりげなく頭を撫でる胡桃沢さんに、俺が言えるのは「はい」しかなかった。


 ブー。ブー。ブー。

 すると、ポケットに入れたスマホからバイブの音が聞こえた。

 この時間に誰だ……?


「宮下くんのスマホ見して」

「えっ……?」

「早く」

「は、はい!」


 いちか「ねえ……、宮下くん。私……、今日告白したことは後悔しない……。ずっと待ってるから後で連絡してね」


「何? これ……」


 なんでこんなタイミングに……、小林さんからラ○ンが来るんだ……?

 しかも、ちゃんと断ったはずなのに。

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