三、連絡先

11 女子からの誘い

「お、おい……? 朝陽大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「あ……、ちょ、ちょっと寝不足だから……気にしなくてもいい」


 朝から元気がない。それも当然か、あの胡桃沢さんに抱きしめられたから……。ドキドキしすぎて全然寝れなかった。一応「感謝の意味」って言われたけど、今までそんな風に抱きしめられたことがないから、ずっとそれを意識してしまう。


「え……」


 家で3時間くらい寝たけど、全然足りない。

 まさか……俺が女子に抱きしめられるとは思わなかった。俺と胡桃沢さんは友達なのに……、昨日のあの行為はただの友達とは言えないことだった。そして数分間、俺を離してくれなかった胡桃沢さんは……気が済むまでその場でじっとしていた。


「ちょっと……コーヒーとか買ってくるから」

「オッケー」


 深く考えるのはやめよう。

 晶も振られたショックから立ち直ったみたいだし……。俺もそんなことに囚われないように注意しよう。昨日のことは胡桃沢さんを励ますためだったから、それ以上の意味を考えてはいけない。彼女もきっと……それ以上のことは考えていないはずだからな。しっかりするんだ朝陽。


「宮下くん……! おはよう!」


 そしてコーヒーを飲みながら教室に戻る時、ちょうど教室に入る胡桃沢さんと目が合ってしまった。


「あ、胡桃沢さん。おはようございます」

「朝からコーヒーなの? なんか顔色悪いけど……、大丈夫?」

「はい。問題ありません。それより昨日は大丈夫でしたか……? やっぱり気になりますから……」

「うん! 復活した! 昨日宮下くんとハグしたから、今絶好調だよ!」

「…………」


 恥ずかしい。でも、いつもの笑顔に戻ってきた。

 家に帰ってまた嫌なことを思い出すんじゃないのかなと心配していたけど……、よかったな……。てか、それをそんな大きい声で言わなくてもいいんじゃね……? みんな教室にいるから……、なるべく注意してほしい。目立つのは苦手だから。


「雪乃ちゃん〜」

「雪乃ちゃんだ!」

「みんなおはよう!」


 とはいえ、晶のやつ……胡桃沢さんから目を逸らしている。

 さすがにダメだよな。


「朝陽、俺涙出そう……」

「頑張れ……他にいい人と付き合えるから元気出して」

「うん……」


 苦い……、朝からコーヒーを飲むつもりはなかったけど、そのままじゃ授業に集中できないから……。それより晶のことも、胡桃沢さんのことも大変だな。みんないい人だから、俺がどうにかしてあげたかったけど、やはり人の心はあの時も今もよく分からないことだった。


 ざわざわする教室、その中である女子が朝陽の方を見つめる。


「早く行ってみてよ」

「今言わないと……、また無理されちゃうから」

「し、仕方がないね……! 行ってくるから、待ってて!」

「頑張れ……!」

「俺も……、コーヒー飲むから」

「お、おう……」


 コーヒーの飲んでもダメか……? うとうとしている自分に気づく。


「あの……、宮下くん!」

「は、はい?」


 同じクラスの女子に声をかけられた。

 一応……うちのクラスの人だけど、名前を知らない人だった。

 それより、俺……女子とはあんまり話さないから胡桃沢さんの名前しか覚えていない。この人は誰だろう……?


「あのね! 今日私たちカラオケに行くけど、み、宮下くんも一緒に行かない?」

「えっ……? 俺のこと? どうして?」

「宮下くん、あんまり話さないから……! た、たまにこうやって一緒に遊ぶのもいいと思ってね! どう?」

「ううん……。えっと」

「約束とかある?」


 約束はないけど、先からあっちに座ってる胡桃沢さんに見られてるような……。

 気のせいだろう?

 カラオケか……。たまにはクラスメイトたちと行くのも悪くないと思うけど、どうしようかな。女子に誘われるのも初めてだし、みんなと仲良くするのもいいことだと思うから……その場で悩んでいた。


「じゃあ……、晶が来たら聞いてみます」

「あっ……、宮下くん一人じゃダメかな?」

「はい?」

「あの……、なんっていうか。ちょっと話したいことがあるっていうか……、他の人がいるのはちょっと困るから……」


 何……? 晶を呼ばないでほしいってことか……?

 みんなと何かをするのはいいことだと思うけど、晶がいないと……俺はその場で何をすればいい……? 女子ばかりのところで、男一人じゃ何もできないし。なぜ俺だけを呼ぶのかもよく分からなかった。


「あっ、それより話したいことって……、なんですか?」

「まずはカラオケに行こう! そこで話すから!」

「え……。じゃあ、一応……考えてみます。すぐ答えるのは無理だから、学校が終わるまで待ってください」

「うん! あ! それと、宮下くんの連絡先教えてよ」

「連絡先?」

「ラ○ンやってるよね?」

「は、はい」

「はい。これ!」


 彼女はさりげなく自分のQRコードを見せてくれた。

 名前は「小林こばやしいちか」、クラスにこんな人もいたんだ……。てか、そろそろ八月なのに、俺はクラスメイトの名前すらちゃんと覚えていなかった。なんか恥ずかしいな……。そして全然知らなかったけど、小林さんは俺のラ○ンに追加された初めての女子だった。


「じゃあ、ラ○ン待ってるから!」

「は、はい……」


 友達のところに戻るいちか、雪乃はそれを見ていた。


「何……? あの女……」


 と、小さい声で呟きながら眉をひそめる。

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