10 しょぼん②

 一緒に作りたいって言われたけど、胡桃沢さん…意外と料理下手だったんだ。

 特に、包丁を使うのが苦手っぽい……ジャガイモを切るだけなのに手がめっちゃ震えている。もし、指を切ったらどうしようとそばからずっと緊張する俺だった。


「宮下くん……、これ……難しい……」

「はい……? 包丁のことですか?」

「うん。私包丁を使うのは苦手だから……後ろから教えて」

「はい。まずは……手をこうやって……」


 さりげなく胡桃沢さんの手を握る。

 すると、彼女の小さい手と弱々しい手首が男の保護本能をくすぐっていた。身長が低くて後ろからちゃんと見えるし、それにさらさらする髪の毛からいい香りもする。一瞬、またこんな風にやられてしまうのかなと……、精一杯我慢する俺だった。そうするしかなかった。


「材料を押さえる時は猫の手が重要です。切るのは慣れたら上手くできると思いますけど、今はこんな風に一つ一つゆっくり切ってください」

「おお……、こうやって……こう!」

「はいはい! そうです」


 とはいえ、これは……なんかおかしいよな。

 今更意識したことだけど、なんで胡桃沢さんの後ろから包丁の使い方を教えているんだろう……? てか、制服にエプロンをかけた胡桃沢さんが可愛い……。俺たちは確かに友達だけど……、なんか友達っぽくない気がする。いや、彼女にはこんなことが普通かもしれないけど、俺にはまだ慣れていないことだった。


「…………」


 こんな風にくっついて料理をするのは……ちょっと。


「私、エプロン似合う?」

「えっ……? に、似合いますけど……?」

「じゃあ、料理をする時はこのエプロンをかけるからね……! また一緒に料理をしよう!」

「は、はい……」


 また……か。


 ……


 一応居間でカレーを食べているけど、気まずい……。

 二人の間には先から全然会話がなかった。


「私……、ずっと不安だったよ」


 静かな居間で彼女の声が聞こえた。

 カレーを食べていたスプーンを下ろして、胡桃沢さんが先の話を続ける。


「何がですか?」

「私……、周りの人たちにいつも注目されちゃうから……。教室は私にずっと鳥籠みたいな場所だったよ」

「…………あっ、はい」

「周りの人たちはいつも「〇〇が雪乃のことが好きって」とか、「また断ったの?」とか、私……別に偉い人でもないのに……。知らないうちに、高嶺の花になっちゃった……」

「確かに……、そうかもしれません」

「清水くんに告白された時も、実はつらかったよ……。他人の気持ちを断るのは、そんなに簡単なことじゃないから。今まで何を考えてきたのか、それを言うまでどれだけの勇気が必要だったのか……私には全然分からない。私は断るしかないからそれがずっと苦しかったよぉ…………」


 ぼとぼと……、涙が膝に落ちる。

 いきなり泣き出す胡桃沢さんに、俺はどうしたらいいのか分からなかった。

 すぐ彼女のそばに行ったけど、その涙は止まらない。


「は、はい……。わ、分かります。その気持ち、分かります……。だから泣かないでください」

「私ね。たくさんの人たちに告られたけど、全部好きじゃないから……恋人など考えたことないから……、ずっと断ってきたのに。でも、断ったらすぐ裏で変な噂されるし、悪口されるからそれ嫌だったよ……。どうして私にそんなことを……」

「はい……。あ、あ、あの……。な、泣かないでください」


 俺が言えるのはこれしかなかった。


 涙まみれの顔、先まで笑顔でカレーを食べていたはずなのに……。

 多分、胡桃沢さんも普通の高校生活を送りたかったはず。なのに、周りの人たちがそうさせなかった……。その状況が憎くて、悔しさを感じたかもしれない。そばから泣いている彼女の涙を拭いてあげて、今の状況をどうしたらいいのか考えていた。


「うっ……、ごめんね。いきなり泣き出す女でごめんね。私……、やはり面倒臭いよね……?」

「いいえ。全然! そんなこと考えないでください」

「私……どうしたらいいのか分からない。ずっとみんなの前で仮面を被って……私らしくないことばっかり言ってるの」

「はい! はい! 分かります……。だから、もう泣かないでください……」

「じゃあ……、宮下くんが私のことを支えてくれるって約束して……」

「はい……?」

「私頼れる人がいないから……、ずっと苦しかったよ……。だから、宮下くんが私を支えてほしい」


 俺の手を握ったまま涙を流す胡桃沢さん……。俺にはずっと我慢してきた涙を流しているように見えた。どれだけ悲しかったんだろう。遠いところで見た彼女はいつも明るくて、みんなの憧れだったのに……。実はこんな悩みを抱えていたとは……、晶に早く告白しろって言った俺も……彼らと同じクズだった。


 だから…………。


「もちろんです! あの……、頼りにならないかもしれませんけど、よ、よろしくお願いします! 胡桃沢さん」

「えっ……? ほ、本当に……? いいの? 私……すごく面倒臭い女だけど、いいの?」

「はい! 苦しい時も、辛い時も……今みたいに美味しい物を食べて全部忘れましょう!」

「うん!!!」


 そしてそれは一瞬だった……と思う。

 胡桃沢さんが俺に抱きついたのは……。


「えっ……? え——————!」

「ありがと……。宮下くん……」

「い、いきなりこんなことはちょっと……。あの…、胡桃沢さん?」

「これは感謝の意味だよ……?」

「あっ、そ、そうですか? すみません。こんなことが初めてで、ちょっと勘違いしました」

「うん……感謝の意味だよ…………」

「は、はい……」

「私ももっともっと…頑張るからね?」

「はい……」


 朝陽をぎゅっと抱きしめた雪乃はこっそり笑みを浮かべる。


「…………宮下くん♡」


 そう言ってから少しずつ……両腕に力を入れる雪乃だった。

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